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戦闘への希望

「トーチカさんから大体のことは聞いています。森の中で倒れていた私を、担いで運んできてくれたとか。申し訳ありません。私としたことが、不覚でした」


「無事ならよかったです。しかし、なぜあんな場所に倒れていたのですか? それに、あなたを襲おうとしていたあの男……」


 俺が何の気なしに尋ねると、オスローは溜息交じりに首を横に振った。


「それが、覚えていないんです。なぜ森の中で倒れていたのか、その男が何者なのか、何もかもサッパリ! お恥ずかしい話ですが……」


「……エントリアとリーベルンは、現在戦争状態にあると聞きました。エントリアの要人であるあなたの命を狙う輩なんて、そのリーベルンの連中以外にありえないでしょう」


「ええ、その可能性は高いでしょうね。ですが、今なっては確認しようもありません。近しい人に調査をさせていますが、今あの場所に戻ったところで先日の男が見つかるとは思えませんし……」


 オスローは何かが腑に落ちないのか、腕を組んでウーンと唸った。


「この国境沿いの土地は、パーセルと呼ばれています。エントリア南部の防衛の要であるこの場所に、近々リーベルンの斥候部隊が襲撃に来るという噂がありました。私は中央からの命令で、噂の真偽を確かめるために調査を行っていました。夜の森の中を歩いていて、道に迷ったことまでは記憶に残っているのですが……」


「この場所にも……リーベルンの奴らが襲撃に来る、と?」


「ええ。この近辺、どこに隠れているのかは現段階では分かりませんが、まず間違いなく襲撃の準備を整えています。近いうちに戦いになるでしょう」


 彼女の言葉が引き金となって、俺の脳裏にレイビスで目撃した悲惨な映像が流れていく。断続的な爆発、燃え上がる街並み、次々と倒れ伏す住民たち……。


 抑えていた暗い感情が、沸々と浮かび上がってくるのを感じた。リーベルンが再び破壊活動を試みようとするのなら、ベッドの上で呑気に寝ているわけにはいかない。


 怒りと悲しみの混ざった衝動に背中を押され、俺は思案顔のオスローに対し、単刀直入に話を切り出したのである。


「もしそれが本当なら、オスローさん。……この俺を、リーベルンとの戦いに参加させてはもらえませんか?」


「……はい?」


 予想すらしていなかったという様子で、オスローは目を丸くした。


「いやいや、変な義理を感じなくてもいいんですよ。この戦いはエントリアとリーベルンの間の問題です。レイビス出身のあなたが危険な目に合う必要は……」


「レイビス出身だからこそです」


 俺は僅かに語気を強めて、オスローに詰め寄った。


「俺たちの故郷を破壊したのは、リーベルンの連中なのでしょう? 俺は連中の侵攻を止めさせて、これ以上俺みたいな人間を出さないという思いを持って、このエントリアまでやってきたのです。どうか、協力させてくれませんか?」


 オスローは俺の目をじっと見つめ、それから再びウーン、と唸った。どう見ても乗り気ではなさそうだが、俺は頭を下げて頼み込むことしかできない。


「……私たちの国では、エントリア警備部と呼ばれる組織が軍事行動の全てを統括しています。あなたも警備部に入隊すれば、正規のエントリア軍として行動が出来ます。出来ますが……」


「何か問題が?」


「警備部の本部基地が、エントラという街にあります。まずはそこに行って、入隊許可を得ることですね。こればっかりは、私の一存ではね」


 オスローはのそのそとベッドから降りて、大きく伸びをした。それから、色とりどりの果物が置かれた丸テーブルの所まで歩いていき、緑色の果実を手に取って眺めた。


「……ああ、もう歩けるんですね」


 驚いてそう言うと、オスローは苦笑しながら首を振って、


「周りの人たちが安静にしてないとやかましいのです。全く、大したことは無いと散々言っているのに。一々過保護なんですよね。いくら”剣聖”という立場があるにしても。……そうだ、少し持ち帰って食べてください。私一人ではこんなに頂けませんから」


 彼女は空のカゴの中に適当に果物を入れて、俺の方に突き出した。俺が戸惑いながらも受け取ると、嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「あなたの望みが本当に戦いであるならば、私に止める権利はありません。せめてもの恩返しです。あなたをエントラまでお連れしますよ。エントラ行の列車は……まあ問題ないでしょう。それくらい無理をいう権利くらいあるはずです」


 その後の話は、俺が意見を差しはさむ間もなく決定されていった。俺はエントラという街に赴いて、エントリア警備部への入隊を目指すことになり、入隊許可を下している本部基地へは、オスローがわざわざ付き添ってくれるのだという。


 出発は三日後の朝。はっきり言って強行軍もいいところだが、オスローの提案を無下にも出来ない。三日の間しっかり体を休め、エントラ行の列車に乗るということで納得して、俺はオスローのいる病室を去った。


「首尾よくいったのかい?」


 部屋に一人で戻ってくると、ミーンが声を掛けてくる。俺は果物を満載したカゴを近くのテーブルに置き、小ぶりのリンゴを一つ手に取ってベッドの上に戻った。


「……エントラとかいう場所に行って、適正試験を受ける必要があるらしい。それをパスすれば、晴れて軍に入隊さ」


「そりゃあいい。ククク、運のいい男だ」


 戦いで全てを失った男に対し、運がいい、とはなんとも皮肉的である。しかし実際、全てが都合よく進んでいた。オスローと出会ったのは偶然だが、結果としていい方向に展開している。俺の望み通り、リーベルンと戦える日も近いのかもしれない。


 しかし──幸運と不運というのは、大概代わる代わる訪れるものだ。俺は血のように赤いリンゴの表面をじっと眺めながら、足元から這い寄ってくる根拠のない不安感に震えていた。


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