80.アルベルグの王
ブクマ&評価などありがとうございます。
ちょっと長めです。
コンコン
「お連れいたしました」
「入れ」
ラジアスが案内されたのは謁見の間のような広間ではなく、応接室のような部屋だった。
開けられた扉の先にはすでに一人の男が長椅子に座っていた。
その男が持つハルカを思い出させるような髪色に、ラジアスは一瞬気を取られた。
(よく見れば濃い茶色か・・・瞳は緑だし、ハルカとは違う。この方がこの国の王)
精悍な顔立ちの表情を柔らかくした中年の男は、一見すると一国の王と言うよりも騎士のような佇まいであった。
「先ほどは門番が失礼をした。私が国王のニコラス・アルベルグだ」
「レンバック王国王立騎士団所属のラジアス・ガンテルグと申します。この度は急な申し出にもかかわらず御目通り叶いましたこと、心より感謝申し上げます」
「ああ、そう硬くならずともよい。そこに掛けてくれたまえ」
ラジアスはニコラスに促されテーブルを挟み向かい合った長椅子に腰を下ろした。
そしてそれとほぼ同時にラジアスたちの前に紅茶が出されると、ニコラスは宰相であるジルベット以外の者を下がらせた。
「来て早々で悪いがこの書状の内容は本当か?流民が拐かされたなど只事ではない」
「はい。恥ずかしながら我が国の伯爵位にある者が流民の拉致に関わったと認めております」
「で?その拉致に私の弟であるネイサンが関わっている可能性があると?そなたらは罪人の言い分を信じると申すか」
膝の上で手を組んだ国王ニコラスは先ほどまでの柔らかい表情から一転、ラジアスを品定めするような表情を浮かべていた。
部屋中が肌を刺すようなピリピリとした空気に変わる。
一国を統べる王の威厳がそこにはあった。
(すごい圧だ。だがこんなことで怯むわけにはいかないんだ)
「もちろん全て鵜呑みにしているわけではありません。しかし我々が今得られている情報はそれだけなのです。勝手な願いとは理解しておりますが、国王陛下にご協力いただきたいのです」
ラジアスは椅子から立ち上がりばっと頭を下げた。
「リンデン公爵にお話を伺う機会を与えていただきたいのです。何卒よろしくお願い申し上げます!」
しばしの沈黙の後、口を開いたのはニコラスだった。
「顔を上げたまえ」
その声によって顔を上げたラジアスは視線をニコラスから外すことは無かった。
「まあ、立っていないで掛けたまえよ」
許諾を得られないままニコラスに促され仕方なく再び長椅子に腰を下ろす。
「流民とはどのような娘なのだ?ああ、容姿はこちらにも噂で流れてきているから知っておる。そうではなくどのような存在なのか、ということだ」
おもむろに尋ねられた質問の意図が分からずラジアスは返答に困る。
「かつての我が国と貴国が争っていた世なら分かる。しかし今となっては我らは平和条約を結んだ国同士。今回ガンテルグ殿がやって来たことで聖獣が実在しているということが確認出来たことを抜きにしても、あのような多くの者が命を落とすような争いは御免だ。我らは良好な関係を築けていると思っている」
ニコラスの言うことは間違っていないが、今後を保証するものでもないとラジアスは思う。
彼が国王であるうちはこのまま良い関係が続くだろう。
しかし今後も彼と同じような考えの者が王位に就くかどうかはわからない。
アルベルグはレンバックに比べ国土も広く軍事力もある大国だ。
万が一聖獣たちの力が万全でない時に大軍で攻め入られたらひとたまりも無いだろう。
しかし、確定のように話すニコラスにユーリ達やレンバックを囲う守護の森――アルベルグでは魔の森――はレンバックの人間が思っている以上に畏れられているのではないか。
「だというのに流民の娘一人を何故そのように必死になって探す。もともと流民は別の世界の人間だろう?たしかに魔力の供給というのは珍しい特性ではあろうがそれだけだ。他国に疑いを、まして臣籍に下っているとはいえ現王の王弟に疑いをかけるなど国家間の問題に発展してもおかしくはない。私自身弟を疑われて良い気はしない」
やはり先ほど浮かんだ考えはおおむね当たっているようだ。
そうでなければ国王の口からこの様な言葉は出ないだろう。
「協力を願うにしても普段通り形式に則った形をとれば良いのではないか。なにもガンテルグ殿一人で来ることは無かろう。君がいくら腕に覚えがあろうとも、聖獣と離され、この部屋に入る前には剣を預け今は丸腰だ。それほどの危険を冒す価値がその流民にはあるのか?」
価値――。
価値ならある。
アルベルグ側には分からなくともハルカにはそれだけの価値がある。
しかし、それをどう説明すれば良いのかとラジアスは考える。
本当のことを言えばハルカを隠されたままにされてしまう危険性もある。
