あなたと共に
今日はラジアスに誘われて、少し離れた丘の上に広がる花畑にやって来ていた。
今が見頃の花らしいが、植物園や公園でも見られるため、わざわざこの丘までやって来る者は少ないらしく、穴場なんだとラジアスは言った。
花畑を一望できる場所にシートを敷いて座り持ってきた軽食を食べながらラジアスとの時間を楽しむ。
「それで、年の最後の月にはクリスマスっていうのがあって―――」
私の話をラジアスは笑顔で聞いている。
「一年の最後の日を大晦日と言って、年が明けるとお正月です。家族みんなでおせち料理って言うお正月に食べる伝統的な料理を食べて―――」
少し前からラジアスに私が日本にいた時の話をするようになった。
最初の頃は話をする度に、家族や友達、向こうでの生活を思い出し涙していた。
私には今ラジアスやみんなが傍にいてくれて幸せなんだから、そう思っていても簡単に割り切れるものではなかった。
「あれ、おかしいな……すみません、泣くつもりじゃなかったんですけど」
「大丈夫だ、何もおかしなことなんかない」
私が言葉に詰まって泣く度に、ラジアスがそっと抱きしめてくれた。
「悲しいのも、泣きたくなるのも当たり前のことだ。ハルカがニホンで大切にされていた証拠だ」
この世界でこんなにも良くしてもらっているみんなの前で、グチグチ泣いたりして困らせたくなかった。
それでもラジアスは「せめて俺の前だけでも気持ちを抑え込むな。泣いて良いんだ。元いた世界の人たちの代わりにはなれないが、それでもずっと俺はハルカの隣にいる」と何度も言ってくれた。
最近では、話していても泣かずに済むようになってきた。
もちろん悲しくないわけではないし、寂しくないわけでもない。
でも、今もし日本に戻れると言われたら私はきっと迷うのだと思う。
手放しに喜んで帰ることは選択出来ない。それほどまでにラジアスに心を預けてしまったと自覚している。
「ラジアス様、私の話面白いですか?」
私は首を傾けて後ろにいるラジアスを見る。
座ったラジアスの脚の間に私が座っている状態。
よく漫画とかで見るカップルがやっている憧れの後ろからハグのあれである。
「ああ、聞いたことの無いものを想像しながら聞くのも楽しい。何より、俺のまだ知らないハルカのことを聞けるのが嬉しいよ」
そう言ってラジアスは振り返った私の頬にキスをした。
当然のように赤く染まった私の顔を見てラジアスは笑った。
「はは、いつまで経っても慣れないものだな」
「な、慣れませんよ!」
付き合ってみて分かったのだが、ラジアスは意外とスキンシップが多い。
仕事中はそんなことは無いのだが、その分プライベートな時間になると抱きしめられたり、今のように頬や頭にキスをされたりする。
(嬉しいけど!嬉しいけども!)
