57.高慢な父娘
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ガシャンッ!!
「くそっ!忌々しい流民め!」
豪華な調度品が数多く置かれた一室でスイーズ伯爵は苛立っていた。
あの者さえいなければという想いは日を追うごとに膨れるばかりだ。
そんな荒れるスイーズ伯爵の部屋を娘のフィアラが訪ねてきた。
「お父様、そんなに声を荒げてどうなさったの?お父様もあの流民に何かされましたの?」
心配そうにこちらを窺うフィアラは伯爵にとっては目に入れても痛くないほど可愛い自慢の娘だ。
「・・・ああ、何でもないんだよ。しかしフィアラよ、“も”ということはお前はあの者に何かされたのかい?」
するとフィアラは大きな目を潤ませて縋るように言った。
「あの烏のような流民が私のラジアス様に纏わりついているのです。ラジアス様は私の夫となる方なのに。ラジアス様はお優しいから突き放すこともできなくて・・・流民に遠慮なさって二人で会うこともままならないのです。・・・私、もうどうしたら良いのか」
さて、フィアラとラジアスが恋仲であったことなど一度もない。
それなのになぜ自分の夫になるなどと言っているのか。
これはフィアラが自分に絶対的自信を持っているからである。
フィアラは一方的にラジアスに好意を寄せていた。
整った美しくも精悍な顔立ちに高い魔力。名門侯爵家の三男ということもありスイーズ伯爵家に婿に入ることも可能。
何より可愛らしく美しい自分の横に立って見劣りしない結婚適齢期の男性など彼をおいて他にはいない。
フィアラは今まで自分が望んだものは全て手に入れてきた。
伯爵家の一人娘として溺愛され、その容姿から男性に言い寄られちやほやされることは当たり前だったし、求婚だって何度もされた。
そんな多くの男性から求められる自分が結婚したいと言って断る男などいるはずが無いと本気で思っていた。
もちろんスイーズ伯爵も、家格は下だが金銭力のある伯爵家の娘で誰からも愛されるフィアラとの婚姻の打診をガンテルグ侯爵家が断るなど露程も思っていなかった。
しかし断られた。
しかも即日返信が来るというほどの速さから、全く迷いもせず断ってきたのは明白だった。
スイーズ伯爵は慌てた。
こんなことを可愛いフィアラに言えるはずがない。
断られた事実を言えないまま、そしてフィアラも断られるなど思っていないことからこの勘違いは起こっていた。
その後も何度もガンテルグ侯爵家に手紙を出しているが良い返事は貰えないままでいた。
家格が上の侯爵家に断られているにもかかわらず、何度も手紙を出すこと自体大変な失礼に当たるのだが、それがわからないのがスイーズ伯爵である。
それどころか先ほどのフィアラの話を聞いて、良い返事がもらえないのはラジアスの周りに流民がうろちょろしているからに違いないという見当違いも甚だしい結論に至った。
「おお、可哀想に。お前をそんなに苦しめるなど流民の分際でっ・・・いっそ消えていなくなれば良いものを!」
「ごめんなさい、お父様・・・私のためにその様な怖ろしい事おっしゃらないで」
フィアラはいじらしくスイーズ伯爵を止めたかと思うと同じ口で「でも・・・」と続けた。
「あの流民の娘さえいなければ・・・私も何度そう思ったかわかりませんわ。ラジアス様のお口からあの卑しい娘の名が紡がれる度、私の心は痛むのです。あの娘のためを思って助言しても、あの娘は全く聞き入れる様子も無く、さらにはまるで私が悪いかのように言うのです。あの娘がいる限り私の心に平穏など訪れないのですわ」
大きな瞳からハラハラと涙を流すフィアラをスイーズ伯爵は優しく抱きしめた。
「大丈夫だよ。お前は何も心配することはない。必ずお父様がフィアラの愁いを払ってあげるからね」
「お父様・・・ありがとうございます」
フィアラは涙を拭うと「そういえば・・・」と言って一通の手紙を差し出した。
「これは?」
「私こちらをお父様にお渡しするために来たのでしたわ」
顔を上げたフィアラに先ほどまでの不安気な表情は一切無く、その可愛らしい顔には笑みが戻っていた。
「この手紙は差出人の名が無いようだが・・・どうしたんだい?」
「先ほどアルベルグの宝石商の方がいらしていたでしょう?その時にお父様にとこの手紙を渡されましたの」
「あの宝石商か・・・」
「なんでも、とても大事なお話があるとかで」
数年前から付き合いのあるアルベルグの宝石商。
いつも質の良いものを持ってくるため伯爵夫人とフィアラの贔屓のものでもあった。
また自分の知らないうちに宝石を購入したのか。
そう思いながらも受け取った手紙の内容が気になり、フィアラを自室に戻らせることにした。
「私はこの手紙に目を通すからフィアラは部屋に戻っていなさい」
「まあ、私が受け取ったのに内容は教えてくださらないの?」
フィアラは少しばかり頬を膨らませて拗ねるように言った。
「そんなに可愛い顔をしても駄目だよ。教えるかどうかは・・・まあ内容にもよるがね」
「お父様ったら意地悪ですわね。楽しい内容でしたら是非お教えくださいましね」
そう言って部屋を出ていくフィアラを見送ると、スイーズ伯爵は椅子に深く腰掛け手紙を開いた。
手紙の内容はこうだ。
数か月前にアルベルグに来るはずだった黒髪黒目の少女が未だ現れない。
そんな時レンバック王国でそれと似た容姿の少女がいるという噂を耳にした。
彼の者はアルベルグの魔術師が喚んだもの。
貴殿もその者を知っているのではないか。
これ以上の詳しい内容は手紙に書くことは出来ないが、そのことについて高貴な方が内密に話がしたいと言っていると記してあった。
手紙を読み終えると、スイーズ伯爵は深く息を吐いた。
手紙に記せないとなると穏やかな内容ではないのだろう。そもそもこの書き方から察するに、すでにアルベルグ側も我が国の流民がその尋ね人であると認識しているはずだ。
それにも関わらずレンバック王国にではなく一領主の自分にこの手紙を渡したということ。
そしてその手紙がフィアラを通して渡されたということは、こちらの事情などすべて分かったうえでのことではないのか。
手紙にある高貴なお方とは一体誰を指しているのか。
(そういえばあの宝石商はアルベルグの王家とも繋がりがあると言ってはいなかったか。まさか・・・いや、さすがにそれは考え過ぎか)
スイーズ伯爵の額に嫌な汗が滲む。
スイーズ伯爵は決して考えるのが得意な人間ではない。
そんな彼でさえも、この手紙の危うさがわかり否が応でも緊張が走る。
自分はどうするべきなのか。いや、この国の貴族としての答えは決まり切っている。
(しかし、話を聞くだけならば?)
幸いこの手紙には尋ね人が流民であるなどとは書かれていない。
たとえ露見してもただの人助け、尋ね人の話を聞いただけだと言い逃れできるのではないか。
そう考えたスイーズ伯爵は話を聞いてもその内容によっては協力できないし、話すら聞かなかったことにするという条件付きで良いなら話を伺うという手紙を返した。
ポンコツ。
ポンコツ伯爵親子です。
でもフィアラは父親のことを除けば周りのみんなが褒め称えてくれるので基本良い子にしています。
思い通りにいかない、気に食わない存在に対しては本性出まくりですけどねー(^_^;)
前回感想をいただいて本当に小躍りしたら手を壁にぶつけて痣になりました(笑)
今世の中は大変な状況ですが、皆さまもお体に気を付けてお過ごしください。
ちょっとでもワクワクできる話になるように頑張ります!




