2
「暇だな……」
玉座で退屈そうに頬杖をついている俺こそ、魔族を統べる者、第3代魔王、アペルピシア。なのだが、かなり重大な問題を抱えていた。
「暇すぎる……」
そう、暇なのだ。
俺が魔王に就任してから、魔族を統治し、人類を支配下に置いた。
それはいい。それはいいのだが、人類に全くと言っていいほど反抗の意志が感じられないのだ。具体的には、勇者が一向に現れない。俺が魔王に就任したときには何度も挑んできたくせに、人類を完全に支配した途端、全く現れなくなった。もちろん、力を蓄えている可能性だってある。だが、この100年。いいや100年以上もの間、現れていないのだ。力を蓄えるにしては長すぎる。おじいちゃんどころか老衰で死んでしまってもおかしくない。
「俺は何を間違えてしまったんだ……」
就任した時期の勇者と戦いで力の差を見せすぎたからだろうか。いや、でも、俺だってその辺はちゃんと手加減をしていた。勇者だって殺さず追い返した訳だし。
「あぁ……分からん。何がダメなんだ」
もうこの際、勇者でなくても構わない。魔王の座を狙って来た魔族でもいい。そうでないと、私のこのモヤモヤした気持ちは収まらない。
「せっかく、勇者との戦いのために、この魔人城タルタロスだって作り上げたのに……」
魔王の城自体が魔族の魔人城タルタロス。およそ50年もの歳月をかけて作り上げたこの城なのだが、たった一度も起動し動かしたことがない。動かせば絶対にかっこいいのに……。
他にも数々の勇者を退ける仕掛けがある。それなのに、そのほとんどが使われることなくただの飾りになっている。
「誰でもいいから攻めてこないかな……」
そんな魔王あるまじきことを呟いた時だった。
『ずいぶんと退屈しているみたいだね』
「誰だ!」
目の前には誰もいない。それに、タルタロスヘの侵入者も関知されていない。関知されないほどの隠密能力を持ったもの、という可能性もあるが、おそらく違う。この声は頭に直接語りかけている。俺の鼓膜を震わせている訳ではない。
「テレパシーか。小賢しい真似を」
『ご名答。やはり、君は賢い魔王だ』
テレパシーと言っても伝えることが出来る距離は無限ではない。おそらく、タルタロス周辺にはいるはずだ。
「俺は魔王。貴様のその言動、万死に値するが、特別に俺の前に現れ対峙するというのなら減刑してやらんでもないぞ」
『君は寛容な魔王でもあるのか。だが、残念ながら、それは出来ない。私には実体がないからね』
「実体がないだと?」
魔族の中にも実体がない者はいる。だが、俺の眼前で伏さない魔族などいない。
「貴様、魔族ではないな?」
『その通り、私は魔族ではない』
「なら、何者だ。名を名乗れ」
『私は、この星の意志。全ての起源。究極の叡智。根源たる原風景。阿頼耶識。難しく言わず一言で言うのなら、神』
最後の一言に俺は笑いを耐えきれなかった。
「ふっふ。神だと? 神など存在しない!」
『そう言われても、私は今も存在している訳なんだけど……』
「存在している? 笑わせるな。どこに神の存在があると言うんだ」
『そう言われてもね……。例えば、災害とか?』
「災害など、疾うに解明している。全てにおいて、被害は出ない。神の存在など、ありはしない」
『そうかい……。なら、病は?』
「病など、それこそ俺が人類を支配してから存在していない」
『じゃあ……。そうだ。魂はどうだい? 輪廻天性は神の』
「魂の管理は魔族の仕事だ。神が入る余地などない」
『いや、でも、罪人の魂を浄化するのは』
「罪人の魂は、このタルタロス地下のゲヘナで矯正している。浄化など、不要だ」
『…………』
自称神の意見を全て論破してしまうと、黙ってしまった。
事実とは言え、私も言い過ぎてしまったかもしれないと反省していると、再び声が聞こえた。
『君は神か何かなのかい?』
「それを貴様が言うか自称神」
もはや、テレパシーで語る自称神に神としての威厳すらなかった。
『君が偉大な魔王だと言うことは分かったよ。通りで、この世界には争いがないわけだ』
「貴様、その理由が分かるのか?」
『分かるとも。だけど、君にそれを教えたら、よくない方向に向かいそうだからやめておくよ』
「何をもったいぶりやがって……。神と言うのなら神らしくお告げと言うものをやったらどうだ」
『いやいや、魔族の、それも魔王にお告げする神ってどんな神だよ』
「貴様みたいな神だよ」
自称神と名乗り、今、こうやって語りかけている時点でお告げなのだから。
「まあ、いい。それで、争いのやり方を教えてくれないと言うのなら、貴様はなぜこの俺に語りかけてきた」
『そう、それなんだ。君は争いを望んでいる。だけど、世界は争いを望んでいない。この世界はこのまま進むのが一番幸せなんだ』
「幸せだと? 俺は幸せではない。退屈だ」
『そう。だから、君をまだ争いがある世界に招こうと思う』