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短編

ゐごとの春の神隠し

作者: 日次立樹

 

 歩いても歩いても道は続いているようだった。緩やかな曲線を描く道の先は、熱気にゆらゆらと不安定に揺らいでいた。気温は30度を超えていたが、木々の間から過ぎる風は柔らかく、微かな青臭さを含んでいる。

 少年は空を見上げた。それは青く高く、冴え冴えと晴れ渡っている。遠くをゆく鳥の影を、目を細めて見送った。


 道は少し上り坂になった。

 汗の粒がこめかみから滑り落ち、まだ成人には程遠い少年の細い顎から、つっと地面に落ちた。張り付いたシャツの鬱陶しさに、少年は長い睫毛を揺らした。道の先を見据える瞳は黒々と皓る。

 ふと空気が重たく揺れた。少年は空を見上げる。青空には薄くベールがかかっているが、それが本当に曇りがちなのか、疲れが見せる幻のせいなのかは判断がつかない。ただ、山のように大きな白い雲の塊が果てのほうに浮かんでいる。その影の不穏なほどの黒さ。


 先程よりも強く、鈍い衝撃が華奢な身体に響く。少年は耳を澄ませる。どん、と巨人の足音が鳴る。空気は青臭さよりも重たい土の匂いをさせはじめていた。濁った風がふわりと少年の背後を行き過ぎた。

 急に冷たくなった風に、少年はびくりと肩をすくませる。先程までのけだるさなどなどすっかり忘れて、不安に背を押されるように歩みを速めた。


 ぽつり、と額を濡らした感触に、少年は走り出した。夕立はあっという間に勢いを増し、少年の行く先を覆い隠した。ごうごうとたたきつける雨は視界を遮り、少年の全身を見る間に濡らしていく。ただ足元の水が跳ねあがるのを頼りに、少年は走り続ける。


 閃光が走り、視界が真っ白に染まった。目が眩み、少年は足を止めた。続いて、大地が揺らぐような轟音に身を縮める。そうして一度足を止めてしまえば、再び走り出すことはなかった。全身に張り付いた服、痛みを感じるほどの水の冷たさ、重々しくとどろく雷轟、雨に閉ざされたようにみえる道。それらのすべてが、少年から前へ進む気力を奪っていた。

 再び空に光が走る。少年は、その中に背の高い2本の影を見た。そちらへ向かって、のろのろと歩き出す。近づくごとに、閃光に浮かぶ影はその威容を少年に見せつけ、少年は引き寄せられるかの如くに乱れた足取りで進む。

 それは鳥居だった。まだ新しいのか、石の表面はなめらかに水の球をはじきつやつやと輝いている。この雨を凌ぐ場所があればいいと、少年はほっと表情を緩め、鳥居をくぐった。


 少年は社の下で雨宿りをすることにした。中の様子を窺うが、人の気配はしないようだ。とはいえ、この雨音だから、たとえ誰かいたとしても、少年がここで雨宿りをしていることには気付かないだろう。服の水けをしぼり、腰を下ろした少年はほっと息をつく。風がおさまったからか、じっとしていればそれなりに暖かいようだった。

 豪雨の中を走り続けた疲れと雨風を凌ぐ術を得た安堵から、少年はとろとろと微睡み始める。黒く潤んだ瞳がゆるりと伏せられた。

 折しも、眠りを妨げる雷鳴は少しずつ遠ざかり始めていた。屋根を叩く雨の音を子守唄に、少年は深い眠りへといざなわれていった。




 歩いても歩いても道は続いているようだった。道はぬかるみ、ところどころにある水溜りが映す空は青く高く、冴え冴えと晴れ渡っている。遠くをゆく鳥の影は少年の瞳のように黒々としていた。

 緩やかな上り坂はやがて下っていき、少年のゆくべき場所へと続いている。

 しかし少年がその道を歩むことは、二度となかった。


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