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「なんだここは……」
店の中は薄暗く、そして埃っぽい。
「あそこが空いているからあそこに座ろ」
「あぁ……」
人間に先導されてテーブルに移動するが、終始、俺は眉間に皺を寄せていた。
「汚いな……」
木の椅子は不揃いで傷だらけだし、テーブルには変な染みが至る所にある。不衛生極まりない。
そして、サービスも悪い。客が来たというのに水も出さないし、メニューも持ってこない。そして何より、椅子が低い! ぎりぎりテーブルから顔を出せているレベルだ。この店は子供が来ることを想定していないのか。
「注文は決まった? 私はいつも通りのを頼むつもりなんだけど」
「注文だと? メニューもないのに注文なんてできるわけがないだろ」
「メニューならそこの壁に書いてあるじゃない」
指さす方向を見ると、そこには模様のようなものシミがあった。おそらく、これがこの店のメニューなのだろう。流石は異世界。文字であると認識することすらできなかった。
「一応、言っておくが、俺はこことは異なる世界から来たのだ。文字など読めるはずがなかろう」
「そう……。文字は読めないけど、言葉は話せるんだ。変なの」
人間のくせに、いい指摘だ。
確かに、異世界なのだから、言葉を理解できるのは少しおかしい。
「あっ! もしかして、元いた世界のどこかの言葉と発音が一緒だったりして」
「俺の世界に言語は複数存在しない。言語は常に統一されている。言語が複数あるなんて、不便でしかないではないか」
「それはそうだけど……それって、そんなに簡単なことじゃないような……」
確かに、簡単なことではなかった。だが、複数の言語があれば、支配する以上、その言語をすべて理解せねば魔王としての責務に支障を来しかねない。ならいっそ言語を統一してしまえばいい。そうしたら、人間同士も言語の壁に阻まれることはない。一石二鳥という奴だ。なので、運良く発音が一緒だったのだろう。
ただ、今はそれを問題にする必要はない。
「それより、メニューだ。一つ一つ文字を訳してほしい気持ちはあるが、それだと時間がかかるからな。自分で選びたい気持ちはあるが仕方あるまい。不服ではあるが、同じものを注文するとしよう」
「ってことは、何でもいいってことだよね。すいませーん! 注文お願いしまーす!」
気になることを言った気がするが、店員を呼んでしまったのでやめておいた。
だが、店員はなかなか来ない。
サービスが悪いことへの怒りと気になったことを聞いておけばよかったという後悔で満たされている中、ようやく店員がやってきた。
「注文受けまーす」
それなりに美人な店員がきたが、接客のせの字も知らなさそうだ。俺がこの世界を支配したら、まずは飯屋から改革を進めなければならないだろう。