69.相手が違えば
ブクマ&評価&感想などありがとうございます。
今話の場面はまたハルカたちのところへ切り替わっています。
行ったり来たりで読み辛かったらすみません。
「時計が欲しいのですが」
私は食事を持って現れたリンデン卿にそう言った。
「時計かい?そんなものここでの暮らしには必要無かろう」
私が今いるこの部屋には日常生活を送るうえでは特に問題が無いくらいの物が揃っている。
ただし、外へと繋がる物や日付や時刻の分かるものは何一つ置いていなかった。
「そんなことはありませんよ。人間規則正しく生活しなければ心は乱れ思考力も落ちましょう。ただでさえこのような正しいとは言えない状態なのです。太陽も入らないこの部屋にいては時間の流れも分からず日常生活とは程遠い。このままでは私の心は確実に塞いでいくでしょう。ですから自我を保つためにも時計は必要です」
一度断られたくらいで諦める私ではない。
いつまでもこのようなところにいるつもりはないが、こんな場所にいてもしっかり朝起きて食事もある程度しっかり摂り、夜しっかり眠るというのは自分らしくいるためにも大切なことだと思う。
きちんとしていないと本当に鬱になりそうだ。
「それに欲しいものがあれば何でも用意するとおっしゃったのはそちらですよ?」
言外に「つい先ほどのことを忘れたわけではありませんよね?」と匂わせながらにっこりと微笑む。
「・・・立ち直りが早すぎないかい?普通、もっとこう・・・いや、まあ普通でないところが良いのだがね」
ブツブツ言いながら持ってきた食事をテーブルの上に置くと椅子を引いて腰かけた。
私はずっとベッドの上だ。
「まあ時計くらいは良いだろう。用意するよ」
そう言ったリンデン卿は椅子から立ち上がることは無い。
そして不思議そうにこちらを見て言った。
「お腹が空いているだろう?こちらに座ってお食べよ。もちろん毒など入っていないから安心して」
「私の世界では食事は必ず一人で摂ります。リンデン卿がこの部屋にいる限り私は一口も食べません」
リンデン卿は疑う眼差しをこちらに向けたが、いつまでも動かない私に溜息を一つ吐いた。
「まあ今日はまだ来たばかりだしね。いずれは一緒に食事をしよう。時間はたっぷりあるのだから」
リンデン卿は私の頭をひと撫でして部屋から出て行った。
・・・
・・・・・
「きもっ!きっも!好きでもなんでもない人からの頭ポンポン気持ち悪っ!」
私は堪らず撫でられた髪をぐしゃぐしゃにした。
『ハルカよ、落ち着け』
ふわっと光って腰袋から出てきた天竜は毛玉ではなく初めて会った時に変身してみせた竜の姿だ。
実は最初にリンデン卿がこの部屋を去った後に作り始めた光珠で天竜は少しだけ成長していた。
ただしまだまだ可愛い手の平サイズだが。
「無理。気持ち悪い。頭が汚れた」
『む?汚れてはおらんが』
「変態に撫でられたから気持ち的に汚れた・・・」
ラジアスに撫でられると恥ずかしくも幸せな気分になれるのに、人が違うとここまで精神的ダメージを与えるものかと驚く。
(ああ、また思い出しちゃった・・・ラジアス様、会いたいなぁ)
ガシガシと側にあった枕に頭を擦りつけているとふいにふにゃっとした何かが頭を叩いた。
『これでどうだ?ラジアスには及ばないがあれよりはマシだろう』
天竜がまだまだ短い前脚で私の頭をパタパタやっていた。
可愛すぎか。天竜は竜ではなく天使か何かか。いや、アニマルセラピーだ。
私の沈んだ心は天竜の可愛すぎる行動により急浮上した。
「天竜~!ありがとう、癒された。好きだー」
『うむ。我もハルカが好きだぞ』
私は天竜を抱きしめベッドの上を転がった。
そしてその瞬間私のお腹が鳴った。そう言えば結構お腹が空いているのだ。
