85.天竜の魔力
天竜が大きくなり始めた頃。
リンデン公爵の屋敷は三人の兵により見張られていた。
そのうち一人が屋敷から異様な音が聞こえてきたと同時に王城に向けて馬を走らせ、屋敷から少し離れた場所で空に向けて光弾を放った。
これは王城で待つ者に向けて「リンデン公爵邸において異常アリ」の合図だった。
知らせを受けた者は、急ぎその知らせを国王に報告した。
報告を受けた国王ニコラスは天を仰ぎ、一言「そうか」と口にした。
何かの間違いだと思いたかった――が、このタイミングでの報告はきっとそういうことなのだろうと理解した。
立ち上がった国王の顔は兄のそれではなく、一国の王としてのものだった。
「公爵邸へ急ぎ兵を向かわせろ。詳しい状況は先に張り込んでいる兵に聞け」
「はっ。レンバック王国の使者への報告はいかがいたしましょう?」
「・・・私が直接伝えるから良い。行け!」
「はっ!」
国王が腰を上げた頃、ユーリは城内の異変をいち早く感じ取り、仮眠をとっていたラジアスに声を掛けた。
『ラズ。起きろラズ』
ラジアスはすぐに目を覚ます。
「どうしたユーリ。隊長たちが着くにはまだ早いのではないか?」
『そうではない。城内が騒がしい』
「・・・何かあったか」
ラジアスは傍らにあった剣を手に取った。
そして誰の目も無いのをいいことに窓から外へと出る。
耳を澄ませると、離れた別の兵舎の方から「急げ」という声や馬の嘶きなどが聞こえてきた。
「兵が動くのか?」
『どうする?』
本当ならすぐにでも動きたいところだが、ここはレンバックではない。
好き勝手に動き回るのは憚られる。
「勝手に動くことは出来ないな。――直接教えてもらうしかない。無理かもしれないが国王陛下の元へ行こう。駄目でも宰相のジルベット殿には取り次いでもらえるかもしれない」
ラジアスとユーリが王城へ向かうと丁度良く国王と宰相が姿を見せた。
『手間が省けたな』
「ああ」
国王たちは急ぎ足でこちらにやって来る。
「ガンテルグ殿!と、こちらが・・・聖獣」
国王はごくっと喉を鳴らす。
先ほどユーリは外で待っていたので、国王がユーリの姿を見るのはこれが初めてだった。
「聖獣様、お初にお目にかかります。アルベルグの国王ニコラス・アルベルグと申します。以後お見知りおきを」
『必要があれば覚えておいてやる』
「ユーリ!」
あまりに不躾な返答にラジアスは慌てて止めに入った。
「いや、別に構わない。それよりも君に伝えなければならないことがある」
「それは流民に関してのことですか?」
「いや、というかまだ分からん。分からないが、リンデン公爵邸で何か動きがあったと張らせていた者から知らせが入った」
ラジアスが息を飲んでニコラスを見ると、彼は険しい顔でこう続けた。
「すでに兵を向かわせるように命じたが、君も向かってくれて構わない。リンデン公爵邸の位置は――光の柱が上がっているのが分かるか?」
「はい」
「あの方向に馬車なら二時間程の距離だ。流民殿と関係しているかはまだ定かではないが、何せこのタイミングだ。向こうに着いたら待機している私の私兵から詳しく話が聞けるだろう。もし―――」
ニコラスが話している途中で、急にユーリがばっと身体を今言われた光る柱に向けた。
ラジアスとニコラスの視線は急に動いたユーリに向けられている。
「ユーリ?どうした」
何かを探るようにじっと光の柱の方向を見つめた後、確信をもって言った。
『―――いた』
「え?」
『天竜がいる。間違いない。これは天竜の魔力だ』
「なに?!本当か?!」
『ああ。これまで何も感じなかったが、今急激に天竜の魔力が放たれた』
「ハルカは?!ハルカはいるのか?!」
『ハルカの魔力までは分からん』
ユーリはそう言うが、天竜はハルカと一緒に姿を消している。
普段から周りに見つからないようにハルカの腰袋に入っていた天竜が、気づかれないまま一緒に攫われている可能性は高い。
「どういうことだ?何が分かったのだ?天竜だと?」
ラジアスとユーリの会話にニコラスはついていけない。
「天竜とはあの天候さえも操ると言われる伝説の魔力持ちの事か?!絵物語の中の存在ではないのか?!」
『天竜はいる。伝説だか何だか知らないが貴様ら人間の前に姿を見せないだけだ』
「・・・はは、聖獣だけでなく天竜まで・・・。いや、待て。そんなことよりも天竜の魔力を感じたとはどういうことだ?」
「天竜は流民のことを友だと言って気に入っており、いつも一緒にいました。そして流民が攫われた後から姿を見せていない。流民と一緒に攫われた可能性が高いのです」
『天竜のいるところにハルカもいる可能性が高いということだ』
ニコラスはユーリの言葉を聞いて苦虫を噛み潰したような表情になり、手をぐっと握った。
「国王陛下。我々はもう行かせていただきます。流民の身の安全を第一に動かせていただくことを先に言っておきます。 行くぞ、ユーリ!」
「待て!」
ユーリがラジアスをその背に乗せ、駆けだそうとした時ニコラスが彼らを呼び止めた。
ラジアスたちは「まだ何かあるのか」という視線をニコラスに向ける。
「流民の安全はもちろん最優先だが、リンデン公爵は殺さないようにしてくれ」
『まだそのようなことを言うか。身内への甘さは命取りになるぞ』
「違う!これはあやつの兄として言っているのではなく、この国の王として頼んでいる。この様なことを仕出かしたのだ。他にも余罪があるやもしれん。生かして捕らえ、きちんと調べた上でこの国の法に則って処罰したい」
「・・・約束は出来ませんが善処します。行こう」
ラジアスの言葉を合図にユーリは一気に速度を上げて駆けだした。
「陛下」
動けずにいるニコラスにジルベットが震える声で話しかけた。
「・・・何も言うな」
握りしめた手には爪が食い込んでいた。
「聖獣だけでなく天竜までもが目を掛ける娘とは・・・。ネイサンはとんでもない者に手を出してしまったようだな」
リンデン公爵邸の方を見ながらニコラスは呟くように言った。
「戻るぞ、ジルベット。犯人がネイサンであれ誰であれ、私たちのやるべきことは変わらない」
「はい」
ニコラスたちは重たい心を抱えて執務室へと戻って行った。
ユーリの背の上で、ラジアスは先ほどのニコラスの言葉を考えていた。
たしかにハルカの他にも同じように攫われた者もいるかもしれない。他の犯罪に手を染めているかもしれない。
生かして捕らえよという意味は分かる。
(だが、もしハルカに何かあったら―――)
ラジアスのユーリを掴む手に力が入る。
(頼む、無事でいてくれ!)
ラジアスは切に願った。
ブクマ&評価&感想、誤字報告などありがとうございます。
ラジアスも頑張ってはいます。
見捨てないでやってください!笑
次話でやっと合流予定です。




