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第十一剣 サーシャ・ストランド

 人の家に勝手に入るなど悪いことに決まっている──しかし、全身を包み込む冷たい雰囲気に、俺が感じていた小さな罪悪感など、ものの数分で霧散してしまった。


「なんでしょう、ここは……」


 キエラの持っている照明を頼りに部屋の中を探索する。長い間人が訪れた気配はなく、どこもかしこも埃っぽい空気が蔓延している。


「サーシャ、いるなら出てきなさい! 返事をして!」


 クエリは人目も憚らず大声で名前を呼ぶ。返答はない。徹底的な沈黙……。


 息を殺しながら慎重に、暗い家の中を探索する。手入れのされていない雑然とした場所、という印象しか俺は感じていなかったが、


「……変ね」


クエリだけは、何か思うところがあるようである。その家の中心地、だだっ広いリビングに辿り着いた時、彼女は急に険しい表情で部屋の中を見廻し始めた。


「何が変なんです?」


 キエラは僅かに首を傾げながら尋ね返す。


「埃の質が違う。玄関からこの部屋まで、最近何かが通ったような痕跡が残っていたけれど、この部屋でそれは終わってる」


「えっ、そんなことが分かるんですか」


「楽勝です。……少なくとも、至る所が埃塗れのくせに、誰かが頻繁に出入りしているような感じがする」


『ククク、流石"剣聖"様だ。素晴らしい観察力を持っていらっしゃる』


 再びミーンが心の中に話しかけてきた。


 ──本当にサーシャはこの場所にいるのか? 俺は心の中で再び悪魔に尋ねてみる。


『俺には既に見えているよ。だが、俺が出る幕でもなさそうだ』


 と、クエリはリビングの中央に敷かれた絨毯に近づき、膝をついて丁寧に観察し始めた。俺とキエラはぽかんとして彼女の様子を見守っている。


「フンッ!」


と唐突に叫んだクエリは、既に抜刀していた剣を木製の床に向かって叩きつけた。ドグゥアャンン、という轟音と共に床が弾け、砕けた木片が部屋の中に散乱する。白く溜まっていた埃が一斉に舞い上げられて、キエラはゴホゴホと咳き込んだ。


「隠し階段!」


 クエリがキンキンした声で叫んだ。目を擦りながら視点を彼女の足元に移す──そこには彼女が開けた巨大な大穴と、下の暗闇へと続く灰色の階段。


「……確かに、ただの別荘と言うわけではなさそうですね」


 この段になると、キエラもクエリの行動を咎めなかった。この家には何かがある。ようやく意志が統一された俺たちは、何も言わずに剣を抜き、地下空間への降下を開始したのである。




 いつまでも続くような長く暗い階段をひたすら下る。五階か六階分か、とにかく大量の段を降りたところで、小さな扉一つの空間に至る。俺たちは無言で目線を合わせてから、ゆっくりと扉を開いた。


 扉の向こうには、これまた奇妙な空間が広がっていた。


 地上の建物の数倍の面積はあろうかという広さ。石造りの円形空間には白くぼんやりと光っている柱がところどころに立っていて、厳かな雰囲気を演出していた。


 そして、周囲よりも少しだけ高くなった円形の中心部に、人が倒れている。横たわった身体は取り囲むように置かれた青白い電燈の光に照らされ、何かの儀式のようにも映る。


「サーシャ!!!」


 鼓膜を劈くような大声でクエリは叫び、倒れている人影に駆け寄っていった。俺の位置からでも流石に分かった──部屋の中央に倒れているのは、サーシャ・ストランドその人であった。


「サーシャ、怪我は? 意識を失ってるの? 呼吸はしてる? ああ、どうしたら……」


 倒れ伏した妹を前にして、クエリは明らかに取り乱していた。俺もすぐさま彼女に駆け寄ろうとした──が、キエラが俺の前に手を伸ばして静止する。


「……警戒してください。嫌な気配を感じます」


 キエラは鬼気迫る表情で周囲を見回している。何かいる? 何かがある? 確かに状況としては出来すぎている。何かの意図を持った空間配置……。


「グッ!?」


と、突然クエリが鈍い声を上げた。片手に握っていた剣を取り落とし、カランカランという軽やかな音が辺りに響き渡った。


「どうしました!?」


 キエラが大声で呼びかけたが、クエリの返事はない。彼女は両の手を地面について、目を見開いたまま動かない。


「大丈夫か?!」


 俺も思わず叫び声を上げる。そして、


「……大丈夫です」


という返事が返ってくる。しかしそれは、クエリの声ではなかった。 


「少しの間眠くなるだけだから、大丈夫ですよ。きっと……」


 クエリが力尽きたように、ドサリという鈍い音を立てて地面に倒れ伏す。そして彼女と交代でもするかのように──仰向けに倒れていたサーシャがゆっくりと起き上がったのだ。


「サーシャ?!」


 キエラも驚いた表情でサーシャを見つめている。青白い照明の下に照らされた彼女は、異様だった。瞳には生気がなく、虚ろな表情である。体はゆらゆらと揺れていて、辛うじて立っているような頼りなさである。


 そして何より目を引くのは、彼女の左手である。緩やかに握られた柄の先に伸びる、青白い剣──いや、剣と表現していい代物なのか分からない。


 氷の柱をアイスピックで削って、適当に棒状に加工したかのような奇妙な外見。上から降る照明の光を乱雑に反射して、彼女の手元で奇妙な光沢を放っている。


「姉さんも相変わらず私のことになるとダメダメですね。私の"聖剣"の能力は知っているはずなのに、余りにも迂闊です……」


 サーシャの視線がクエリの方から俺たちの方に向いた。息苦しい緊張感が煙のように立ち込めていく──彼女はその青白い剣の先を俺たちの方に向け、


「来客はキエラさんと……ああ、レイルさんでしたね。ようこそおいでませ、『夢の家』へ」


とぞっとするような声で言ったのである。

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