死への剣舞
長く薄暗い廊下をひたすら進み、再び開けた空間へとたどり着く。
先ほどの広いだけの空間と異なり、木製の本棚や机などが壁沿いに並んでいる。天井からは色々なものが鎖に繋がれてぶら下がっているが、その中には大型の人形──俺たちに襲い掛かってきた人形の原型と思しき部品がいくつか見える。
「彼らはここで作られたんですよ」
そして──部屋の中央に佇む少女が一人。サーシャ・ストランドは抜き身の剣をゆらゆらと揺らしながら、不思議な笑みを浮かべていた。
「サーシャ!」
俺は喉が痛むほどの大声で叫んだが、どうやら俺の声は耳に届いていないようだった。
「彼らは……ここの主人が残していった過去の遺物。誰からも忘れ去られた悲しき人形たち。本当であればこのまま誰にも気が付かれずに朽ちていくばかりだったのでしょうが……」
「一体何の話をしている、サーシャ」
「気が付く人間がいてしまったのだから、仕方ありません。私は所詮飛び入り参加ですから……さて、レイル君」
サーシャは虚ろな目で俺を見て、歪な形の剣先を威嚇するように差し向けた。
「キエラさんも"聖剣"を抜いたようですね。彼女がここにやってくるのも時間の問題でしょう。それより前に、片づけてしまわなけばなりませんね」
「君は操られているのか? 正気に戻ってくれ。……君の目的はなんだ?」
「正気か正気でないかと言われると、恐らく正気ではないのでしょうね。私の心の奥底から、あなたを切り刻みたいという衝動が沸々と湧き出てきます。これが、"呪い"の力、なのでしょうか」
「呪い……」
『どうやらそのようだな。あの少女の全身から、滾るような呪いの力が噴き出している。相当鮮度のいい、旨そうな呪いの力だ』
ミーンの言葉の意味は分からないが、サーシャは呪いの力でおかしくなっているらしい。如何にかして正気に戻さなくてはならない。彼女のためにも、自らの生存のためにも。
「……ミーン。あの人形にやったのと同じように、呪いの力を吸収することは出来るか?」
『できるさ……理論上はな』ミーンは歯切れ悪く言葉を続ける。『だが、お前の実力でそれができるかな? 恐らく素の実力が俺の力を借りたお前よりもはるかに上、おまけに呪いの力でさらに強化されてると見た。一筋縄ではいかないぞ』
「やるしかないだろ、そんなこと……」
サーシャの手には怪しく光る聖剣が握られている。どんな能力なのかは見当もつかないが、間違いなくヤバい。クエリが一瞬で倒れ伏したのがその証拠だ。
正面向いて相向かっているこの状況、一歩でも退けば剣がそのまま飛んできかねない。息の詰まるような緊張感に、俺は生唾を飲んで喉を鳴らした。
「俺を倒したとして、その後どうするつもりなんだ?」
俺は剣先をサーシャの方に向けながら問いかける。気分はさながら、猛獣を前にした剣闘士の気分である。
「そうですね。あなたを倒して、後から来るであろうキエラさんも倒してしまいましょうか。そして一緒に夢を見るんです。この場所で、安らかな気分に浸りながら、永久の夢を……」
サーシャはそういうと、クスクスと一仕切り笑った。そして……
「……行きます」
バンッ!──火薬が弾けるような音を立て、サーシャが突っ込んでくる。その速さは、さっきの人形などとは比較にならない。瞬きする間もなく、青白い剣先が俺の顔面目掛けて飛んできた。
「ウッ!」
間一髪のところで、俺の意思とは無関係に動いた腕が、サーシャの剣の軌道を僅かに変えた。鈍い光を湛える剣先は、俺の額のスレスレの位置を通過していった。上体を逸らしてギリギリで回避して、二の剣が飛んでくる前に急遽後退する。
「多少は楽しませてくださいな」
今度は真正面から剣同士が衝突する。右に左に、上から下に、もはや目が追い付かない速度で剣が飛び交い、互いの服や髪の先を掠めていく。
──剣先が相手にちょっとでも触れればいい。そうすれば、サーシャに取り付いている呪いの力は大幅に削れる。誰に言われたことでもないが、そんな確信がある。
「くうっ、重い!」
しかし、言うは易しである。一撃一撃が重く、鋭く、早い、剣の舞。反撃を加える余裕はどこにもない!
「……それで本気なんですか! そんな剣術でよくリーベルンの強者と戦えましたね!」
サーシャは余裕の表情で剣戟を飛ばす。押しに押されて、俺はもはや剣を持ったまま部屋の中を逃げ惑っていた。──どうする? キエラの到着まで時間を稼ぐか? いや、いつ来るとも分からないものに命を懸けるわけにはいかない。
『おいおい、押されっぱなしじゃないか。自分よりも年下の女の子に』
「ハァ……ありゃあ女の子なんて分類していいものじゃないぞ。このままでは殺される」
『だろうな。さっきから防戦一方だ。状況を変える一手が欲しいものだな』
煽るようなミーンの声に苛立ちながらも、俺は冷静に周囲を見回してみる。何か使えるものはないか、何か助けになるものはないか──しかしその寂しい部屋の中には、何一つとして役に立ちそうな代物がない。頼れるのは己の体一つである。
『絶体絶命だな。……俺様が素晴らしい案を教えてやろうか?』
ジリジリと距離を詰めてくるサーシャを前にして、俺の手足は恐怖感に微かに震えていた。それでも顔だけはまっすぐ前を向いて、微笑を浮かべているサーシャの顔を睨み返す。──気迫で負けたら本当の終わりだ。精神が敗北してしまえば、間違いなく死へと直結する。
「……聞かせろ。勝てる策、なんだろうな?」
俺が呟くように尋ねると、ミーンは状況に似使わぬ楽しげな声で言った。
『もちろんさ。まあ、死ぬほど痛むかもしれんがね』




