66.流民と黒幕
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今回も少し長めです。
「すまないね。もう起きているとは思わなかったものだから」
部屋に入ってきた男性はベッドの横にあるテーブルから椅子を引くと、その椅子をこちらに向けて座った。
一気に近づいたその距離に、私は思わず身をすくめる。
「身体は大丈夫かな?少々手荒な真似をしてしまってすまないね」
手荒な真似―――なるほど。
やはりこの男は私を攫った側の人間で間違いないようだ。
怖い。
私は誘拐犯と二人でいるという状態に体が震えそうだった。
それでも、目の前のこの男から目を逸らしてはいけないような気がして見ているとあることに気が付き、私は震えを隠すように話しかけた。
「・・・いくつか質問しても?」
「良いよ。私で答えられることなら答えよう」
つまりは答えたくない問いには答える気は無い、私に教える必要の無いことには答えないということか。
「ここは何処ですか?」
「私の屋敷だよ」
「貴方は誰ですか?」
「今日から君の主となるものだ」
「っ!・・・では聞き方を変えます。貴方はスイーズ伯爵、ではないですよね?」
聞き捨てならない言葉もあったが、とりあえずそこは無視して男に問う。
質問しながらも私はこの男がスイーズ伯爵ではないと確信していた。ただし、城内で攫われたことを考えると内部に入れる誰かが絡んでいることは間違いないだろう。
そして私が今のところ疑いを持っているのはスイーズ伯爵だけだ。
だからこそ違うと分かっていても敢えてスイーズ伯爵の名前を出し、少しでも相手の反応が見たかった。
私の問いに男の目が少し開いた後楽しそうに笑った。
「・・・君はどこまでわかっているのかな?」
(この反応。やっぱりスイーズ伯爵が絡んでいるとみて間違いないかな)
「どこまで、とは?」
「先ほどの聞き方だと、君は私がその伯爵ではないと確信を持っているようだが・・・何故そう思った?」
「この部屋の調度品や、衣裳部屋にあったドレス、貴方の着ている服、誰が見ても分かるほど質が高いものでしたので伯爵家より上の家格であると判断しました」
「ほう・・・本当にそれだけで?私がそういった物に関心が強いだけかもしれないよ?」
「さて、どうでしょうか」
本当はそれだけではない。
もっと確信に近い理由があるのだが、今言うべきかどうか迷ったので話を逸らすことにした。
「では次に――」
「待ちなさい。まだ君の答えを聞いていないよ」
「ではそれは後程。貴方への質問が許されているうちにどうしても聞いておかなければならないことがあるのです。このようなお部屋を与えてくださった貴方なら攫われた哀れな女のほんの少しの我儘くらいお聞きいただけるでしょう?私はなぜ私が攫われたのか、その理由が知りたいのです」
「・・・君は面白いお嬢さんだね。外身だけでなく中身も変わっている。実に素晴らしい」
男は満足そうに笑みを深めると「今までの人生で一番良いものを手に入れたかもしれないな」などと呟きながら椅子に深く座り直した。
「ああ、君を連れ出した理由だけれどね。簡単に言うと私は珍しいものが大好きで、珍しい容姿の君を囲って愛でようと思っていたんだ」
「囲って、愛でる?」
「そう。とびきり美しく着飾らせて砂糖菓子のように甘やかして、誰の目にも触れさせず私だけの君になってもらおうと思っていた」
「そ、それって監禁・・・」
私は背筋がぞわぞわっとするのを感じた。
思わず自分を抱きしめるように握った両腕には見事な鳥肌が立っていた。
「想像してたのと全然違った・・・」
(このおじさんヤバイ人だ!!)
この男が予想していた斜め上を行く危険な人物だということがわかって私は震えた。
そんな私を尻目に男は「君はどんな想像をしていたんだい?」と聞いてきた。
私の想像では私は何かの人質とか政治的な問題、もしくは存在が邪魔で連れ去られたのではないかと思っていた。
そう告げると男は「そんなことをしたらせっかく手に入れた君を手放すことになるじゃないか」と言ったが、そちらの方が私にとっては意味不明である。
「いや、だって普通に考えて他国が絡んできて、しかも殺されずに生きているなら人質かって思う方が妥当じゃないですか。それがまさかこんな特殊な趣味を持った個人的な理由で誘拐されたなんて思わないですよ!」
すっかり布団から抜け出した私は後ずさりながらベッドの端ギリギリのところまで行き男と距離を取った。
私はいろんな意味で泣きそうだった。変態とは人生で初対面だ。
この一見人の良さそうなおじさんを私は変態として認識した。
「他国?なぜ他国が絡んでいると思うのだ?」
男は完全に引いている私を気にすることなくさらに質問を重ねてくる。
「だ、だってあなたレンバック王国の人ではないですよね?」
「なぜそう思う?」
私は男を指差し答えた。
「あなたの服の襟に付いているそれ、このベッドのヘッドボードに彫られているものと同じです。おそらくこの家の紋章ですよね?レンバック王国の貴族なら、いえ、ギルドに至るまで紋章の基本的な形は決められています。貴方の付けているその紋章の形はレンバック王国で定められた形とは違う。だから」
そう。
レンバック王国では紋章の形は全て盾の形と決まっており、必ず森を表す葉のデザインを入れることが決められているのだ。
そして目の前の男の襟に付いている紋章はそれとは異なっていた。
私がそこまで言うと男はパンパンと大袈裟に拍手をしだした。
そして楽しそうに笑って言った。
「素晴らしい。実に素晴らしいよ!私の魔術師は本当に優秀だ」
「は?え?魔術師?」
「こちらの話さ。お嬢さん、先ほど私が言ったことは忘れてくれて構わない。君のような子をただの人形のように愛でるだけなんてそんな勿体ないことは出来ないからね。君とは意思の疎通が出来たほうが絶対に面白い」
そう言うと男は椅子から立ち上がり背筋を伸ばした。
「改めまして、お嬢さん。私の名はネイサン・リンデン。君の考えた通りここはレンバックではない。レンバック王国の隣国であるアルベルグ王国だ」
そこに先ほどまでの変態はいなかった。
(アルベルグ・・・平和条約が結ばれて今は争いも無いって習った気がする。じゃあこの人は本当にあんな気持ち悪い理由で私を?それになんでさっきまで名乗らなかったのに急に名前を?もしかして偽名?)
