電車世界
電車の中の温度。それぞれのひとがそれぞれの世界の中に夢中になる。そこには誰もいないように自分の部屋のような時間を過ごす。電車の窓越しに景色を眺めるひと。時間に追われ化粧にいそしむひと。お気に入りの音楽を聴きながら小説を読むひと。それぞれの世界が電車の箱の中で一塊の時間となって息をしている。
しかし思う、この世界が混在しているのに交わらないことがなんとも惜しいことである。
だから私は目を瞑り妄想する。
この目の前の女子高生は、目まぐるしい速さで移り変わる窓の向こうの景色を見て、どこへ行くのか。
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私はきっと社会に出ても役に立たないであろう学校という収容所に疲れきっていた。気晴らしに外を眺めても、体育の時間に教育的な意味もなく、ただ日差しの下で足跡を付けるだけの土。教師もよくわかっていないだろう無秩序に書かれた文字が埋め尽くされた切ない黒板。自分たちの姿になんの疑問ももたない無垢で代わり映えのない制服と髪型の生徒たち。色素が薄く、色味のない学校という世界が退屈だった。
けれど、ひとつだけ。屋上だけは特別だった。どこを見ても生活がある建物たちの森。果てなく続くイルカのように青い空。その空を自由に泳ぐ鳥や雲。ここからの景色は退屈から手を引き寄せ、希望を見せてくれる場所だった。
そこで見つけた好奇心をそそる建物に足を運ぶことが私の学生生活の青春。と、呼べるものになればこの時間も報われるだろうか。
今日も探し歩いて行く。大人という自由な時間を手に入れ自分が選んだ景色を摑み取れるその日に向けて。
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そんな妄想を終え目を開けると、私たちの世界はそれぞれの目的地で別れを告げている。もうそこに女子高生の姿はなく、空の席だけが切なく、また誰かの休息を待っている。
世界は寝ている間にも移り替わっていく。
時間は止まらない。
明日の通勤電車は、また新しい世界を乗せてゆく。