68.面倒な人3
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サブタイトルでお察しの通り、あの人物の登場です。
ラジアスはスイーズ伯爵の前まで進み形ばかりの礼を取った。
「夜分遅くに申し訳ありません」
「一体何だというのだ!このような時間に非常識ではないか!」
「・・・王命ゆえご容赦いただければ」
「お、王命だと?!」
ラジアスが王命だと告げた途端スイーズ伯爵の目が左右に泳いだ。
(限りなく黒だ。やはりこいつがハルカをっ・・・!)
ラジアスは平静を装った顔の下で爪が食い込むほど強く拳を握った。
「ラジアス副隊長。夫人と娘以外の者は全員ダイニングに集まったそうです」
「そうか。ではスイーズ伯爵、詳しくは言えないが貴殿にはとある疑いが掛けられている。これよりこの屋敷の全ての部屋を検めさせていただく」
ラジアスの声と共に隊員が動き出す。
「何をしておる!止めろ、止めんか!貴様ら何の権限があってこのような狼藉を!」
隊員の後を慌てて追おうとするスイーズ伯爵の腕をラジアスが掴む。
「ぐっ、放せ、放さぬか!」
「だから王命だと言っているでしょう。貴殿は大人しく私の横にいてもらおう」
「私は何も知らん、知らんぞ・・・」
スイーズ伯爵の呟きに苛立ちながら待っていると、急に場違いな鈴を転がすような声が喧噪の中響いた。
「まあ!ラジアス様!何事かと思いましたが、このような時分に貴方様にお会いできるだなんて私は夢でも見ているのでしょうか!」
「フィ、フィアラ・・・!」
スイーズ伯爵の一人娘、フィアラであった。
頬を染めて小走りで近づいてくるフィアラの後ろにはスイーズ伯爵夫人、そのさらに後ろには慌てるメイド長の姿があった。
「駄目よ、フィアラ。ガンテルグ様はお仕事でいらっしゃっているのだから」
「わかっていますわ。でもお母様、ラジアス様とお話し出来る機会がなかなか無いのですもの。今は邪魔者もいないのですもの」
この母子は状況がまるで分かっていないようだ。
緊迫した状況を理解しているメイド長は慌てて主母子を止めに入る。
「奥様、お嬢様。今はそのような時ではございません。指示された通り皆とあちらの部屋にお集まりを―――」
「もう!貴女まで邪魔をするの?婚約者がいらしてくださったのだもの。お相手するのは当然でしょう?」
心底不思議そうに首をかしげるフィアラはそれは可愛らしかった。
だがその可愛らしさは今この場に全く必要の無いもので、ラジアスの眉間の皺を増やすだけだ。
「言っている意味が分からないが・・・誰が誰の婚約者だと?」
「え?嫌だわ、ラジアス様ったら。照れてらっしゃるの?もちろん私と―――」
「フィアラ!フィアラ!お前は母様と一緒に向こうの部屋に行きなさい」
「ラジアス様とご一緒なら行くわ」
そう言うとフィアラはラジアスの腕に華奢な手を添える。
メイド長は項垂れ、スイーズ伯爵は顔を青くし、伯爵夫人は「困った子ねぇ」とフィアラを見ていた。
こうなってくるとラジアスはもう苛立ちを隠せない。いや、隠す必要性すら感じなくなっていた。
「手を放してもらおう」
ラジアスは自分の腕に添えられていたフィアラの手を振り解く。
そして触れられていた場所を手で払った。
それを見ていたフィアラはラジアスの行動に驚きを隠せなかった。自分が近づけば男性は皆顔を赤らめるか耳心地の良い言葉を掛けてくれるのが常であるはず。
だと言うのにラジアスの行動はまるで自分を汚い物として見ているかのようだ。
「ラ、ラジアス様?」
「その――名前で呼ぶのは止めてくれないか。君にそれを許した覚えはない」
「何故ですの?!皆呼んでいるじゃありませんか!流民の娘だって!婚約者の私が呼ぶのは当然でしょう?!」
フィアラは顔を歪めて叫ぶ。
屋敷を捜索している隊員も何事かと耳を傾ける。もちろん捜査の手は止めないが。
ラジアスは横目でスイーズ伯爵を見た。
「・・・スイーズ伯爵」
「は、はい!」
「貴殿には聞きたいことがたくさんあるが、このようなくだらないことではないから安心しろ」
「は・・・・はい・・・」
ラジアスの怒気を含んだ声にスイーズ伯爵は身を縮めることしか出来ない。
「スイーズ伯爵令嬢。何か誤解があるようだが、君の婚約者は私ではない」