『食べぬのか?我に光珠をくれたのだから体力はつけた方が良いぞ?』
「いや~、でも何か入ってそうで怖い」
『その食事なら本当に何も入っておらんぞ?』
「え?分かるの?」
『うむ。安心して食すが良い』
リンデン卿の言葉はすぐに信じられなくても天竜の言葉ならすんなり信じられるから不思議である。
私はしっかりと食事を摂り、その後再び現れたリンデン卿に食器を押し付けた。
押し付けたと言っても可愛げがなさすぎて薬漬けにされるのも嫌なので、しっかりと「ごちそうさまでした。美味しかったです」と言えば、リンデン卿は満足そうに笑みを浮かべ私に時計を寄こした。
その際時計の針が示していたのは10時50分で、部屋に居座ろうとするリンデン卿に「私の世界では11時には寝なければいけない決まりがある」と大嘘をつきベッドに潜った。
そしてまたしても疑いの視線を向けてくるリンデン卿を無視し、また溜息ひとつでリンデン卿が部屋から去るとしっかりとお風呂にまで入った。
お湯に浸かりながら思っていた以上に私の神経は図太いようだと感じたが、これも天竜が傍にいてくれるからだろう。
その天竜はと言えば、浅い桶に汲んだお湯の中でまるで水浴びのように身体を震わせていた。
『時にハルカよ』
「ん?なに?」
『レンバックにおった時は皆と共に食事を摂ることも、日を跨いでから眠りにつくこともあったと思うのだが』
「ああ、さっきの?だってあんな人に見つめられながらご飯なんて食べたくない・・・食欲減退するよ、絶対。それに早くいなくなってくれたほうが光珠も作れるし」
『やはり嘘であったか』
「うん。まあでもあの人も気づいてはいると思うけどね。これが許されてるうちに脱出したいな~」
などと言いながらお風呂から出て身体を拭き、服を着る。
攫われた時に来ていた服は、その時汚れたり移動中にどこかに引掛けたりしたのか、破れたり土が付いているところがいくつかあった。
それならばと衣裳部屋を見てみれば、ドレスやワンピースの他にパジャマと思しきネグリジェがあったのだが・・・。
それはヒラヒラでスッケスケの、リンデン卿がこれを用意したのかと思うと鳥肌しか立たない悪趣味なものだった。
それをそっと元の場所に戻し、一番最後の引き出しの隅で見つけたのがオーバーサイズのシャツワンピのような物とゆるっとしたレギンスのような物だった。
あるじゃん!こういうの探してたんです、と見つけた時には喜んだ。
とりあえずその服を着てベッドのある部屋に戻る。
「天竜」
私が呼びかけると、ベッドの上に乗った天竜が『大丈夫だ。誰かが向かってきている気配は感じぬ』と、すかさず答えた。
私と天竜の意思の疎通はバッチリだ。
「よっし!じゃあお腹も満たされて身体もスッキリしたことだし、ばんばん光珠作っていくよ。天竜は見張りよろしくね」
『うむ。任せよ』
こうして私は時折天竜にたたき起こされながらも光珠の作成をし、時計の針が2時を指す頃には天竜は馬くらいの大きさまで成長していた。
『やはりハルカの魔力は素晴らしく美味いな。この調子ならあと二日もあればこの部屋を破壊することくらいは出来そうだ』
「そっか、意外と早く脱出出来そ・・うで良か・・た」
『ハルカ?どうした?』
「ごめ、ん。もう限界・・かも・・・」
私はフラフラと覚束ない足取りでベッドに倒れこんだ。
天竜も慌てて毛玉の姿に戻り私のほうに飛び跳ねてくる。
『ハルカ!大丈夫か?!』
「う、ん・・。もう・・・寝る、天竜も隠れ・・て」
今までにない数の光珠を作り、限界を迎えた私はそのまま泥のように眠りについた。
ハルカはお風呂で念入りに撫でられた髪を洗いました。
それはもうゴシゴシと!
今のところ天竜は完全に癒し要員(笑)
次話はまたラジアスたちの方へ戻る予定です。




