52.魔導師長の驚き ※ダントン視点
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急いで城に戻り人払いをし、事のあらましを説明すればさすがの陛下も驚いたようだった。
「・・・存在するとは伝え聞いていたが、本当にいたのか。間違いないのか?」
「はい。聖獣様がそうおっしゃられましたので間違いないかと」
「このことを他に知っている者は?」
「あの場に居合わせたラジアス・ガンテルグ第二部隊副隊長と、ハルカ嬢、聖獣様、そして私以外は誰も」
「そうか。ならば二人には口外を禁じるよう伝えろ。どのような影響があるかわからんからな。天竜様には出来るだけこちらの意向に沿っていただけるよう頼むしかないな」
「かしこまりました」
いくつかの決め事をした後、私はまた森へと急いでいた。
はたしてあの天竜という存在がこちらの意を汲んでくれるのかどうか、不安を抱えながら森に戻った私が目にしたのはとんでもない光景だった。
天竜が副隊長の手によって空に向かって思い切り投げられていた。
「副隊長殿は何をしているのだ・・・!」
慌てて足を速めれば楽しそうな天竜の声が聞こえてきた。
『ラジアス!もう一回だ!』
「まだやるのか?これで本当に最後だぞ」
『ああ、わかったから早くやってくれ』
空へと放られる天竜。遠くから見れば白い球が飛んでいるようにしか見えない。
落ちてきた天竜はそれはもう楽しそうにキャッキャと笑い声を上げていた。
「ハルカ嬢!副隊長殿!」
「あ、先生」
「君たちはいったい何をしているのだ!」
「いや、あの天竜がですね・・・」
『うむ。おぬしを待つ間、我の遊びに付き合ってもらっていたのだ』
「あ、遊び・・ですか?」
『この姿ではまだ飛べないのでな。やはり空の広さとは良いものよ。ラジアスまたやってくれ』
楽しそうに話す天竜に「また今度な」と返すガンテルグ副隊長。
こののんびりとした空気は何なのか。私ばかりが焦っているような。
「先生?」
「いや、うん。何でもないよ」
この後ハルカ嬢から私が城に戻っている間の話を聞いたのだが、少し心を整理する時間が欲しいと思った。
天竜と友になったのか、そうか。
友になったのだから気安い口調で話せと言われたのか、そうか。そうか。
・・・いろいろと現実を受け止めるのに時間がかかるのは私が年を取ったせいだろうか。
少しだけ意識を遠くに飛ばした私を許してほしい。
「先生?先生?」
「魔導師長?」
「・・・うん。陛下から言われた事を伝えるよ」
『我はハルカとは離れぬぞ』
天竜はハルカ嬢の肩に乗って改めて言った。
こうしているととてもあの天竜だとは思えないが、聖獣が言うのだから間違いないのだろう。
「まず副隊長殿とハルカ嬢には天竜様に関していらぬ混乱を避けるため口外を禁ずるとのことです」
「「わかりました」」
「そして天竜様におかれましてはこちらで何かを制限するということはございません。ただ、ハルカ嬢は我が国の騎士団に所属しておりまして、生活も騎士団の宿舎でしておりますのでそこに天竜様もご一緒にということになりますが宜しいでしょうか?」
『うむ、我はハルカと一緒ならどこでも良い』
「ありがとうございます」
「そして先ほども申し上げたように、混乱を避けるため天竜様の存在は公にしたくないというのが我々の考えなのですが、ご協力いただけますか?」
『それがハルカと共にいるための条件ならば問題無い』
理解の早い方で助かる。
「でも先生、ずっと一緒にいて周囲に気付かれないようにするというのはなかなか難しく思うのですが」
「そこは副隊長殿にフォローしてもらいつつ頑張りなさい」
「俺ですか?」
「だって副隊長殿も天竜様の友なのだろう?よろしく頼んだよ」
私もいろいろ忙しい身だしね。ハルカ嬢の近くにいる副隊長殿の方が適任だろう。
「ラジアス様って丸投げされ体質なんですねぇ・・・」
「・・・うるさい」
私だって出来なさそうな人に任せたりはしない。
彼ならば何かあった時にも対応できるだろうと思っているからこそ任せられるのだ。
『案ずるな。ハルカの住処以外では目立たぬ姿になっていれば良いのだろう?ぬん』
天竜は僅かに光ったかと思うと、初めの時よりもさらに小さな毛玉になっていた。
『このくらいの大きさならハルカの服でもここでも隠れられるのではないか?』
そう言うとハルカ嬢が身に着けていた小さな腰袋の中にすぽんと収まった。
たしかにこれなら見つかる心配もなさそうだ。
「大きさ変えられるんだね」
『先ほどの姿以上に大きくなるのは今は無理だが小さくなる分には出来る』
ハルカ嬢の言葉に少し自慢気に天竜は言った。
「では、くれぐれも頼んだよ」
「はい」
「天竜様もよろしくお願いいたします」
『そう心配するな。ああ、聞き忘れておったがあの光珠とやらはハルカから貰うが良いな?そもそも山に帰らんのはそのためでもあるのだが、ハルカから光珠を勝手に作ることは出来ないと先ほど聞いたものでな』
ハルカ嬢と目が合うと軽く頷いて肯定してみせた。
相手が天竜であってもこちらが決めたことを守るハルカ嬢に好感が持てる。
ただただ強者に流されるようなものではないとはわかっているが、改めて流民がハルカ嬢であって良かったと思う。
「ええ、構いません。ただ、ハルカ嬢が光珠を作る際には必ずそこのラジアス殿を傍においてください。それと作りすぎるとハルカ嬢が倒れる可能性があるので、ほどほどでお願いしますね」
『倒れる?ハルカは大丈夫なのか?』
「かなりの集中力と体力を要するようなので、そこさえ気をつけていれば問題無いかと思います」
『・・・そうか。では無理をさせないと約束しよう。友が苦しむのは我としても本意ではない』
「俺もハルカが無理しないよう気をつけますので」
「頼んだよ」
「はい。では俺たちはそろそろ戻っても大丈夫ですか?」
「うん。急に呼び出したうえ長いこと引き止めて悪かったね」
「いえ。では失礼します」
「失礼します」
副隊長殿に続きハルカ嬢も揃って礼をした。騎士団の宿舎へと帰って行く二人の後ろ姿を見送る。
いろいろと規格外なハルカ嬢には度々驚かされるが、まさか天竜の友人になるとは想像できなかった。
聖獣とも気軽に触れあえることからも分かるように、この世界の感覚とは少しずれているのだろう。
ハルカ嬢からすれば、私たちが身構えすぎているように見えるのかもしれないが。幼い頃より聖獣の話を聞かされた私たちにとって、聖獣はもちろん尊き存在であるし、もはや話を伝え聞くのみで存在すら疑わしかった天竜などは畏れ多い存在である。
というわけで、けして顔には出さないが私は今興奮している。
この驚きと興奮を声に出して皆に伝えたいところだが、それが無理なことも十分理解している。
いつまで天竜がここに留まるのかは分からないが、今はただ今後何事も起きないことを願うばかりだ。
天竜は高い高いをしてもらっていただけ(笑)




