89.記念日
事件も解決したのでここから恋愛タグの回収頑張ります!
それからはあっという間だった。
アルベルグの王城へ戻る途中でレンバックから到着し、状況を聞き慌ててリンデン公爵邸に向かっていたアランら第二部隊の面々と合流した。
皆から安堵や労いの声を掛けられ揉みくちゃにされ、それすらも嬉しくてまた泣いた。
そして王城に着くとアルベルグの国王だという人に謝罪され、恐縮している間に王城の来賓室に案内された。
皆と離れることを不安がる私に第二部隊の隊員を護衛に連れて行って良いという許可をくれた。
あれよあれよという間に付けられた侍女にお風呂に入れられ、上質なナイトウェアを着せられベッドに促された。
あまりに無駄の無い動きにされるがままになっていたが、土や埃で汚れていた身体が綺麗になりサッパリし、ふと我に返った。
「あの・・・」
てきぱきと動く侍女に声を掛ければ、私の心情を理解したのかすぐに欲しい答えが返ってきた。
「騎士様方でしたらこの部屋の前に立たれておりますよ。聖獣様と一緒に来られた騎士様は別室にて汚れを落としていただいておりますので、もうじきこちらにいらっしゃるかと」
「そうですか。ありがとうございます」
あからさまにほっとした私に侍女は優しい笑顔を向けた。
「いえ。いろいろございましたからご不安に思われるのは当然です」
侍女にそう言われて気付いたが、気持ちが落ち着いたせいか、相手が女性だからか、先ほどと違って普通に返事をすることが出来ていた。
「それとあちらの扉の向こうはバルコニーに繋がっておりまして、そちらには聖獣様がいらっしゃるはずです」
「え?外にいるんですか?」
「そのはずです。皆様がなるべくお傍におられたほうが不安が少ないだろうからと陛下がこちらの部屋をお選びになられたのです。王城に滞在中に何かございましたらお声掛けください。では外の方に声を掛けて私たちは失礼させていただきます」
侍女が部屋を出て行くと、それを待っていたかのようにラジアスが入ってきた。扉の外には本当に第二部隊の者が立っており私の視線に気づくと軽く手を振って返してくれた。
ここはアルベルグだけれど見知った顔の皆がいてくれることで安心できた。
ラジアスはベッド脇まで椅子を持ってきてそこに座った。
「ハルカ、どうだ?少し落ち着いたか?」
「はい。ラジアス様はもう隊服洗ったんですか?」
私はラジアスの着ている服をじっと見る。
綺麗ではあるがラジアスは先ほどと同じ濃紺の隊服を着ていた。
「ああ、これか。後から来た隊長たちに持ってきてもらった物だ。ハルカが見つかるまで何とかして居座るつもりだったからな。着替えを用意していたのが役に立った」
見つかるまで探してくれるつもりだったのだと聞いてまた心が温かくなる。
「ハルカのその格好は俺の実家に行った時のことを思い出すな」
「なんだかいろんなことがありすぎてかなり前のことに感じます」
「・・・そうだな」
ラジアスは真剣な顔になると私を見つめて言った。
「すまなかった」
「え?ラジアス様?」
「一番大変な時に傍にいてやれなかった」
「そんなことないです!今回だって助けに来てくれました!」
「だが遅くなった。最初に助けを求められた時、俺は間に合わなかった。・・・天竜に聞いたんだ、俺の名を呼んだと」
「え・・・えっ?!」
「え?」
(え?私呼んだの?ラジアス様呼んだの?!って言うか、天竜何でそれラジアス様に言うの?!いやーーーっ!)
