94.煩い鼓動
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そう思ったのに。
私はいまだ告白出来ずにいる。
それどころか気合が空回りして言おうと思って横のラジアスを見ては、何も言えずに俯くという動作を繰り返していた。
(世の中の女子はどうやってこれを乗り越えてるの?!心臓がヤバイくらいにバクバク言ってるんですけども!)
勢いでどうにかなると思った数分前の自分を叱りたい。
ラジアスと視線を合わせられないまま果実水の入ったグラスを握りしめた。
頭の中で、告白出来る人を尊敬し、不甲斐ない自分にがっかりする私を不思議そうに見ながらラジアスがゆっくりと話しかけてきた。
「なあ、ハルカ。ハルカがこの世界に来てからもう半年が経つんだな」
「へ?・・・ああ、そうですね。もう半年というかまだ半年というか」
「そうだな。最初はハルカのことを男だと勘違いして怒らせたりもした」
「あはは、そんなこともありましたねぇ」
初めて会った時のことを思い出して思わず笑いが零れる。
あの時は自分の置かれた状況についていくのが必死だった。
その直後に日本に帰ることが出来ないと知った。あの時から今も私に一番寄り添ってくれているのは間違いなくラジアスだ。
手に持っていたグラスをテーブルに置きそっとラジアスを見れば、彼の瞳は私を真っすぐに見つめていて、思わず私は動きを止めた。
そんな私の頬をラジアスの骨ばった手が撫でた。
「・・・だが、今はこんなにも綺麗だ」
「へっ?!」
「どこから見ても可愛い女性にしか見えない」
「か、髪!髪が伸びたせいですかね?!ド、ド、ドレスのおかげかも!」
急に雰囲気の変わったラジアスに、私の心臓は跳ねあがった。
こんなラジアスは知らない。
この空気に耐えられず、視線を外したいのに私を見つめ続けるその琥珀色の瞳と頬に添えられた手がそれを阻む。
「それだけじゃない。たとえハルカの髪が以前と同じように短くとも、男物の服を着ていようとも、もうハルカを男のようだなんて思えない。俺にとってハルカは愛しい存在だから」
「・・・っ」
ラジアスの言葉に私は目を瞠った。
言われた言葉を頭が理解するよりも先に私の心が反応した。
ドクンドクンと自分の鼓動がひどくうるさい。
「それって・・・」
ラジアスを見つめ返したまま震える唇が言葉の真意を探ろうと声を発する。
けれど本当は分かっている。
ラジアスがどういう意味で愛しい存在と言ったのか。
いくら恋愛経験が無い私でも察することが出来るほどに、私の頬に優しく触れる指が教えてくれている。
何よりも自分を見つめるその瞳が、私を捉えて離さないその熱を孕んだ瞳が、私にそれを理解させた。
「好きだよ、ハルカ。この命を懸けても惜しくないと思えるほど、お前のことを愛しく思う」
「・・・本当に?」
私は震える手を頬に添えられたラジアスの手に重ねる。
ラジアスは優しく微笑みながら頷いた。
「俺にハルカを守る権利をくれないか?ハルカが楽しい時も嬉しい時も、辛い時も隣にいたい。ハルカの一番近くにいるのが俺でありたいんだ」
「はいっ・・・はいっ」
ラジアスの手をぎゅっと握り、溢れそうな涙を堪えながら必死に首を縦に振る。
「わた、私も、ラジアス様のことが好きです。ずっと一緒にいたいで・・・うぶっ」
言い切るよりも早く、私はラジアスの腕の中に閉じ込められた。
拳二つ分空いていた私たちの距離はいつの間にかなくなっていた。
「~~~!!」
ラジアスに思いきり抱き締められ、苦しくなって私はラジアスの胸をパタパタと叩く。
するとハッとしたように腕の拘束が緩んだ。
「ぶはっ・・・ちょっと、ラジアス様、力が強い」
「す、すまない。つい」
ラジアスは慌てて離れると椅子に深く座り直し「はあ~」と息を吐いた。
そして手で口元を隠しながら横目で私の方を見た。
その顔はいつもより赤みがさしていた。
「ラジアス様?」
「・・・緊張していたんだ」
「緊張?ラジアス様が?こういうの慣れてるんじゃ」
ラジアスは少しムッとして眉間に皺を寄せる。
「心外だな」
そう言って私の肩を抱き寄せ、左手を自らの胸に押し当てさせた。
「すごい音・・・」
「だろう?」
ラジアスの心臓は私と同じくらい早く打っていた。
「自分から想いを告げたのは初めてだったからな。まさかここまで緊張するとは思ってもみなかった」
「初めて?ラジアス様って今までも恋人いたことありますよね?いろいろ噂を耳にしてますよ?」
「・・・変な噂じゃないだろうな。まあ、いたことは否定しないが、乞われた時にしか口にしたことがない。・・・今思うと最低な男だな」
恋人は出来るがいつのまにか別れている―――耳にした話にはこの手の内容が多かった。
せっかく恋人になれても自分が聞いた時にしか気持ちを答えてくれない相手の側にいるのは辛いことだろう。
