58.悪魔の囁き
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今回ちょっとした変質者が出てきます。
無理だーと思われた方はその時点でお戻りください。
「よく来てくれた。楽にしてくれたまえ」
目の前の恰幅の良い歳の頃は50代くらいの人の良さそうな男が言った。
例の宝石商に連れられてやってきたのはアルベルグにある大きな屋敷だった。
王家とも繋がりがあると言っていたからまさか、とは思っていたが違ったようだ。
しかしこのような大きな屋敷に住んでいるということは、かなり力のある貴族なのだろうと予想できる。
伯爵のどこか探るような視線を感じた男は怒るわけでもなく「ああ、自己紹介がまだだったね」と向かい合うソファに腰を掛けて言った。
「私はネイサン・リンデン。この国では公爵という立場だよ」
「公爵様。王弟殿下というのが抜けておられますよ」
「私はもうすでに臣下に下った身だよ。それに・・・ほら見ろ。お前のせいで伯爵が緊張してしまったじゃないか」
「おや、これはこれは。申し訳ございません」
そう言いながら笑い合う目の前の男――リンデン公爵と宝石商の男に、伯爵はやはりとんでもないことに足を踏み入れてしまったのではないかと冷や汗が止まらなくなった。
そんなこちらを気にする様子もなく、目の前の人物は話をし始めた。
「ヘンリー・スイーズ伯爵、ようこそアルベルグへ。お会いできて光栄だ。お前もよく連れてきてくれたな。後で褒美をとらせる」
「は、ありがたき幸せ」
宝石商は恭しく頭を下げた。
「貴殿のことはこの者からとても話のわかる方だと聞いているんだ」
そう言ってスイーズ伯爵を見る目は怪しく光っていたが、緊張している伯爵は全く気付かず促されるままソファに腰を掛け用意された紅茶に口をつけた。
態々レンバックの茶葉を用意してくれたらしく、飲みなれた味に少し肩の力が抜けた気がした。
その様子を見ていた公爵は「では、早速だが」と話し始めた。
「そこの者の手紙にも書いてあったと思うが、貴方の国の流民、ハルカ・アリマについてだ。彼女こそ私の探している人物なのだよ」
やはり、とスイーズ伯爵は思う。
しかしアルベルグに来るはずだった、魔術師が喚んだとはどういうことなのか。
「だから魔術師が喚んだのだよ。召喚した、と言うのが正しいか」
「召喚、ですか?」
「ああ。あまり馴染みのない言葉かもしれないが、魔術師10人の力でこの世界に来てもらったんだ」
「そのようなことが可能なのですか?」
「魔術師は奇跡のようだと言っていたがね・・・でも出来たのだよ。素晴らしいことだ。でもこれは口外してはいけないよ。この国でもごく一部の者しか知らない秘術だからね」
公爵は楽しそうに笑っているが、この召喚の儀は多大な犠牲のもとに成り立っていた。
魔術師10人とは言ったが、そのうち公爵に仕えていたのはわずか3人だけであった。
他の7人は密かに集められた身寄りのないものや、国の中でも辺境に住んでいたりするただ魔力の高い者たちであった。
はっきり言ってしまえば、この7人は儀式のためのただの材料として集められた。
異世界から望んだ人物を連れてくるという理に反する魔法の為の生贄。なぜ7人なのかといえば、急にいなくなっても誤魔化しのきく者が7人しか集められなかったというだけの話である。
そのような犠牲のもとに自分がこの世界に来たと知れば、ハルカは絶対に帰りたいなどとは言えなくなるだろう。
スイーズ伯爵もこのようなことを知るはずもなく、ただただその未知なる魔法に驚くばかりだった。
「しかし、何故あの者なのですか?」
公爵はなぜあの流民を望んだのか。
今なお諦めず探していた理由は何なのか。
スイーズ伯爵の率直な問に公爵は目を細めて答えた。
「私はね、珍しいものが好きなのさ」
「珍しいもの、ですか?」
「ああ、そうだ。それを望んだ時にたまたま映ったのが彼女だった。見たことのない色合いに、不思議な格好、髪が短いようだったから男かとも思ったのだが女性なのだろう?なお良いじゃないか。聞くところによると不思議な魔力もあるというし・・・今考えるとたまたまではなくきちんと私の望みが反映されていたようだね。本当に素晴らしいよ!貴殿もそう思うだろう?」
「は、はあ。ちなみに流民を手に入れた後はどうなさるのかお伺いしてもよろしいでしょうか」
「うん?どうもこうもただ愛でるだけさ。私はね、自分のものはとても大切にする質なんだ。他の誰の目にも触れさせたくない。この屋敷に閉じ込めて、私だけのものにして愛情をたっぷり注いであげるんだ。素敵だろう?」
やや興奮気味に公爵が語る。
「だが、こちらに来てもらう最中に魔術師の力が尽きてしまったようでね。まさかそちらの国に行ってしまうとは予定外だった。こっそり楽しむつもりだったのに、探している間にそちらの国に保護されてしまうなんてね。これはもう諦めるしかないかと思っていたところに、そこの者が良い話を持ってきてくれたのだよ」
公爵がスイーズ伯爵を見据えた。その視線は何かの獲物を狙うかのような鋭さを秘めていた。
スイーズ伯爵はこれ以上話を聞くべきではないと感じた。
