44.自業自得 ※ラジアス視点
今回は少し長めです。
ハルカを連れて家に帰った翌朝。
ダイニングルームにやってきたハルカを見て俺は目を瞠った。
正直に言おう。ハルカの姿に驚いた、というか見惚れたのだ。
ハルカは普段の服装とは大きく異なりワンピースを着ていた。
淡い青色のそれは、スクエアに開かれた胸元には同色でレースが、胸下からウエストにかけては後ろで編み上げられており、その下からふわっと広がるスカートがハルカの腰の細さを強調しているようだった。
首から上も髪は纏められ花飾りをつけているし、普段と違って化粧もしているようだった。
「おはようございます」
「ああ・・・おはよう。その格好は・・・」
まあ十中八九、母上の仕業だろう。
朝起きたらこの服しかなかったのだろうなと考えていたら案の定その通りだった。
「昨日着ていた服は洗濯していただいているそうでして」
そう言うハルカはどこか落ち着かない様子だ。
まあ昨夜の格好でさえ恥ずかしがっていたのだから、今日のこれはそれ以上だろう。
そわそわしているハルカを見ていると後ろから母がニヤニヤしながら肩にするっと手を置いた。
そして俺にしか聞こえないくらいの音量で呟いた。
「ふふふふ。ラジアスったら見蕩れてしまって声も出せないのかしら。可愛らしい女性を目の前にして褒め言葉の一つも出ないのかしら」
「母上・・・」
俺は母に咎めるような視線を向けた。
「あら?余計なことしちゃったかしら?想像以上に可愛いのに」
「確かに可愛らしいし綺麗ですけど・・・」
ちらっとハルカを見ると母と二人でぼそぼそと話す俺を不安そうな目で見ていたので、ハルカにも聞こえるように母に言った。
「ハルカを困らせるのは止めてください。本当は服だってもう乾いているのでしょう?」
「え?!」
「うふふ」
「えぇ?じゃあ私こんな格好する必要なかったんじゃ」
「あら、ちゃんとその格好にも意味はあるわよ。ハルカちゃんを着飾ってみたかったのも本当だけれど」
絶対本音は後者だろうと疑いながらも話を聞けば、朝食の後ダンスの練習をしようという。
「今度の夜会で一緒に踊るのでしょう?でも貴方たち二人を見ていると一緒に練習なんてしていなさそうなんですもの」
「それはまあ・・・副隊長もお忙しいですし」
うん、また副隊長に戻ってしまっている。
しっかり直しておこう。
「ハルカ、名前」
「・・・確かにラジアス様とは練習していませんが、他の方とは練習していますから本番は大丈夫だと思います」
「他の方って?」
「講師だろ?」
「はい、あとはまあ・・・ルバート様と」
「ルバート?」
「フォンセット家の?」
「はい、ルシエラ様もご存じなんですね」
ルバートと練習だと?
そんなこと聞いていない。
何故エスコート役の俺ではなくルバートと練習をしているのだ。
「なぜ、」
「え?」
「なぜルバートなんだ。練習なら俺とすれば良いじゃないか」
口から出た言葉は自分でも驚くような子供っぽい言い方だった。
母はそんな俺を見て「やっぱり一緒に練習なさいな」と言って笑った。
朝食の後、少しの休憩を挟んで俺たちは今手を取り合っている。
「なんだ、上手いじゃないか。ダンスやったことなかったんだろう?」
「もともと身体を動かすのは得意なんです」
練習を始める前に、どうしても納得がいかなくてなぜ練習相手がルバートだったのかと聞いたら「忙しいラジアス様の手を煩わせたくなかったから、ある程度踊れるようになってから頼もうと思っていた」と言われた。
「この短期間でこれだけ出来れば十分だろう。これからは俺が練習に付き合う」
「もう練習しなくても大丈夫じゃないですか?」
ハルカがそんなことを言うものだから俺はハルカの手を取ったまま動きを止めた。
急に止まったものだからハルカは不思議そうに下からこちらを見上げた。
「・・・俺と踊るのは嫌か?」
「っいや、じゃないですよ」
「ではルバートが良くて俺がダメな理由があるのか?」
「だってラジアス様はただでさえ忙しそうなのに頼むの悪いじゃないですか。・・・それに恥ずかしいし・・・」
最後の方は俯き加減になりごにょごにょと話すものだから何と言っているのか聞こえなかったが、それなら問題ない。
「そんなことか。そもそも俺の仕事の大半は本来隊長が行う仕事だ。隊長がやれば良いだけだ」
「そうですけど、それ私が隊長に恨まれません?」
「仕事を丸投げしてくる方が悪いのだからこちらが文句を言われる筋合いはない」
