ヴァレンスタイン家
その後間もなくして、パーティーはお開きとなった。
チリンが再び全員の前に立って、威風堂々とした喋りで締めの言葉を述べた。隊員たちはだらだらと自室へと戻っていき、賑やかだった会場はすぐに閑散としていった。幾人かその場に残って談笑し続けている者もいたけれど、リースに蹴りを入れられてすごすごと退散していった。
「これで多少は気分も晴れただろう。そろそろ警備部の一員として仕事をしてもらおうじゃないか」
終わり際に基地長のフェリが赤ら顔で話しかけてきて、突然の通達を俺に寄こした。
「警備部の仕事、ですか?」
「そうとも。ここのところ随分イレギュラーが続いたが、本来の大きな仕事はエントラの治安維持、そのための見回りだ。明日はモラートと共に、エントラの哨戒任務に就いてもらう」
「……了解です」
俺は素直な返事を返す。元々警備部の人間として働くことを前提にエントリアへの滞在が許可されているのだ。俺に拒否権はないのだ。
アメリアが戦争を強行した理由を知る──それがエントリアを訪れた俺の目標だった。運よくアメリアと会うこと自体は出来たのだけれども、彼女の口から真実がこぼれ出てくるような気配はない。彼女の言葉は何もかもが空虚な、偽りの言葉のような気配を孕んでいた。
彼女自身から聞き出せないのであれば、彼女の周辺を洗ってみるしかない。これは間違いなく
、時間のかかる仕事だろう。警備部の一員として日々を過ごしながら、一歩ずつ一歩ずつ調べ上げていくしかあるまい。
それにしても──俺はバイネルの湖畔でケイスが耳打ちした言葉を思い出す。
アメリアを信用してはいけない。
……一体どういう意味なのだろうか。あのケイスという女性は、アメリアについて何か詳しく知っているのではないか。俺はあの黒衣の女性と、どこか落ち着いた場所で話をしてみたいと思った。
翌日の朝、俺は警備部の制服に着替えて部屋を出ると、基地入り口の鉄扉の前に立ってモラートを待った。彼は待ち合わせ時刻丁度にその場に顔を出し、眠そうな表情で手を振ってきた。
「宴の後の哨戒任務は辛いなあ。もし歩いている途中に眠ってしまったら起こしてくれよ」
「そんな器用なことが出来るのか」
「できるかもしれない。寝つきの良さだけは自慢なんだ。……さて、そろそろ行くとしよう。ここを出発してエントラの街をぐるっと一周する。道中何かあったら対処して、手に負えなかったら上に連絡。簡単だろう?」
モラートはそういうと、腕をブンブンと回しながら歩き出した。俺も相変わらず黒い刀を装備して、彼の後をソロソロと付いて行った。
エントラに来てからはバタバタと落ち着かず、結局俺は街の中でも商店の並ぶ大通りと、城へと続く細い以外は大して足を運んでいない。だから、モラートに連れられて歩いた場所は、殆どが初見の風景だった。
「ここら辺はデカい建物だらけだな」
巨大で豪華な建造物が俺の視界の中に増えてきたので、俺はモラートに言った。
「そうだな。この辺は昔からの名家や貴族の土地だ。どれもこれも豪華な建物さ。特に、アレなんか……」
しばらく歩いてからモラートが指さした先には、高い塀に囲まれた城のような建造物が立っていた。塀の上には何本もの緋色の旗が並び、静かな風に煽られて靡いている。
「あれがエントリアの誇る三大貴族、ヴァレンスタイン家の所有する建物さ」
「三大貴族?」
俺がぼんやりと聞き返すと、モラートは妙に得意げに解説を加えてくる。
「エントリアには三つの強大な貴族がいてね。その一つがヴァレンスタイン家さ。エントリアの建国以来、国内外に凄まじい影響力を持ち続けた物凄い家系だ。十二剣聖の一人、エウロ・ヴァレンスタイン様もこの家の出身だ」
「はあ……」
モラートの顔を見る限り、恐らくそれは凄いことで、驚くべきことなのは間違いない。ただ俺とっては、あまり興味の沸く話でもなかった。延々と続くモラートの歴史語りも、うんうんと頷きながらその殆どを聞き流していた。
やがてヴァレンスタイン家の邸宅前へと歩が進む。巨大な門の前には私兵と思しき兵士が立っていて、厳つい表情で周囲を警戒していた。成程確かに貴族の家らしい、厳重な警備体制が整っている。
と、俺たちの進行方向の正面に、何やら白衣を着た初老の男がよたよたとした足取りで歩いていた。冷静に考えれば妙な格好だが、研究者が外に出ているだけだろうと奇妙な納得をして、俺は特に警戒心を抱かなかった。モラートも相変わらずペラペラ喋っていて、男の存在に気付いてすらいない。
「……ほう?」
白衣の男と数メートルほどまで距離が縮んだ時、彼は突然立ち止まって目を丸くした。
「こいつは……ほほう、興味深い!」
「……?」
男はおもむろに白衣の中に手を突っ込んだ。そして、彼の懐から取り出されてきたのは……
「……銃!」
男は突然、黒光りする銃口を向けてきたのである。
俺は咄嗟にモラートを横に突き飛ばして、自分自身も回避行動を取ろうとつま先立ちになって構えた。男は唐突に差し向けた銃口を地面に向け、引き金を引いた。バチン、という軽い音とともに白煙が視界を包んでいく。
「さ、催眠弾!?」
モラートがそう叫んだ時には、遅かった。白い煙を胸いっぱいに吸い込んだ俺は、ほんの数秒で意識を失ったのだ。