珍しいものが好きだという理由だけで、異世界から人一人を連れてくる人物がまともなはずがない。
ここで手を引かなければ取り返しがつかないことになるという嫌な予感がした。
「恐れながら、私の様な者が聞いて良い話とは思えませぬ。この話は無かったことに・・・」
冷や汗を隠しながら、約束通り聞かなかったことにしてほしいと言おうとしたところを公爵に遮られた。
「私は貴殿なら協力してくれると信じているのだよ」
「いえっ、そんな「私が珍しいものを愛するように、スイーズ伯爵もフィアラ嬢を溺愛していると耳にしているからね」」
スイーズ伯爵の肩がビクッと揺れる。
そうだ、愛する娘がいるからこそ判断を間違えてはいけない。
ハルカ・アリマは今や国の重要人物。そのような者を隣国に売るような真似が許されるわけがない。
その様な事をすれば確実に身の破滅だ。
冷静に、冷静に判断しなければと自分に言い聞かせるスイーズ伯爵に悪魔のような囁きが降ってくる。
「ねえ、スイーズ伯爵?貴殿は本当にこのままで良いのかい?」
「・・・どういうことでしょう」
「流民が貴殿の国に現れてから変わってしまったことが多くあったのではないかな?流民のせいで思ったように武器も売れない、それどころか取引さえもしてもらえない。貴殿のお父上の代から一生懸命に広めてきたことがあの娘のせいで全てパア。腹立たしいだろう。他の貴族からもやはり武器などいらなかったなど言われてはね・・・一つ歯車が狂うと全て上手くいかなくなってしまうものだ。お国での貴殿の発言力だって下がってしまっても仕方がない。だって言っていたことと違って聖獣はちゃんといたのだからな」
そうだ、全てあの流民のせいなのだ。
冷静になろうと、無理矢理蓋をした感情が顔を出す。
「フィアラ嬢のことだってそうさ。あの娘がいなければ貴殿の可愛らしいお嬢さんが断られることなんてあるはずない。今だってお嬢さんの事を苦しめているのだろう?忌々しいとは思わないかい?この先も夫人やお嬢さん、もちろん君自身も贅沢な暮らしを続けたくはないかい?このままいけば近い将来スイーズ伯爵領は立ち行かなくなるだろう。そして領主だからと言って領民からも不満を言われるのだよ。本当に嫌になってしまうね・・・悪いのは全てあの流民の娘なのに」
公爵に囁かれるたびに苛立ちと憎しみ、不満が溢れだしてくるようだった。
「流民がいなくなれば、そう思ったことはないかい?消えてしまえばいいと思わないかい?でも死んでほしいわけではないのだよね、わかるよ」
甘い蜜のような誘惑がスイーズ伯爵の思考をどんどん奪ってゆく。
「だから、ねえ?私はあの流民が欲しい、君はあの流民がいらない・・・ちょうど良いと思わないか。誰も死なないし誰も不幸にならない。流民の娘だって何もせずともここで楽しく暮らせるんだ。喜ぶに決まっている」
「・・・しかし、ことが露見すれば私は破滅だ」
「いいや、何も心配いらない。君に直接何かをしてもらおうなんて思っていないよ。君の領の街道に検問所があるだろう?あそこを通る馬車を一台見逃してほしいんだ。あとは君が城に上がる時にこちらの手の者を従者として連れて行ってくれるだけで良い。そうすればこちらで上手くやるよ」
「それだけで、良いのですか・・・?」
「ああ、それだけだ。もし何か聞かれたって知らぬ存ぜぬを突き通せば良い。実際君は何も手を下さないのだから嘘にはならないだろう?」
「それは、そうですが・・・いや、しかし」
「もちろん協力してくれるならそれ相応の謝礼は用意させてもらうよ。そうだねぇ、これくらいでどうだい?」
「そんなに?!」
公爵が示した金額は驚きの額だった。
たしかに悪くない話だ。
ここまでに失った分を補うどころか、しばらく遊んで暮らせそうな金額だ。
邪魔者もいなくなり謝礼金もたんまり貰える。だが――。
結論が出せないままぐるぐる考えていると、溜息と共に公爵から声が掛かる。
「これでも駄目かい?ではとっておきの話を聞かせてあげよう」
とっておきとはいったい何なのか。
視線でそう問えば公爵は怪しい笑みを浮かべて言った。
「私はね、珍しいものも好きだが同じくらい美しいものも好きなのだよ」
それが何だと言うのか。
貴族は大概美しいものを好む。
「フィアラ嬢は大層美しいらしいじゃないか。もう新しい子用の部屋は用意してあるんだ。もしハルカ・アリマが手に入らないのであれば・・・ねえ?」
そう言って笑みを深める公爵にスイーズ伯爵は声を失った。そして背筋に冷たいものが走った。
流民が手に入らないのであれば代わりにお前の娘を奪う、最後まで言葉にされなかっただけでそう言われているに他ならなかった。
青ざめたスイーズ伯爵は口をパクパクとさせて声も出せない。
「こんなこと言いたくはなかったが、君がなかなか首を縦に振らないから仕方がないよね。私は欲しいものは必ず手に入れる。どんな手を使ってもね。・・・手伝ってくれるだろう?」
「・・は、い・・・」
今さらのこのこと話を聞きに来たことを後悔しても遅い。
(・・・やるしか、やるしかない。私に選択権など無かったのだ)
スイーズ伯爵を引き止めていた最後の枷が外れた瞬間だった―――。
ヤバイ奴がいたもんだ。