異性とのこんな触れ合い経験の無い私にはなかなか刺激が強い。
顔を赤くしたまま前に向き直り俯く私をラジアスは包み込むようにぎゅっと抱きしめ、無防備なうなじにまたキスを落とした。
「ひょっ!」
予期せぬ場所へのキスに思わず変な声が出た。
ラジアスは私の肩に頭を埋めると笑いを堪えるようなくぐもった声が聞こえた。
「ラ、ラジアス様!」
「ふふ。いつまでも初心なハルカも可愛いが、この調子では結婚後が思いやられるな」
「………え?」
ラジアスの言葉に一瞬私の思考が止まる。
「どうした?」
身体ごと向きを変えて振り返った私と顔を上げたラジアスの視線が交わる。
「ラジアス様、今」
「ん?」
「ラジアス様、私と……結婚、してくれるんですか?」
ラジアスの私に対する気持ちを疑っているわけではない。
でも、私たちはまだ若いし、恋人になって数か月しか経っていないし、そんなところまで真剣に考えてくれているとは思っていなかった。
「……なんだ、ハルカは結婚してくれないのか?俺は生半可な気持ちでハルカに想いを告げたわけじゃないぞ」
ラジアスはごそごそと自身のポケットから小さな箱を取り出し「やっぱり用意しておいて良かったな」と言った。
「ハルカ」
ラジアスはしっかりと私の目を見る。
その目はいつになく真剣だった。
「ハルカ、愛している」
その言葉は私の心にすっと浸み込んでいくようだった。
「もうお前のいない人生など考えられない。他の誰にもこんな気持ちを向けたことは無い。ハルカだけだ。ハルカの強いところも、弱いところも……お前の全てを愛している」
私の答えなんて聞かなくても分かっているはずだ。
それでもラジアスから出てくるのは懇願だった。
じわじわと涙が溢れて目の前にいるラジアスの顔がかすんで見える。
「これからの人生を俺と共に歩んでほしい。どうか俺の伴侶に」
私は感極まって言葉が詰まり、何度も頷くことしか出来なかった。
差し出された小箱の蓋をラジアスが開けると、そこには想像通り指輪が入っていた。
どんなデザインかは涙が邪魔して分からないけれど、ラジアスの気持ちがたくさん詰まっていることだけは分かった。
この世界に婚約指輪や結婚指輪という概念は無い。
お揃いの腕輪や耳飾りがその代わりになるのではというのを聞いたのが少し前の事。
意味合いは同じでも世界によって贈る物は異なるのだなとラジアスが言っていたのを覚えている。
何かの話の途中で出た話題だったから、このくらいの会話でサラッと終わったはずだ。
それを覚えていてくれた。
それだけで嬉しかった。
ラジアスは私の左手の薬指に指輪をそっとはめた。
「すぐに結婚は難しいだろうからまずは婚約指輪だな。ハルカ………ハルカ、俺の唯一」
そう言って、掴んだままの左手を僅かに自分の方に引き寄せ、はめたばかりの指輪に口付けを落とした。
私は引き寄せられた左手ごとラジアスの胸に飛び込んだ。
ラジアスはそんな私をやすやすと受け止め抱きしめる。
「うぅ……ぐす……」
泣きじゃくる私の頭と背中をあやすようにラジアスの大きな手がさする。
それだけでほっとして落ち着いてくるから不思議だ。
「だいぶ感情に素直になったなー」
「……うう、ラジアス様のせいです。ラジアス様が甘やかすから……」
「ふふ、そうだな。……目が溶けてしまいそうだ」
ラジアスの両手が頬を滑り顔にかかる髪をよけていく。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を見られまいと逸らそうとするが、骨ばった大きな手に阻まれて駄目だった。
瞼や目尻に軽いキスが何度も降ってくる。
それが止まって目を開ければ、至近距離でラジアスと目が合った。
「……ラジアス様、好きです」
「俺も好きだ。愛している」
愛しているという言葉は好きだと言うよりもハードルが高い気がする。
でも、私も言いたかった。
ラジアスにちゃんと伝えたかった。
「私も、あ、あい、愛してます」
涙はまだ出てくるし、ぐしゃぐしゃな酷い顔だと分かってはいたけれど、どうしても伝えたくて。
精一杯の笑顔でそう伝えれば、ラジアスもまた泣きそうな笑顔になった。
「本当にお前は……何回惚れさせれば気が済むんだ。毎日ハルカが愛おしくて仕方がないよ」
ほんの少しの距離を埋めようとするラジアスに、私はゆっくりと目を閉じる。
間を置かずに私の唇にラジアスのそれが重なった。
離れては逃がすまいとまた塞がれる唇に息も絶え絶えになった頃、ようやく解放されてそのまま強く抱きしめられた。
「ハルカ、ニホンにいる家族に自慢出来るくらい幸せになろう」
「……っはい!」
ザアッ―――
突如吹いた風が小さな花びらを舞い上げた。
それはまるで二人のこれからを祝福しているようだった。
お久しぶりです!
二人のその後、やっと一つ書けましたー( ;∀;)
番外編書きますって言っておきながら全然書けず・・・何とか年内滑り込みました。
楽しんでいただければ嬉しいです。
それではみなさん、良いお年を!




