42.勘違いの理由
明けましておめでとうございます。
評価&ブクマありがとうござます。
遅くなりましたが、今年も海のような広い心で読んでいただければ嬉しいです!
ラジアスの話によると、先にこの部屋でお酒を飲んでいたのはラジアスだったそうだ。
そこへ湯浴みが終わったルシエラがやってきたと思ったら、ラジアスもさっさと湯浴みに行けと追い出されたそうだ。仕方なく自室に戻って湯浴みの準備をしていると、そこへメイドがやってきてちょっとした不手際があり湯を溜め直しているので少々お待ちくださいと言われた。
ここまででもかなり時間をロスしたがさらに可笑しなことが続く。
湯浴みを終え部屋から出ようとするとなぜか扉が開かない。内側からしか鍵はかけられないはずなのにだ。これはもう外側から何かで開けられないようにしているようにしか思えないと考えていると扉の向こう側に人の気配が。
「おい、誰かいるか。扉が開かないのだが何か引っかかっていないか?」
「そうでございますね。立派な木の板が挟まっています」
「なんだフランツか。板って何だ。とりあえずその板を外してくれ」
「申し訳ございませんが、あと10分お待ちください」
「は?」
「大丈夫です。あと10分の辛抱ですよ」
「はあ?何を言っているんだ。ふざけていないでさっさと外さないか」
「あ、あと9分39秒です」
「おい!力ずくで開けるぞ!」
「そのようなことをしましたら、この老いぼれの身体は扉ごと吹っ飛ぶでしょうなぁ。坊っちゃんと違って鍛えていない私では大怪我するやもしれませんなぁ」
「・・・卑怯だぞ。なんだってこんな馬鹿げたことを・・・さては、母上の指示か!?」
「はて?最近耳まで遠くなってきたようで・・・歳は取りたくないものですな。あと9分弱ですよー」
「―――というわけだ。先ほどその10分が経ち、驚くほどあっけなく解放されてすぐにここに来たというわけさ」
「それは・・・お疲れ様です?」
「本当にな。で、急いで来てみればハルカは泣いているし、母上を疑わない理由が無い」
「本当にルシエラ様のせいじゃありませんよ?」
「信じるよ。母上もこんな馬鹿げたことをしなくても言葉で言ってくれればわかりますよ」
「そうかしら?貴方ハルカちゃんに対しては少し過保護のようだからどうかしらねぇ」
「そんなこと・・・あるか?」
私を振り返って見ながらラジアスは聞いてきた。
「どうでしょう?私はこのラジアス様しか知らないのでなんとも」
「その・・・煩わしかったりなどはしないか?」
「しませんよ!むしろいつもありがたく思っています」
「そうか」
ラジアスは少しほっとしたように笑った。いつもより目尻が下がったふにゃっとした笑い方。なにその顔、可愛いんですけど。
「・・・変わるものねぇ」
ルシエラが小さく呟く。
「なにか?」
「いいえ、なんでもないわ。それよりもラジアス?いい加減ハルカちゃんを隠すの止めてくれないかしら」
「ん、ああ。すみません」
この瞬間まで私はずっとラジアスの後ろに隠されたままだった。守ってくれようとしたことがわかっているので嬉しい気持ちと、ルシエラに申し訳ない気持ちが半々だ。
ラジアスの後ろからひょこっと出てきた私と目が合ったルシエラはにこっと笑った。
「ラジアス、そろそろハルカちゃんを部屋まで連れて行ってあげて」
「そうですね。だいぶ遅くなってしまったし、行こうか」
ラジアスは私の背に手を当てて扉に向かおうとしたので、慌ててルシエラに挨拶をする。
「ルシエラ様、今日はありがとうございました。お部屋や服もそうですけど、その他にもいろいろ」
「ふふ、良いのよ。ゆっくり休んでちょうだいね」
「はい、お休みなさい」
「お休みなさい、また明日」
私とラジアスはそのまま退室して与えられた部屋へと向かった。
部屋に残ったルシエラは残っていたワインを一口飲むと、閉じられた扉を見て溜息をひとつ吐いた。
「無意識であれなのよねぇ。気づいた時が怖いわ」
そこへコンコンと扉をノックする音が響く。
「フランツ?入って良いわよ」
ガチャッという音とともに扉が開きフランツが入ってくる。
「もう片付けてもらっていいわ」
「かしこまりました。して、どうでございましたか?」
「ハルカちゃんは私の予想通りだったけれど、ラジアスはねぇ。どうかしら?これまでのあの子と違いすぎてあれだけれど・・・ずいぶん気に入っているのは間違いないわね」
「さようでございますか。私も長年お仕えさせていただいておりますが、あのように坊っちゃんに睨まれたのは初めてでございますね」
「睨んだの?あの子がフランツを?」
ルシエラは少し驚いてフランツに聞き返した。
「ええ。お部屋の扉を開けましたら鋭い眼光でギッと。“何かあったらただじゃおかない”と目で語っておられました」
「ふーん、あの子がねぇ。ねえ、私が動く必要ってないんじゃないかしら」
「私にはわかりかねますが、坊っちゃんをラジアス様とお呼びする日も近いかもしれませんね」
「ふふ、そうなると良いわね」
「おや、奥様もずいぶんとアリマ様を気に入られたようですね」
「いけない?私、人を見る目には自信があってよ」
ルシエラとフランツは笑顔を浮かべた。
ラジアスは表面上人当たりの良い男だが、本来は良くも悪くも他人や物事に関心の薄い男だ。その彼が、ハルカが関わると今までと違った表情を見せる。ラジアスのことをよく理解しているものにしかわからない変化かもしれないが、理解しているものにとっては一目瞭然だ。
それが今の時点ではラジアスの言う通り妹のように思ってのことなのか、はたまた別の意味なのかは定かではないが、少なくとも今ここにいる二人は後者であったならば良いと考えるのであった。
ルシエラは「ちょっとハルカちゃんとお話したいからよろしくね」と言っただけ。
フランツは「かしこまりました」と言っただけ。
それだけで屋敷の使用人全員がルシエラの希望に沿って動く。
ルシエラ最強(笑)




