87.終結
昨日も一話投稿しております。
まだ読んでいない方はそちらからどうぞ。
一体いつ現れたのか。
どこからやって来たのか。
気付いたら彼らはそこにいた。
大きな狼の地鳴りのような咆哮とともにびくともしなかった結界がパリンと音を立てて呆気なく消えた。
男を背に乗せた狼はまっすぐリンデン公爵の元に走る。
その背から軽やかに飛び降りた男はそのままリンデン公爵に向かい短剣ごと吹き飛ばし、男を下ろした狼は竜を相手にしていた魔術師らしき男たちに飛び掛かった。
「汚い手でハルカに触れるな」
突如耳に入ってきた声に私は瞑っていた眼を開けた。
私を庇うように立った人の大きな背中、アッシュベージュの髪は先ほどの声と合わさって彼がここにいるということを私に実感させた。
「無事か?!遅くなってすまない」
「・・・ほんとに?本当に、ラジアス様?幻とかじゃ、ない?」
「ああ、幻ではない。ちゃんとここにいる。よく、よく頑張ったな」
僅かに身体をこちらに傾け大きな手が頭の上にぽんと置かれた。
ああ、この手だ。
ずっと待っていた人が本当にここにいる。
私は生きている。
「うう。うぇ・・ひっく・・・遅いじゃないですか~~~!」
いろいろな感情がぐしゃぐしゃになって私はラジアスの背に縋って泣き出してしまった。
しかも助けに来てくれて嬉しかったのに口から出た言葉は文句だ。
とことん可愛げが無い。
「本当だ。遅すぎた。それについての説教は後からゆっくり聞くから。まずはこっちを片付ける」
そう言ってラジアスが視線を前に戻すとラジアスに吹き飛ばされたリンデン卿が顔を顰めフラフラと立ち上がっていた。
「先ほどはどうも。リンデン公爵」
ラジアスの言葉で私は初めてリンデン卿が公爵だということを知る。
貴族だとは思っていたけれどまさかそんなに位の高い人だったとは。
「う、げほ、はあはあ。やあ・・・ガンテルグ殿、ずいぶんと早いお出ましじゃないか。げほ」
「リンデン公爵、貴方の所業は直に国王陛下の知るところとなる。もうじきアルベルグの兵たちもこちらにやって来るだろう。無駄な抵抗は止めた方が身のためだ」
「ははは。そうか。やはり陛下は私に見張りをつけていたか」
リンデン公爵は力無くその場に座り込んだ。
抵抗しようにももう全身ボロボロでそんな力は残されていないのだろう。
「参った、降参だよ。竜に加えて聖獣まで出て来られたら私にはもう成す術がない」
リンデン公爵の視線の先にはうつ伏せの状態で天竜とユーリに踏みつけられている魔術師の姿があった。
さすがに一対一となれば人間などいとも簡単に制圧されてしまうらしい。
「ご主人様・・・申し訳ございませんっ・・っぐぁ」
まだ意識はあるようだがユーリにさらに力を込められて苦しさで呻いた。
しかし次の瞬間リンデン公爵が叫んだ。
「まだ息があるのならばやれ!彼女だけでも道連れにしろ!」
リンデン公爵の命に素早く反応した魔術師は、最後の力を振り絞るように私に向かい幾つもの氷の槍を放つ。
「そんなこと許すわけが無いだろう」
しかしその魔法は私に届くことなくラジアスの剣によって叩き落された。
氷の槍を放った魔術師は魔法を放つと同時にユーリによってさらに踏みつけられ気を失った。
「ユーリ」
『・・もう気を失っている。問題無い』
ラジアスの冷めきった声色にあのユーリが顔を逸らした。
「ユーリ」
『わかったからその気を鎮めろ』
ユーリは気を失った魔術師を天竜に任せると、私たちの傍までやって来た。
「頼んだぞ」
ラジアスはユーリに私を預けるとリンデン公爵の元へと進んで行った。
『すまなかった』
「え?何が?今の?」