ラジアスは短い間に考えを巡らせる。
では聖獣の力を増幅させるために、ではなくハルカの存在自体が聖獣を動かすとしたらどうか。
聖獣を畏れている彼らにこそ効く言葉があるのではないか。
「我々は彼女を保護し国民として受け入れると約束したのです。たしかに国内に置いて流民の存在は大した利益を生むことは無いでしょう。ですが、我々は短い期間ですが彼女と行動を共にし、彼女の人となりを認め、大切な仲間だと思っているのです。そしてそう感じているのは我々人間だけではありません」
「それはどういう意味だ?」
「聖獣も同じだということです。聖獣も流民を能力だけでなく一人の人間として得難い者だと感じているのです」
「まさか・・・すでに主従契約を結んでいるのか?」
「そうではありません。聖獣は流民を友として大切に思っているのです」
「友だと?まさか、そんなことが・・・」
「だからこそ聖獣は私がアルベルグに少しでも早く来られるように手助けしてくれた。それが何よりの証拠でしょう」
ニコラスは驚きが隠せなかった。
一国の王であるならまだしも、たかだか流民の娘に聖獣がそこまで拘るのか。
自分には理解出来ない何かがその流民にはあるのだろう。
しかしラジアスの言葉を聞いて懸念事項が増えたことも確かだ。
「ガンテルグ殿の言ったことが確かなら、弟に限らず流民の拉致に我が国の民が関わっていたとすれば・・・聖獣も黙ってはいない、ということか」
「・・・」
ラジアスは肯定も否定もしない。
「レンバックはアルベルグを脅されるのか」
ここまで黙っていた人物が口を挟んだ。
宰相のジルベットだ。
「ジルベット、黙っていろ」
「・・申し訳ございません」
ジルベットはニコラスの一言ですぐに引き下がった。
「今の私の発言はそう思われても仕方のないことだとは思います。ただ、私ももちろんレンバックもそれは本意ではありません。私たちはただ少しでも早く流民を、ハルカを見つけ出したいだけなのです。ですから何卒、ご協力をお願い申し上げます」
ラジアスはもう一度深く頭を下げた。
「もうよい。わかった。協力しよう」
ニコラスは一つ大きく息を吐きそう答えた。
「あ、ありがとうございます!」
「良いのだ。初めから協力するつもりではあったのだ」
「え?」
ニコラスは深く座り直し長椅子に背を預けた。
「ただ私の唯一の弟を疑ってかかるなど腹が立ったのも事実だ。おかげで少しムキになった」
そう語るニコラスの顔は初めの柔らかな表情に戻っていた。
「しかしガンテルグ殿がたった一人で来たことを疑問に思ったのも本当だ。本来ならこのような交渉は王かその側近同士で話し合うもの。少なくとも一介の騎士が行うことではないはずだ」
ニコラスの言っていることは至極当たり前のことだった。
「それは・・・」
「それは?」
自分が一番に助けに来たかった、などと言う理由を言えるはずもない。
「協力を仰ごうという相手に対し隠し事か?」
「そうではありません」
「ではなんだ」
しかしそれをニコラスは許さなかった。
せっかく協力を取り付けたのに、ここでニコラスの機嫌を損ねるわけにもいかない。
いろいろ言い訳も考えたが、ラジアスは正直に答えることにした。
「国家間の問題や脅しなど、ニコラス陛下が懸念されていた事がバカらしくなるような理由ですがそれでもお聞きになりますか?」
ラジアスの思わぬ返答にニコラスが一瞬目を瞠った。
「構わない」
その返しにラジアスは一つ大きく息を吐き話し始めた。
「完全に私の個人的な理由です。私は早く流民を、ハルカを救い出したかった。だから少しでも時間を短縮出来ることがあるからそれを選択した。ただそれだけです」
ニコラスもジルベットも顔に疑問が浮かんでいる。
ラジアスはニコラスの目を見て言った。
「流民であるハルカ嬢は・・・私の好いた女性です。彼女の無事が知りたい。早く彼女を救い出したい。国に使える騎士としては失格の、一人の男としての我儘です」
そんな理由で一人乗り込んできて国に脅しをかけることまでしたのか―――これがニコラスの率直な感想だった。
自分の目の前にいる男は清々しいほどの馬鹿であるらしい。しかし、己の命を懸けても良いほど流民に惚れこんでいるらしい。
「そうか、ガンテルグ殿と流民は恋仲であったか」
確信を持った問いに返ってきた言葉はこれまた意外な言葉だった。
「・・・いえ。恥ずかしながら、まだ気持ちも伝えられていない臆病者です」
ニコラスは思わず肩を震わせた。
「ふっ、そうか。では何としても見つけ出し気持ちを伝えねばならんな」
ニコラスとジルベットの押し殺した笑いにラジアスは居たたまれない気分になったのだった。
どこか締まらないラジアスさんです。
そんなラジアスへの応援メッセージも随時受け付けております(笑)