なんとも罪作りな男である。
「最低な男だったことは認める。だが、ハルカ、お前に対してだけは違う」
ラジアスは真剣な顔でこちらを見る。
「他の誰にも渡したくないと思ったのはハルカだけだ。俺自身こんなに人に執着する奴だとは知らなかった。その耳飾りと首飾りも独占欲の塊みたいなものだ」
「これですか?」
「ああ。この国では基本的に宝飾品は異性には恋人にしか贈らない。自分の瞳の色の石が使われた物を相手に贈ることで《自分の色に染まってほしい=貴女は自分だけのもの》という意味を込めるんだ」
「自分だけのもの・・・」
私は自分の顔に熱が集まるのを感じた。
赤くなる顔を見られるのが恥ずかしくて俯く私に「呆れたか?」とラジアスは不安そうに言った。
「この髪飾りだって同じようなものだ。もっともこれを買った時には自分の気持ちに気付いていなかったが」
「妹みたいって言ってましたもんね。・・・でも私は、あの時はもうラジアス様のことが好きでしたから。女として見られていないって分かっていても嬉しかったんです」
「ハルカ・・・」
「あの、ラジアス様はいつから、その、私のこと」
「自覚したのは初めて一緒にダンスを踊った時だな」
「え?」
髪飾りを買った後意外とすぐだったことに驚いた。
「あの時、そのまま手を離したくないと思った。抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。ハルカに名を呼んでもらえるだけで嬉しくなって、着飾った姿を他の誰かに見せたくないと思って、ハルカとダンスの練習をしていたルバートに嫉妬して・・・妹のようだと思っている存在に向ける感情にしては度を越えていると自覚した。きっともっと前から惹かれてはいたんだ」
「その時言ってくれれば良かったのに」
「俺は案外臆病者だったようでな。自分から好きになったのは初めてだったから、正直どのタイミングで告げれば良いのか迷っていた」
ラジアスの言葉の中にあまりにも当たり前に私のことが好きだという言葉があって、それを聞くだけで嬉しさが込み上げる。
こんなに私が嬉しく感じているということを自嘲気味に話すラジアスはきっと気付いていないだろう。
「ハルカに嫌われていないというか、好意を持たれているような自覚はあったが、その好意の種類を測りかねていた。今まで向けられたことがある秋波とは少し違うような気もして・・・ただ近くにいるから懐かれているのか、もし自分と違う感情だったら俺の想いを告げることによって今までの関係が崩れてしまうんじゃないかと、まあ正直怖かった」
ラジアスが自分と同じようなことを考えていたことに驚いた。
関係が崩れるのを恐れて一歩を踏み出せずにいたのは自分だけではなかったのだ。
「だがそんな時にあの事件が起きた。ハルカがいなくなり、万が一にもこのまま会えなくなってしまったらと恐ろしかった。お前を失うこと以上に怖いことなど無いと思った。ハルカと再び会ってこの腕に抱きしめた時、たとえこの気持ちが受け入れられなくとも、ハルカが生きてそこにいてくれるならそれでも良いとさえ思ったんだ。だから―――」
ラジアスの腕が伸びそっと私を抱きしめる。
「今こうしていられることが嬉しい」
ラジアスは私の肩口に顔を埋めると「幸せだ」と呟いた。
くすぐったさを覚えながらも私も返す。
「私も幸せです」
「・・・実を言うとな、本当は夜会前に伝えるつもりだったんだ」
「なぜです?」
「ハルカのこんな姿を見て他の男どもが惚れたりしたら困るだろ。堂々とハルカは俺のだと言う権利が欲しかった」
「それはいらぬ心配ですよ」
「いいや、ハルカは分かっていない。こんなに可愛いんだぞ。惚れない方がおかしい」
(ひいっ・・・甘い。甘すぎる!贔屓目がすごい!!)
ラジアスは顔を上げると頬を真っ赤に染め上げた私を覗き込む。
「・・・紅いな」
「ラ、ラジアス様が変なこと言うからです・・・」
「はは、可愛いな。・・・好きだよ、ハルカ」
ラジアスの顔が目前まで迫ったかと思えば私の唇にラジアスの唇が重なった。
それはすぐに離れる軽いものだったけれど、キスはキス。私にとってはファーストキスである。
(う、うわああぁぁぁ!キス!キスしちゃった!)
先ほどの比ではないくらい赤くなってはくはくと口を動かす私の頬を両手で掬うように持ち、親指の腹で頬を撫で上げた。
そして再度口づけを落とし、「本当にかわいい・・」と噛み締めるように呟き、照れることしか出来ない私に向かって蕩けるような極上の笑みを浮かべて言った。
「もう俺のハルカだ」
恥ずかしくて死ぬかもしれないと生まれて初めて思った。
みなさん糖度は足りておりますでしょうか?
あま~くしたつもりです!
やっと二人を恋人同士にすることが出来ました。
予定通り次回最終話です。
今週中に仕上げます!




