56.スイーズ伯爵家
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「聞きまして?最近スイーズ伯爵のところのフィアラ様が騎士団によく出向いているらしいですわよ」
「まあ。想いを寄せる方でもいらっしゃるのかしら?」
「彼女も結婚適齢期ですものね。第一騎士団の方かしらねえ」
「どうかしら。第二騎士団にはガンテルグ侯爵のご子息もいらっしゃいますし」
「でもそれは難しいのではなくて?スイーズ伯爵家は、ほら」
「ああ、そうねえ。ガンテルグ侯爵家は聖獣様への畏敬の念が深いですものね」
「わざわざスイーズ伯爵家のお嬢さんと、とはならないわ」
「それに今は流民の方も第二騎士団に身を置いてらっしゃるでしょう?」
「ハルカ様ね」
「なんでもハルカ様がいらしてから聖獣様をよく目にするのですって」
「夫も言っておりましたわ。初めて聖獣様を目にしたと言って子供のようにはしゃいでおりましたのよ」
「まあ、貴女のところも?うちの夫もよ。流民の方も良い人だそうなの」
「うちの娘はハルカ様とお話ししたことがあるらしいのですけれど、素敵な方だと言っておりましたわ」
「娘たちのお茶会では必ずハルカ様の話題が上がるほどだそうよ」
「ガンテルグ侯爵夫人もお気に入りだそうなの」
「まあ」
「私たちも一度お会いしてみたいわねえ」
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「スイーズ伯爵も気が気でないだろうなぁ」
「あそこはもう終わりだろう。武器以外には何も手を付けていなかったのではないか?」
「だがあそこの領はうまく回っていると聞くが」
「ああ、当代が雇った執事がたいそう優秀らしいじゃないか」
「スイーズ伯爵は執事が用意した書類にサインをするだけとか」
「サインだけなら無能でも出来るからな」
「違いない」
「はっはっは。酷い言い様ですな」
「おや、君もそう思っているのではないかい?前スイーズ伯と違い、当代は何も成していないのに気位ばかりが高くて家格が下だというだけでいろいろ言われてきただろう」
「誇れるものが爵位くらいしかないのだから仕方ありませんよ」
「ああ、でもご息女のフィアラ嬢は伯爵が他に唯一誇れることでは?」
「あの美しさは社交界でも有名ですからなあ」
「伯爵が溺愛しておられると有名ですし、立ち行かなくなって妙な輩と婚姻を結ぶことにならなければ良いのですがね」
「まあ、その辺りはスイーズ伯爵も考えておられるのではないですかな」
「腐ってもスイーズ伯爵領の領主ですからね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スイーズ伯爵領は森に面しており、レンバック王国で唯一隣国アルベルグに繋がる道がある。
アルベルグとは300年前の戦争から数十年の間、国交が断絶していた。
戦争が終わり暫く経つと、レンバック王国内も様々な制度が整い、国として機能し始め人々も生活を楽しむ余裕が出てきた。
その頃にはアルベルグの王も代変わりしており、さらに数十年経った頃には新王は聖獣の住む森――通称『魔の森』に手を出すことの愚かさに気付いていた。
魔力持ちを手に入れようと森に入れば迷う、怪我を負う、最悪行方知れずになるということが度々起こる。
いっそ森ごと焼いて魔力持ちをあぶり出そうと火を放つよう命じれば、命を受けたものは誰一人として帰ってこなかった。
戦争が終わって数十年経っても魔の森に住まう聖獣たちは力を衰えさせることなくこの森を、延いてはレンバック王国を守っていた。
魔力持ちの生き物たちが人間に与するなど戦争以前ではありえないことだったはずだ。
力の弱いものは人間に使役され、強いものは関わろうとしないか害なすものを排除する。
それが当たり前だったはずなのに、なぜ彼らはレンバック王国と共にあるのか。
あの戦争の時、いったい彼らの間に何があったのか。
レンバック王国は謎に包まれている。わかっているのはかの国が聖獣に守られているということだけだった。
そんな国に手を出すなど無意味だ。
それどころか百害あって一利なしである。
アルベルグの国民からも「普通の生活が出来ているのに今さら侵略する必要があるのか」「争いごとで家族を失うのはもうたくさんだ」というような声が多く上がるようになってきていた。