『それもあるが、見つけるのが遅くなった』
ユーリの言葉に止まっていた涙がまた出そうになる。
私はそれを隠すようにユーリに抱き着いた。
「・・・良いんだよ。助けに来てくれただけで嬉しい。人間には興味無いっていつも言ってるのにね。ありがとう」
『お前の魔力は失うのは惜しいほど美味いからな』
フンと鼻を鳴らしてそっけなく答えるユーリに安心感を覚える。
(ああ、いつものユーリだ。本当に助かったんだ)
私がユーリを抱きしめる中、ラジアスはリンデン公爵の目の前に立ち項垂れるその首に剣を突き付けていた。
「はは、あんな簡単に防がれてしまうなんてね」
「言いたいことはそれだけか」
「他に何を言えば良いのだ。彼女に対する謝罪か?言う訳が無いだろう。謝罪するくらいなら初めから攫ったりしない」
頭を上げたリンデン公爵は言葉通り反省の色など微塵も感じさせなかった。
「そうだ。最後に良いことを教えてあげよう。彼女をこの国に、いや、この世界に連れてきたのは私だ」
「・・・なんだと?」
「私とあそこで伸びている魔術師たちが喚んだのさ。何人か犠牲を払ったがそれにふさわしい人物がやって来たと喜んだのに、彼女が現れた先は君たちの国だった。分かるかい?私のこの気持ちが。彼女はもともと私のものだったのだよ。誰の目にも触れることなく私だけの愛しい人形になるはずだったのだ。私は自分のものを取り返そうとしただけさ」
リンデン公爵は悪びれる様子も無く淡々と語る。
「ふざけるな。・・・・ふざけるな!お前の勝手な欲望で何度ハルカを傷つけた!?」
家族と離され、知らない世界で心細くないわけがない。
不安を一人で抱え込み何度も涙するハルカの姿を知っているラジアスはリンデン公爵の言葉が許せなかった。
剣を握った手に思わず力が入る。
けれどラジアスがその剣を動かすことは無かった。
それは国王の言葉に従ったからでも、リンデン公爵を許したからでもなかった。
「どうした?なぜ殺さない!私が憎いだろう!?」
「ああ、憎い。殺してやりたいほど憎いに決まっているだろう!・・・だからこそ俺はお前を殺さない」
「なぜ、何故だ!?」
「お前が死を望んでいるからだ。死んで楽になろうなど俺は絶対に許さない。意思に反して生かされて、周りの目に怯えながら死ぬまで自分の罪を悔いればいい」
絶望で項垂れるリンデン公爵の首から剣を引き鞘に戻すと、ぼろぼろになったリンデン公爵の服を引きちぎり、自害防止のためにリンデン公爵の口に噛ませ頭の後ろで固く結んだ。
そうして何も出来ず、成り行きを見守るしかなかった国王の私兵を呼んだ。
「貴方がアルベルグ国王の私兵で間違いないか」
「は、はい」
「もう分かっていると思うがリンデン公爵は黒だ。流民の拉致に関わっているどころか主犯だ。国王陛下は生きて捕らえよと仰せになられた。一応口枷はしたが念のため手足の拘束もしたほうが良いだろう。魔術師の方も同じだ。後は頼んでも良いか?」
「はい。・・・申し訳なかった。アルベルグに住む者として謝罪する」
そう言って兵が頭を下げると、ようやくラジアスの張りつめた空気が和らいだ。
「・・・いえ。では後はお願いします。もうじき国王陛下の命により兵もこちらに到着すると思いますので」
ラジアスがそう言うのとほぼ同時に馬の嘶きと足音が聞こえてきた。
「ああ、来たようですね。彼らへの状況説明もお願いして良いですか?私は彼女の側にいてやりたいので」
ラジアスの視線の先には聖獣と竜に守られる黒髪黒目の少女の姿があった。
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