まあ文句を言われたら隊長の奥方にでもこっそり伝えておけば上手く誘導してくれるだろう。
隊長は奥方を溺愛しているから彼女が言ってくれれば嘘のように仕事をしてくれるだろうな。
それに――
「それに、俺はハルカと踊るのは楽しい」
「楽しい、ですか?」
「ああ」
そうだ。俺は先ほどハルカとダンスをしていて楽しいと感じていた。
身体を動かすことは嫌いじゃないが、今までは貴族の義務として踊るだけであまり楽しいとは感じたことが無かった。
強すぎる香水の香りも、こちらにしな垂れかかってくるような線の細さも、何かを期待するような視線も無い。
純粋に楽しめるダンスを踊れる相手はなかなかいない。
「こんなに気を遣わなくてよいダンスは久しぶりだ」
「気を遣わなくていい・・・ああ、そういうことですか」
急にハルカの表情が暗くなったように感じた。
・・・これは何か言葉を間違えたか。いや、とにかく勘違いされてはいけない。
「たぶんハルカが思っているのとは違う。気を遣わなくて良いと言ったのはもちろん良い意味でだ」
「それこそ気を遣っていただかなくても大丈夫です。私は今までラジアス様が接してきたご令嬢と見た目も中身も違いますから」
やはり俺の本意は全く伝わっていないようだ。
俺はハルカをこんな悲しそうな笑顔にさせたかったわけじゃない。
「そうじゃない。ただハルカと踊るのは楽しいからもっと踊ってみたいと思っただけなんだ。そこらの令嬢のように香水臭くないし、鬱陶しい視線も無ければ裏も無い。純粋に楽しめるんだ」
「・・・」
「嘘じゃない。だから夜会なんてめったに出ない。母上もそう言っていただろう」
「・・・たしかに」
「それにハルカのこの格好を見られるのはエスコート役の特権だろう?」
俺はハルカの頬に手を添えて顔を上げさせた。
途端にハルカの頬が赤く染まった。かと思うと俺の手はハルカの手によって弾かれた。
「練習ではこんな格好しませんよ!恥ずかしい!」
「よく似合っているのに?勿体ないな」
「な、な、なんでそういうこと恥ずかしげもなく言えるんですか?!」
「本心だからな。いつもより大人っぽく見える化粧も、ドレス姿も良く似合っている」
「うう・・」
ハルカは唸るようにして俯き顔を赤くしているが、俺は顔からドレスに視線を動かす過程であることに気づいてしまった。
ハルカに胸がある。
いや、女性なのだからあるのは当たり前なのだが、なんというかサイズが。
普段はシャツに隠されているからその双丘を目にすることはないが、今はしっかりと谷間が確認できる。
何を馬鹿なことを考えているんだと思う自分もいたが、まあ仕方ない。
許せ、ハルカ。
俺も男なのだ。
女性的な部分に目がいってしまうのは仕方がない。
そんなことを考えていると俺の不躾な視線の行く先に気付いたハルカが顔をさらに赤くしてわなわなと震えはじめた。
「~~どこ見てるんですか?!」
「・・すまん。言い訳はしない。男の性というものだ」
「さいってー、ラジアス様の変態!スケベ!」
普通こういう時は平手打ちが来ると思うだろう。
だが違った。
ハルカからは見事な打撃を鳩尾にもらった。しかも拳で。
「うっ・・・」
まさかそんなところに衝撃が来るとは思っていなかったので完全に油断した。
思わずゲホッと咳き込む。
「いったー。さすが鍛えてるだけありますね。イテテ」
「・・・おい、いくらなんでも拳はないだろ」
「知りませんよ!自業自得でしょ!兄仕込みの打撃を食らってその程度のダメージってのはさすがですけど反省してください!」
「兄仕込み・・・?」
「とにかく!練習はもう終わりで良いですよね?もう着替えますから!」
ハルカは俺をひと睨みしてそそくさと部屋から出て行った。
バタンと扉が閉まると俺はズルズルとその場に座り込んだ。
「はー・・・結構痛いな」
さすがにハルカの細腕の拳で倒れることはないが、なかなかの攻撃力だ。
確実に急所を狙ってきた。
兄仕込みと言っていたが、ハルカの兄はいったい何者なんだ。というか妹に何を教えているんだ。
「・・・結局、俺とは練習してくれるのだろうか」
まあこんなことがあってはしてくれたら御の字、ダメなら自業自得だろう。
帰るまでに機嫌を直してもらえれば良いのだが。
周りに母たちがいると面倒なことになりそうだと思いながらゆっくりと立ち上がり俺も部屋を後にするのだった。
すでに妹と思ってないんじゃ・・というごもっともなご意見は皆さまの海よりも広い心にしまっておいてください(笑)
もしくは感想などいただければ嬉しいです。




