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剣聖の力

「そりゃあまあ、とんでもなく偉い人ですよ」


 オスローとはどんな人物か──俺のそんな問いかけに、病室を訪れたトーチカは答えた。彼女はオスローの部屋から貰ってきた果物を手に取って、ぼんやりとした表情を浮かべている。


「十二剣聖といえば、この国で最も偉い方々です。聖剣に認められた、国を代表する人物。本来我々が言葉を交わすのも憚られるほどなのですが」


「聖剣、か」


 俺の頭の中に、あの夜の映像が浮かび上がる。オスローが持っていた橙色の剣──刀身から赤い炎が噴き出し、大剣の男を一撃で気絶させた不可思議な一振り。まず間違いなく、あれがオスローの持つという聖剣なのだろう。


 聖剣とは一体何なのだろうか。そんな不思議なものが、この世に存在するなんて──呪いの力を借りて立っている俺が言えた話ではないが、にわかには信じがたい話のようにも思えた。


「オスロー様から聞きました。これからエントラに向かわれるのでしょう? でしたら、他の剣聖にも会う機会があるでしょう。……気を付けてくださいね。中々、気難しい方も多いので」


 トーチカがそう言い終えた、その直後。夕刻の静かな病室に、不愉快な警報音が響き渡った。


「何事!?」


 俺とトーチカの視線は、部屋の中央にあるスピーカーに吸い寄せられた。警報音が止まると、続いて焦ったような声が響いてきた。


「トーチカ様、すぐに防衛拠点までお戻りください! リーベルンの連中が現れました!」


「なんだって!? こんなタイミングで……」


 トーチカの表情は忽ち険しくなり、軍人らしい顔へと変容していった。手に持っていたリンゴを片手でグシャリと握り潰して、


「どうやら仕事の時間のようです。貴方は、指示があるまでここでお待ちください。それでは!」


と、勢いよく病室を飛び出していった。


「ククク、どうやらドンパチ始まったようだな」


 壁の隅に置いてあった黒い剣から声が届く。それと同時に、窓の外から遠雷のような鈍い音が響いてきた。


「リーベルンの連中……エントリアまで攻め込んできたということか」


「さあさあ、チャンスだぜ。リーベルンの連中と闘うチャンスだ。俺を持って外に出るんだ」


「しかし、トーチカはここで待っていろと……」


 俺は一瞬躊躇した──が、トーチカが開けたままにしていった部屋の扉から、凄い速度で駆けていく一つの人影を見たのだ。橙色の鞘を手元に構えて走るその人物は、間違いなくあのオスローであった。


 彼女の切迫した表情に背中を押されて、俺は彼女を追うように病室を飛び出した。階段を飛ぶように降り、騒々しく動き回る人影を縫って玄関を出る。医務施設に面した通りには、警備隊の軍服に身を包んだ人々が焦り顔で駆け回っている。オスローの姿はいつの間にか人ごみに紛れて、俺の視界からは消えてしまった。


 俺が入ってきた巨大な石門の方角から、銃声や爆音が聞こえてくる。リーベルンとエントリアとの戦いは、もう既に始まっているようだった。俺は銃剣を背に走る兵士の後に付いて行った──その場で何ができるかも大して考えないうちに。


 厳かな雰囲気のある門に近づくと、銃声の音はますます喧しくなった。壁を一枚挟んで、エントリアの軍とリーベルンの連中が銃撃戦を展開しているようだった。……考えなしに飛び出してきたものの、俺の手持ちは黒い剣一本である。鉛の弾が飛び交う前線に飛び込んで行くのは少々蛮勇が過ぎる。


 呆然としながら戦線を遠巻きに見つめていると、門から少し離れた場所の石壁が爆音を上げて唐突に崩れた。俺も周囲の兵士たちも、虚を突かれた表情で一斉にそちらに視線を向ける。


 立ち上る煙の中から、一人の女が姿を現した。青いロングコートを身に纏った女は周囲をキョロキョロと見回し──やがて俺と目が合った。


「んー……?」


 女は物珍しそうな表情で俺を眺めると、ゆったりとした足取りで俺の方に歩み寄ってくる。女の手の中には奇妙な形状をした二本の剣が握られている──俺は警戒してすぐさま抜刀し、剣先を女の方に向けた。周囲にいた兵士たちも、ぎょっとした表情を浮かべながら銃口を女の方に構えた。


