ボンド・ヴァレンスタイン博士
炎の中から颯爽と飛び出した俺は、直ぐに近隣の病院へと運ばれた。俺の方は案外軽傷で済んだものの、白衣の男は命に別状こそないが、それなりには重症だったらしい。
病室のベッドで安静を取りながら、俺はモラートから色々な話を聞いた──というよりは、聞いてもいないのに彼が一方的に話してきたというのが正しい。
「君が助けたあの男、やはり俺たちを誘拐した奴と同一人物だ。やはりあの件の後も、あの邸宅の中に匿われていたというわけだな」
「……火事の原因はなんだったんだ? ただのボヤ騒ぎとは思えなかったが」
「さあ? まだ分からない。しかし、あの男が関係していることは間違いない。元気になったら詳しく調査を始めるさ」
「あの、エウロという人に聞いてみたらどうなんだ。あの人も関係しているんだろう?」
「……あの人に話を持っていったところで、また話を揉み消されるだけだ。家の中で起こった醜聞を広めたくはないだろうからね」
「うーん……」
俺があの屋敷に突入して思ったことは、あれはただの火事ではない、ということだ。火の不始末で起きたにしては激しすぎるし、何より俺とマイネルが耳にしたあの爆発音である。あの屋敷にあった何かが爆発したのか、それとも……。
あの男は俺が寝ている病室の近くに入院しているということを、帰り際のモラートから聞き出した。俺は何か妙な好奇心に衝かれて、あの男ともう一度話をしてみたいと思ったのだ。
病室を訪れてみると──その男は意外にも元気そうだった。
「おお、誰かと思えば、あの黒い剣の少年じゃないか! なんでも、お前さんがわしを助けてくれたのだとか。感謝せねばならんな」
「元気そうでなによりですよ」
「あの部屋にあった耐熱性の布生地が役に立ったな。あれはわしの発明品でな、あらゆる熱を遮断するという最強の防炎能力を……おっと」
男は今更思い出したかのように、ベッドの上で自己紹介をする。
「わしの名前は、ボンド・ヴァレンスタイン。他人はわしを、"流浪の研究者"と呼ぶべきだ」
「呼ばれてないんですか」
「私は外出が嫌いなのでな。……それで、何を聞きに来たんだね? 知識欲に溢れた表情をしている」
「いえ、もう散々聞かれた後かと思いますが……今回の火事の件の原因が気になって」
「それはわしも気になるところでな」
ボンドと名乗った男は鼻息を荒くした。
「その場にいた人間から言わせてもらえば、あれは単なる火事ではない。わしの装置たちが火を噴いたということでもない。……恐らくは、何者かによる襲撃だ」
「なんですって?!」
「あの部屋には色々なものが蒐集されていた。合法、非合法問わず、色々なものが。君の剣もあのコレクションの中に加わる予定だったんだが」
「……つまり、"呪い"に関係する何かだと?」
俺の質問に対し、ボンドはにっこりと笑った。
「そうとも。わしはここのところ"呪い"の研究に耽溺しておってな。国内外から資料や物品を集めまわっておるのだ。……呪いの力というのは、未だに殆どのことが解明されていない。未知のエネルギー源と呼んでも差し支えあるまい。わしは研究者として、大変関心を持っている」
「しかし、呪いの研究は禁止されていると聞きました……この国では」
「この国では!」
ボンドは突然声を荒げた。その豹変ぶりに、俺は後方に飛びのきそうになった。
「そうだ、この国では、なのだ。呪いの研究に関して、この国は遅れている! リーベルンは既に呪いの力を利用した兵器まで作り出しているというのに……チャーミング・マキナ、とか言ったか?」
「呪いの力を利用した新兵器……」
「その通り。警部部の連中も余裕の態度で東部戦線に乗り込んで、そいつらの猛威に晒されて大きな被害を被ったわけだ。あれは上層部の怠慢が招いた結果だとしか言えん」
ボンドは悔しそうな表情で腕を組み、ギリギリと歯ぎしりする。
「上の連中は、この国には"聖剣"の力さえあれば安泰だと思っているようだ。しかしどうだろうな? 呪いの力を侮れば、その内聖剣の力をもってしても対処できないものが生まれてくるかもしれない。事実、リーベルンの"三大悪"とかいう連中。彼らは呪いの力を使いこなして、剣聖たちとも対等に戦っている。越えられるのも時間の問題だ」
「……では、貴方を襲撃したのは誰なんです? 力の解明を阻止しようとしたリーベルンの手のものだと?」
「それは分からない。わしの読みでは、それは違う。流石の連中も、この厳重な国境警備を掻い潜って行動を起こすとは思えん。そんなことができるなら、真っ先にエントラの城を落としに行くだろうからな」
「それでは……」
俺はごくりと生唾を飲みこんだ。何か危険な領域に立ち入ろうとしているような緊張感……。
「エントリアの……内部の犯行だと?」
俺がそう尋ねると、ボンドは渋い表情で小さく頷いた。