若きアルベルグ新王は『領土を広げた強き王』よりも『国を豊かにした賢王』になることを選び、レンバック王国に不可侵宣言をし、その後幾度も話し合いの場を持ち平和条約を締結させた。
それ以降、聖獣たちも同意の上、魔の森にレンバックとアルベルグを繋ぐ一本の街道が造られた。
それこそがスイーズ伯爵領に存在する道である。
スイーズ伯爵家の歴代当主は皆そこそこの魔力を持ち、滅多に姿を現さない聖獣をはじめとする魔力持ちの生き物たちを敬いながら生きてきた。
親から子へ、いかにしてこの国が成ったのか聖獣たちの住む守護の森――アルベルグでは『魔の森』と呼ばれる――の大切さを語り継いできたはずだった。
しかし長年続く平和の中で聖獣たちとの関わり合いはさらに希薄になっていく。
本当に守護の森はこの国を守っているのだろうかと考える者たちも出てきていた。
それが顕著に表れたのがスイーズ伯爵家先代当主だった。
彼は貴族にしては魔力が低く、そのことをずっと負い目に感じていた。
唯一の他国へ繋がる街道を守る一族として魔力に頼らない防衛方法をと考えた結果、他国で売られている武器を取り入れることにした。
初めはそんな物必要無いと言っていた貴族たちも、戦いのさなか魔力切れを起こした際には代わりとなる武器が必要だ、聖獣だけに頼らず、魔力量の少ない平民たちでも扱える武器が必要なのではないかと根気強く説いていった。
そして領内で武器の製造、補修などを一手に引き受けていた。
聖獣の守護を疑っていたスイーズ伯爵だったが、表立ってそれを口にしたことは無かったし、いざという時のために民が自衛できる手段が必要だと説くその言葉にも偽りはなかった。
スイーズ伯爵は純粋にこれからの国のことを考えて武器の導入を進言していた。
しかし、その後を継いだヘンリー・スイーズは違っていた。
現スイーズ伯爵であるヘンリーは武器関連で生まれた金銭にとり憑かれた男だった。
彼にとって武器は国を守るための物ではなく、富を生み、懐を満たすものであったのだ。
金さえあれば大抵のことは思い通りにいく。
金の力をもって手に入れた妻は少々高飛車だが美しく、その妻に似た娘はとても愛らしい。
領内の諸々も家令に任せ、自分はただ必要な時に金を出せば良いというような楽な生活を送っていた。
スイーズ伯爵の人生は順風満帆だった。
そう、全て上手くいっていたのだ。
流民が現れるまでは。
流民が現れてからしばらくの間は何の問題も無かった。
同じ年頃の娘を持つ者として、その境遇に珍しくも同情すら覚えたほどだった。
しかし、そんな思いはこの数か月で消え去った。
流民が特殊な魔力を持っていたせいで。
今となっては夢物語のように語られる初代国王サンディアと同じ特性を持つ魔力。
その為か聖獣にも気に入られているらしく、流民が現れてからというもの度々聖獣の姿が目撃されている。
初めて聖獣を見たという者もいたことからも、それがどれだけ稀有なことかが窺い知れた。
そして皆思った。
たしかに聖獣は守護の森に存在し我々と共にあるのだ、と。
魔力供給が出来る流民のハルカ・アリマがいればこの後数百年は他国から侵略など不可能に近い。
それは魔力が高い者ほど聖獣の強さ、偉大さを感じることが出来たからであり、そう感じる者が貴族には多かったからに他ならない。
そうすると今まで武器を購入してきた貴族たちは、これ以上の武器は必要無いとスイーズ伯爵領との取引から手を引き始めた。
もともと一つ一つが高額な武器は少しでも取引が減れば収入は一気に落ちる。
今までの贅沢な暮らしに慣れきったスイーズ伯爵家にとって、それは大きな痛手であった。
しかし、今まで金に物を言わせてきたヘンリーにはその事実を妻や娘に打ち明けることが出来なかった。
贅沢を贅沢とも思わない家族、減る一方の収入、このままで良いはずがない。
(どうしてこうなったのだ!・・・そうだ、全てはあの者のせいではないか!流民さえ現れなければ!)
ヘンリーの八つ当たりともいえる憎悪は流民一人に向けられるようになった。
お読みいただきありがとうございます。
少し補足を。
「ハルカがいればその後数百年は侵略など無理」という部分なのですが
ハルカが作る光珠で生きている間に魔力持ちの生き物たちの力を十二分に蓄えられるということと、光珠は作り置きが出来るのでハルカがいなくなってもしばらくは安泰という意味で書きました。
気が向いたら感想などいただけると嬉しいです。
励みになります!飛び跳ねて喜びます!
ひっそり喜びの舞を踊ってしまうかもしれません!ひっそりね!