「なんだか珍しいものを持ってるなー? 君はだあれ?」


「お前こそ誰だ! リーベルンの人間か?」


「そうだけどー? 私は……」


 その女は何か言おうとした──が、背後から響くトーチカの大声にかき消された。


「全員、撃て!!!」


 トーチカの声を合図に、その女に向いていた銃口が一斉に火を噴いた。


 ガガガ、ガガガ、ガガガン! 激しい銃声と薬莢が転がる音が響き渡る。そして、ギギギギギギン! という金属音──何が起こったのかはすぐに分かった。その女に向けて発射された銃弾が、目にも留まらぬ二本の剣の乱舞で弾かれたのである。


「乱暴だなー。でも無意味なんだなー。呪いの力の前では……」


「レイルさん、下がってください! なぜこんなところまで来たのですか!?」


 トーチカがバタバタと駆け寄ってきて、俺の体を隠すように立った。歩みを止めない謎の女と俺たちとの距離は、もう5メートルほどまで詰まっていた。


「その女は……間違いありません! リーベルン屈指の実力者の一人。我々警備部が全力で彼女を止めます。その隙に早く非難を!」


「あらら、私を止められる気でいるのー? じゃあ、こっちも本気で遊んでいいんだよねえ」


 その女は剣を目の前で交差させて、ピタリと静止した。周囲に漂わせる雰囲気が間違いなく変わった。トーチカは退けと言ったが──足が動かない。女の顔に浮かぶ薄ら笑いに、俺は明確な恐怖を感じていた。俺を庇うように立っているトーチカも、短銃を正面に構えたまま凍り付いたように動かない。


「じゃあ、行きましょうか」


 女がぽつりと呟いた、次の瞬間──


「……! 消えっ……」


 ──俺の視界から女が消えた。そして、


 ……ガガガガガガギギィン!


 突然、空から金属音、それから、


「下がって!」


 すぐに上方を見上げた。橙色の空を背景に、青いコートの女ともう一人、オスローが剣を交えていた。


 ……ギギギギィン! 再び剣の衝突音。二人の剣士が空中で剣戟を繰り広げていた。


「早く、下がって!」


 オスローが再び絶叫する。俺はすぐさま後ろ飛びに後退して、再び剣を構え直した。空中の二人は地面に着地し、すぐさま前方に飛び掛かった。


「あれえ、あなたも来てたんだー……言ってくれればよかったのにー……」


「あなたこそ来るなら言っておいて欲しかったなあ、ルキ!」


 再び剣のぶつかり合いが始まった。二本と一本の剣が激しく衝突する音が響き渡る。女が繰り出す剣技の濁流を、オスローは流麗に捌ききっている。


「うーん、今日は剣聖と闘う気はなかったんだけどなー。ちょっと予定外だなー」


「……だったら、出直してきてくれる? 自分の国まで返してあげるから」


「えっ、あっ、本気? あららら?」


 オスローの剣が、急に赤い光を放ち始めた。ルキと呼ばれた女も何かを察したのか、後方へと飛びのいて防御の構えを取った。


 オスローは剣を大上段に構えると、ただ振り下ろした。動作はそれだけだった。


「──大炎舞、『緋槍』!」


「やっばい!?」


 オスローの絶叫と共に、ルキの体を凄まじい爆炎が襲った。炎の濁流は彼女の体を押し流して、石壁に激突して爆ぜた。爆発音、爆風、閃光、様々な衝撃が俺の五感を揺らす。肌に届くあまりの熱量に、俺もトーチカも、他の兵士たちも、皆一様に顔を手で覆って、荒れ狂う熱風に耐えていた。


 オスローが再び剣を振ると一直線に燃えていた地面の火が一瞬で消えて、黒く焦げた大地が姿を現した。オスローの放った一撃で石壁には新しい穴が開いて、黒い煙を噴き上げながら燃えていた。

「……やりすぎたかしら」


 オスローはきょとんとした表情で黒い穴を見つめている。門の方から聞こえていた銃声はいつの間にか止んでいた──トーチカの下に駆け寄ってきた伝令兵が、


「リーベルンの軍が撤退していきます!」


と朗らかな声で報告した。


「ルキが……指揮官が吹っ飛ばされたから撤退を始めたのでしょう」


 トーチカは胸を撫でおろして言った。それから黒焦げの地面の前で佇んでいるオスローの方を恍惚とした表情で見つめた。


「流石、十二剣聖の力です。聖剣に選ばれた者の力、世界を制する聖なる力……」


 オスローはまだ炎が燻っている剣を、橙色の鞘へとゆっくりと収めた。


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