私は思わずベッドに突っ伏した。
自分でも気づかないうちにラジアスの名前を呼んでいたこともそうだが、何故それを本人の口から聞かなければならないのか。
恥ずかしい。
「どうした、ハルカ?!どこか痛むのか?」
「・・・強いて言うなら恥ずかしさで心臓が痛いです」
「そ、そうか」
立ち上がっておろおろしていたラジアスが椅子に座り直した。
私は何となく気恥ずかしくてベッドにうつ伏せになったままだ。
「・・・・」
「・・・・」
「あの」
「な、なんだ?」
「ラジアス様が謝ることなんて何も無いです」
「だが」
「だがも、しかしも無いです。悪いのはリンデン公爵ですし。私はラジアス様が助けに来てくれただけで嬉しかったです」
「ハルカ・・・」
「っはい!じゃあもうこの話は終わりってことで!私の誘拐事件は無事解決!これからどうするんですか?私がこの状態ってことは今日はアルベルグの王城でお泊りってことですよね?」
変な空気を強制的に終了させ起き上がった私に苦笑いしながらもラジアスは今後の予定を教えてくれた。
今日はもう夜も遅くなってしまったので、このままアルベルグのお世話になること。
明日は昼頃から事件に関しての聴取をさせてほしいと言われていることなどだった。
「すぐにレンバックに帰りたいところだが、一遍に終わらせてしまったほうが、もうこの国に来る必要が無くなるからな。その方がハルカに負担が少ないのではないかと隊長が了承したんだが、大丈夫か?」
「はい」
「本当か?話すのが辛いようなら無理はしなくて良いんだぞ?」
「大丈夫です。・・・だってラジアス様が傍にいてくれるんでしょう?」
私がニッと笑ってそう言えば、ラジアスは一瞬驚いた顔を見せながらもふんわりと笑って「もちろん」と言った。
それだけで私は頑張れる。
「私は一人じゃないですから・・・ラジアス様も、みんなも私を守ってくれるって信じてるから平気です」
口に出すと実感が増す。
ラジアスだけではない。皆が私との再会を喜んでくれた。無事で良かったと笑ってくれた。
私のために動いてくれる人たちがたくさんいる。
リンデン公爵に与えられた恐怖に怯えて隠れるように帰るなんてしたくない。
スッキリさっぱりケリをつけて帰ろう。
私が一人意気込んでいるとラジアスが椅子から立つ。
「では明日に備えて今日はもう休め」
「あ、はい。そうですね」
「大丈夫だ。この部屋の前には常に第二部隊の者が立っているし、両隣の部屋も交代する隊員に貸し出されているから俺もそこにいる。何かあったらすぐに呼べ。あと外のバルコニーには―――」
「ユーリがいるんですよね?」
「ああ。なんだ聞いていたのか。ユーリと天竜も一緒にいる」
ラジアスは私に横になるように促すとブランケットを掛けた。
「だから安心して休め」
そう言って私の額にかかった髪を優しく撫で上げ、そこにチュッと唇を落とした。
「おやすみ。よい夢を」
「・・・オヤスミナサイ」
パタンと扉の閉まる音とともにラジアスは部屋を出て行った。
「・・・は?・・・・え゛?」
私の止まっていた時間が動き出し、よく分からない声を出した。
「え?何今の。おでこにちゅう・・・デコチュー・・・ちゅー・・・キスッ?!!」
ラジアスの唇が触れた額を手で押さえると、暑くもないのに顔に熱が一気に集まった。
(え?なんで?なんで?!何が起きた!?)
おやすみの挨拶はこれが普通なのか。
いや、ない。今までこんなことはされたことがない。
(じゃあ、なんだ!妹にデコチューはしないよね?・・・この世界はするの?)
日本でもお酒の入った自分の兄たちに悪ふざけでされかけて殴り倒したことがある。
しかし先ほどのラジアスからはふざけた様子など微塵も感じなかった。
(じゃあ、なんだろ。もしかして、私のことが好き、とか)
そこまで考えて私は自分の考えが恥ずかしくて隠れるように布団の中に頭を入れた。
そんな都合の良いことがあるのだろうか。
助けに来てからのラジアスがいつも以上に自分に甘いからそんなことを思ってしまったのかもしれない。
(でも、もしそうだったら嬉しい)
人生何があるか分からない。
半年前までの自分は普段の生活に何の疑問も焦りも感じていなかった。
ところが、異世界に来るというなんともファンタジーな出来事でいきなり家族や友達と二度と会えなくなってしまった。
今回だってそうだ。
まさか自分が攫われるかもしれないなんて思っていなかったし、まして死の危険に晒されるなんてことは想像もしていなかった。
明日がいつも通りに来るとは限らないのだ。
やりたいことがあるなら、会いたい人がいるなら、伝えたいことがあるなら―――いつかそのうちにと言って後悔してからでは遅いのだ。
(レンバックに帰ったらラジアス様に好きだって伝えよう)
驚くだろうか。
困らせてしまうだろうか。
拒絶されてしまうかもしれない。
しかしどのような結果になっても私は後悔しないだろう。
(いや、するか。フラれたら普通に凹むわ)
格好つけてみたが断られたら泣くかもしれない。
(でも何もしないままラジアス様が他の人と付き合ったりしたら絶対後悔する)
「ふふっ」
自分の口から笑い声が漏れた。
数時間前までリンデン公爵の元で自分の死までも覚悟したはずだったのに、この状況は何だろうか。
今私の頭の中を占めているのは事件の事でも明日の事でもなく、ラジアスの事だけだ。
それもこれもラジアスが去り際に額に口づけを残していったせいだ。
我ながら図太いというか、単純というか。
(怖い思いをしたはずなのに全部上書きされちゃったなあ。もういっそ今日はデコチュー記念日にしようか)
「デコチュー記念日・・・ダサ、ふふ」
自分のネーミングセンスの無さは置いておいて、どうせ記憶に残るなら嬉しい記憶の方が良い。
今回のことを今後思い出してもラジアスのおかげで最後は幸せな気持ちになれるだろう。
そんなことを考えながら私はゆっくりと眠りについたのだった。
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