「そんなはずありませんわ!だって私がラジアス様を望んだんですもの」
だからラジアスが自分の婚約者になっているのは当然だと言わんばかりの言い方だ。
「名を呼ばないでくれと言っている。私が君と婚約など絶対にあり得ない。君のような者と婚姻を結ぶくらいなら一生独り身の方がましだ」
「な、なんですって。・・・わかりましたわ。あの流民ですわね。ラジアス様、あの流民に何を吹き込まれたか知りませんがあの娘の言うことなど信じてはいけませんわ。あんな平民風情に何の魅力があるというのです。冷静になっていただければ私が、私こそがラジアス様の隣に相応しいのだということをわかっていただけるはずですわ」
「ハルカの魅力など私が分かっていればそれで良いことだ。まあ君に言ったところで到底理解できないだろうが。少なくとも私は君に何の魅力も感じない」
「私が・・・私に魅力が無いですって・・?」
「ああ、それともうひとつ。冷静になった方が良いのは君の方だろうな」
フィアラの発した平民風情という言葉に第三部隊の騎士たちが眉を顰めていた。
それと言うのも、第三部隊の面々はほとんどが下位貴族と平民から成っており、王都の治安維持が主な仕事で平民との触れ合いが多い。
そんな彼らを前に平民を侮辱するような発言をしたフィアラの印象はかなり悪いものとなった。
「まあまあ、ラジアス。しょうがねえよ、このお嬢様はちょっと耳か頭が弱いようだからな」
ラジアスの側で成り行きを見守っていたオーランドが割って入ってきた。
「・・・何なの貴方。失礼ではなくて?私のことを侮辱なさるの?」
「そう聞こえたなら申し訳ない。ただ、何度もラジアスが名で呼ぶなと言っているにもかかわらず一向に直らないのでね。平民でもすぐに直せることが出来ないのは耳が悪いか、あるいは理解する頭が足りていないのかと思いましてね」
オーランドは皮肉たっぷりに言い放った。
フィアラは自分に対してこのような物言いをする者がいることに驚きを隠せなかった。この衝撃はあの流民に言い返された時と同じだ。
ただし、ハルカの時と違うのは周りに他の人の目があるということだった。前は怒りに顔を赤くし扇を折ったフィアラだったが今回は違う。
大きな瞳に涙をたっぷり溜めて「ひどい・・」と零した。
「酷いですわ。何てことをおっしゃるの・・・」
よよよ、と効果音が付きそうな演技じみた動きでフィアラは傍にいた伯爵夫人に縋り、夫人は「こんな野蛮な殿方がいるなんて・・・可哀想なフィアラ」とまたも頓珍漢なことを言った。
メイド長だけが青ざめた顔で今にも倒れそうになっている。
小さな声で「申し訳ございません、申し訳ございません」と何度も呟いていた。
そんな茶番が繰り広げられていたところに第二部隊の騎士たちが屋敷の捜索を終えて戻ってきた。
「副隊長。屋敷中、庭や厩まで探しましたが対象人物はいませんでした」
「やはりな」
―――あのような小物にこのような大それたことが出来るとは思わん。スイーズ伯爵の私怨を利用している者がいるのではないか、そう言ったのは国王だった。
もしそうだとするならここにハルカがいるとは考えにくい。
たとえ利用されているだけだとしても、ハルカの失踪に関わったのならば決して許される行為ではないが。
「となるとここからこっちは俺たちの仕事だな」
「よろしくお願いします」
オーランドが隊員たちに出入り口の封鎖と見張りを命じ、ラジアスたち第二部隊がすっかり大人しくなったスイーズ伯爵を連れて外に出ようとした。
「待って!お待ちくださいラジアス様!」
またしても響く場違いな声を無視して「はいはい、お嬢さんと夫人はこっちなー」と、第三部隊の騎士たちが引きずるようにスイーズ伯爵家の使用人が集まる部屋に連行し始めた。
「無礼者!お放しなさい!」
「あなた!黙っていないでこの方たちに何とか言ってくださいな!」
スイーズ伯爵は一瞬顔をこちらに向けたがまたすぐに俯き大人しく第二部隊の騎士に従った。
そんな伯爵を見つめる一人の人物がいた。
大変お待たせいたしました!
これはちょっとしたざまあと言えるのかな~。
ついに自分がラジアスと婚約していなかったと知りました(受け入れたかどうかは謎)
普段の可愛らしく慈悲深そうな姿しか知らなかった騎士たちはフィアラのこの姿、言動に幻滅しました。




