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交錯する剣

「何をこそこそと……串刺しにされる準備はできましたか?」


「ああ! 覚悟は決まったさ」


 俺は無理やりの笑みを浮かべ、サーシャを正面に見据える。黒い刀の先端が微かに震えている。口では大層なことを言っても、俺の身体は本能的に恐怖しているのだ。


 ──はっきり言って、ミーンの提案は狂気だとしか思えなかった。


 どうにかして隙を作り、この黒い剣の一撃を彼女に与えなければならない。目標は明確だ。ミーンの言うことが正しければ、彼女に反撃の一打を与えるのは可能だろう──悪魔の言うことを本当に信用できるのであれば。


『他に現状を打破できる策はあるまい?』


「信じるぞ」


 俺は自分に言い聞かせるように呟いた。そして、


「……ウオオオオオオアアアアァァァ!!!」


 気が触れたように叫びながら、剣を振りかざして突進する。


「真正面? 何を考えて……」


 あまりにも愚直な行動に、サーシャも一瞬眉を顰めていたが、


「正々堂々ってわけですか? 嫌いじゃないですよ、そういうの!」


と声を荒立てながら聖剣を構える。


 俺はもう、何も考えていなかった。理性を捨て、思考を放棄し、ただ真っすぐにサーシャに接近する。余計なことを考えれば足が止まる。怯えるんじゃない。ただ真っすぐに……。


「さあ! あなたの策を見せてくださいな!」


 サーシャは僅かに体を捻ってから、槍を投擲するように剣を前へと付き出した。凄まじい速度。食らうまでもなく分かるその威力。だが俺は、


「避けないっ!」


「……えっ?」


サーシャの放った目にも止まらぬ剣の突きを、体の真正面から受け止めた。


「アグッ!?」


 胸元から全身に拡散する激痛。内臓を穿たれる燃えるような衝撃。想像を超えた痛みの濁流に、声を出すこともできやしない。


「まさか、本気で? 何を考えてるの? 防御の一つもしないなんて!」


 俺の体をぶち抜いた当人が、最も困惑していた。何が起こったのかという顔で、目を白黒させている。傷口から噴き出した俺の血が、サーシャの白い外套に紅の斑点を描いた。


「自分でも……頭がおかしいとしか思えない……が……」


 俺の視界もぐにゃぐにゃと歪んでいる。しかし次に何をすべきなのかは、ハッキリと意識していた。


「これで……隙は出来ただろう!」


 俺は辛うじて掴んでいた黒の剣を握りつぶす勢いで掴み、


「ウアアアアアア!!!」


その片刃の剣の峰の方を、サーシャの体目掛けて振り下ろした。


 ──ガギィン!


 真っすぐ振り下ろされた俺の刀は、サーシャの肩のあたりに激突した。人間とは思えない、まるで鉄の塊を相手に振り下ろしたような鈍い衝撃音が辺りに響き渡る。


「貰ったぞ!! 呪いの力!!!」


「なっ!?」


 接触はほんの一瞬。しかしそれで十分だった。


 剣を介して繋がった二人の体に、落雷のような感覚が走った。サーシャはグゥ、という低い唸り声をあ上げ、固く握っていた聖剣を手放した。俺は突進した勢いそのままに、腹に聖剣が突き刺さったまま後方に吹っ飛んだ。


 奇妙な格好のまま宙を舞い、古びた本棚に頭から突っ込む。木が砕ける音とともに、大量の紙片が宙に舞う。


「グウゥ……」


 崩れた本の山の中に倒れながら、深々と突き刺さった聖剣を抜いて放り投げる。カラン、カランと軽やかな音が二、三度して、それから再び静寂が辺りに立ち込める。


 サーシャはその場にうずくまって、苦しんでいた。俺の攻撃が効いたからではない。呪いの力を一気に吸い取られて動けなくなっているのだ。


『大した度胸だ。考えても中々できることじゃない』


「ウググググ……!」


 ミーンが俺の蛮勇を称賛しているが、俺はそれどころではない。少しでも気を抜けば意識を失いかねない激痛と戦っているのだ。サーシャの突きは、俺の体の真ん中を打ち抜いていた。時間とともに痛みはさらに増していき、俺の意識が白く遠ざかっていく。


『ククク、キツそうだな。だが、思い切りがよかったのが幸いだ』


と、ぽっかりと開いた傷口に、電撃のような衝撃が駆け巡り始める。俺は思わず絶叫してのたうち回り、全身に走る違和感と不快感に必死に耐えていた。


 やがて……奇妙なことに、満ち潮が引いて行くように痛みが消え始めた。白く明滅を繰り返していた視界も段々と鮮明になっていく。


 俺はカッと目を見開いて傷口を見た。そして、驚いた。大量に血を噴き出していた大穴が、黒い靄のような影に包まれて、次第に修復されていくのである。


「これは一体」


 俺が困惑していると、ミーンが偉そうな声で語り掛ける。


『俺様の力の一片よ。呪いの力を消費して、傷ついた肉体を再生する。まあ、悪魔にとっては出来て当然の能力だが、如何せん消費が激しいんでね。あの少女から奪った力を利用させてもらってるがね』


「都合のいい能力だな。しかし……助かった」


 傷は瞬く間に塞がっていき、気が狂いそうだった痛みも嘘のように消えていった。


「サーシャ……大丈夫か?」


 幾分か余裕が出てくると、俺は地面に倒れたサーシャのことが気がかりになる。震える足に鞭を打って立ち上がると、黒の剣を杖代わりに彼女のところにゆっくりと歩いて行った。


『ほとんどの呪いは俺が吸収した。直ぐに正気に戻るだろうよ。もっとも、あれだけ急激にエネルギーのやり取りをすれば、すぐには動けやしないだろうが』


 俺が近寄ると、サーシャはその顔を僅かにこちらに向けて、乱れた髪の間から虚ろな瞳を覗かせていた。


「大丈夫か?」


 改めて俺は問いかける。彼女はか細い声で何か言ったようだったが、ボソボソとして聞き取れなかった。彼女はそれからゆっくりと腕を上げて──部屋の奥にある古びた扉を指さした。


「……はやく……急いだほうがいい……」


「なんだって? 何を言っている、サーシャ」


「早く……奥の部屋に……"毒"が回る前に!」


 サーシャは体の奥から振り絞るようにして声を上げ、崩れるように地面へと倒れこんだ。そして、次の瞬間、


「……ウグッ!?」


 俺の体の中心から、まるで内臓に氷を突き刺したような痛みが、何の前触れもなく走り始めたのである。

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