「・・・」
「ふふ、そんなに警戒しなくても良いじゃないか。なぜ私が名乗ったのか、先ほどまでの態度と違うのか不思議なのだろう?」
私は黙ったまま頷いた。
「だろうね。私も君と話すまではそんなつもりは無かったのだよ。自分好みに作り上げて愛でられればそれで良いと思っていたのだがね、思っていたより君は聡明なお嬢さんのようだ。薬漬けでただの人形にするより対等に話せるほうが私を満たしてくれると思ったからだよ。なにせ君はこれからずっと私と一緒にいるのだから」
「ずっと、ですか?冗談は貴方の趣味だけにしてもらいたいですね」
苦々しく吐き捨てた私の言葉に男――リンデン卿は笑みを深め、ベッドの上へ片膝を乗せて私の顎を下から掬うように掴んだ。
「まったく、怖いもの知らずなお嬢さんだ。ただ私は寛容だからね。君のその私を睨みつける黒く輝く瞳さえも可愛らしく思えるよ」
私は顎を掴んでいるリンデン卿の手を思い切り払いのけた。
「おお、怖い。まるで野生動物のようだねえ。それを手懐けるのもまた一興だ」
リンデン卿は叩かれた手を大袈裟にさすってベッドから膝を下した。
「君の望みは出来るだけ叶えよう。この部屋にある物は何でも好きに使って構わないし欲しいものがあれば何でも用意しよう」
「何もいらない。私が望むことは一つだけです。元の場所に――」
「ただこれだけは覚えておくと良い。君は一生ここから出られないし、助けも来ない。楽しく過ごすためには私に寄り添ったほうが賢明だと思うがね」
そこまで言うと、リンデン卿は入ってきた扉へと向かい「また来るよ。次はもう少し冷静になった君と会えると嬉しいなあ」と言って出て行き扉を閉めようとしたが、直前で何かを思い出したかのようにこちらに向き直った。
「そうそう。言い忘れていたけれどこの部屋は君を迎えるための特別製でね。君が中でどんな魔法を使おうがどこにも傷をつけることは出来ない。外へ魔法を使って知らせを送ろうとしても遮断される仕組みになっているから無駄な事はしないことだ」
「じゃあ貴方にだったらどうですか?」
私は瞬時に氷の粒を作りだしリンデン卿に向けて放った。
しかしそれらはリンデン卿に当たる直前で弾け粉々になって床に落ち、逸れて壁に当たった魔法はまるで吸収されるかのように消え失せた。
「分かったかな?私に魔法を使っても無駄だよ。今のように全て弾くから魔力の無駄遣いというものだ」
そうして今度こそリンデン卿は部屋を去った。
「公爵様」
「ああ、お前か。今回はご苦労だったね。おかげで素晴らしいものが手に入った」
「お気に召しましたようでなによりでございます。私はしばらく姿を隠そうかと思いますので、またこちらを訪れた際にはどうぞご贔屓に」
「もちろんさ。今回の報酬はこれで足りるかな」
リンデン卿はずっしりと重いお金の入った袋を手渡す。
受け取った男――宝石商はニヤッと笑い、中を確認すると満足そうに頷いた。
「十分すぎるほどでございます。自失の香をもう少し置いていきましょうか?」
「ああ、それは使わないことにしたから必要ない」
「おや、従順な娘でしたか?」
「従順ではないが泣き喚きもしない。話すと分かるがあれは聡明なお嬢さんのようだ」
「さようでございますか。しかしあの娘は聖獣を操るとも言われております故、十二分にお気をつけくださいませ」
「わかってはいるが、その噂も怪しいところだねえ。攫った時だってその聖獣とやらは現れなかったのだろう?人の噂というのは得てして大袈裟に語られるものだよ」
「さようでございますね。では私はそろそろお暇させていただきます」
「ああ、達者で」
宝石商の男は裏門からひっそりと公爵邸を去った。
「ただの戯言で終われば良いけどな――」
公爵にとっては不吉な言葉を残して。
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