37.いざ、ガンテルグ侯爵家へ
大変お待たせいたしました!
私たちは今、ガンテルグ侯爵家の馬車に揺られてその侯爵家へと向かっている。
街の端には馬車の待合所のようなものがあり、そこにラジアスが予め呼んでいた侯爵家の馬車が停まっていた。買い物を終えた私たちは可愛らしい窓が付いたその馬車に乗り込んだ。
斜めに向かい合って座っているとはいえ、そこは狭い馬車の中。少し動けば膝と膝がぶつかりそうな狭い空間にラジアスと二人きり。自然と緊張感が高まり、私はペラペラと喋りだす。
「馬車に乗るのも初めてです」
「そうか。結構揺れるだろう?それに狭い。俺は馬車よりも馬にまたがる方が好きだな」
「やっぱり全然違いますか?」
「ああ。見える景色も違うし、特に信頼関係を築けている馬と走るのは気持ちが良いぞ」
「へぇー、良いなぁ」
「ハルカも騎士団の一員だしな。今度教えてやろう」
「本当ですか?ありがとうございます!」
思いがけない提案にワクワクしていると、斜め向かいに座るラジアスが身体をやや前に乗り出し私の髪に手を伸ばしてきた。
「・・・っ。なんですか?」
「あ、ああ、すまない。先ほどヘアピンをつけた時にも思ったんだが、最近香水か何かつけているのか?」
「え?臭いですか?すみません!」
「違う違う。その逆だよ。良い香りだと思ってな」
良い香り、私はその一言に密かにほっとしていた。好きな人に臭いとか思われていたら女として悲しすぎる。
「本当ですか?それなら良かったです。これジェシーさんとミリアさんがくれた香油の香りだと思います。夜寝る前に髪に馴染ませてるんで」
「そうだったのか。女性は甘ったるい香りを好むものが多いだろう?実はあれが結構苦手なんだが・・・ハルカの香りは爽やかで良いな」
そう言って香り以上に爽やかな笑みを顔に浮かべてこちらを見るラジアスに、私の心は高鳴るばかりだった。当のラジアスは「どうした暑いか?顔が赤いぞ。窓開けようか?」などと聞いてくる。
(この人モテるんだよね?今まで女性に困ったことが無いという割には鈍すぎじゃない?!)
そういえば。前にルバートが、ラジアスにわかりやす過ぎる好意をぶつけるご令嬢ばかりだったから意外と鈍い、と言っていたような。そういうことか。
自分から行かなくても相手から好意丸出しでガンガン向かってくるのなら苦労しないのだろう。では私もいくべきなのだろうか。でもそれで万が一にも気まずくなったらどうすれば。
そんなことをぐるぐる考えていると外の御者から声が掛かった。
「坊ちゃん、アリマ様。もうじき到着いたしますよ」
その声に先ほどまでと違った緊張が襲ってきた。ラジアスの実家。粗相しないようにしなければ。思わず膝の上に置いた手に力が入る。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「それは副隊長はご実家だからそう思うんですよ。私なんか、好・・・上司のご実家にお邪魔するんですよ?しかも副隊長の妹なら侯爵夫人の娘も同然よねとか訳の分からない状況・・・この緊張はいったい誰のせいなんでしょうかね」
「・・・・えーっと、すまん。俺のせいだな。申し訳ない」
この状況を作った張本人なのにあまりにのんきに構えられて少し腹が立った。少々棘のある言い方をしてしまったのは仕方がないと思う。
そんなやりとりをしていると、馬車がゆっくりとスピードを落として止まり、扉が開かれた。
ラジアスが先に降り、私の目の前にはラジアスの手がすっと差し出された。乗る時もそうだったが、当たり前のように行われるこういったちょっとした女性扱いが嬉しくもあり恥ずかしくもある。
慣れない私を気遣って、乗る時と同様に「お手をどうぞ、お嬢さん」などと茶目っ気たっぷりに言うものだから、私も素直に「ありがとうございます」と、その手を取った。
降りて目の前に現れたのは、目を瞠るほどの大きな邸宅だった。
思わず呟いてしまった「え?これ個人宅?ちょっとしたお城じゃん・・・」という言葉はラジアスの耳にもしっかりと届いていたらしく「城より断然小さいだろ。公爵家なんかはもっと大きい屋敷もあるぞ」と返された。
違う。そうじゃないんだ。
私は改めてラジアスはやはり貴族なのだということを思い知った。
「坊ちゃん。アリマ様がおっしゃりたいのはそういうことではないと思うのですが」
私の気持ちを代弁するかのように御者の男性が言った。
「・・・フランツ。もう子供ではないのだから、いい加減その坊っちゃんというのは止めてくれないか」
フランツと呼ばれた男性は緩く首を横に振る。
「いえいえ。『良い歳をして身を固めないような男はそれで十分』と奥様がおっしゃっていますので、坊っちゃんの要求は承服いたしかねます」
「っぐぅ」
ラジアスが押し黙る。この家での奥様 ―― ガンテルグ侯爵夫人の発言力の強さがうかがえる。
「さあさあ、坊っちゃん。お客様を放置して何をぼさっとしているんですか。早く中にご案内してくださいな」
「フランツさんの言う通りですよ、坊っちゃん。・・・っぶふ」
「おい、ハルカ。お前まで坊っちゃんとか言うんじゃない」
少し拗ねたように坊っちゃん呼びを訂正させようとするラジアスが面白くて笑いを堪えていたが堪らず吹き出してしまった。
鍛錬での強さだったり、普段は上司としての頼れる姿を見ることが多かった私にとって今のラジアスは新鮮で、いつもより近くに感じる。
「ふふっ、すみません。でも・・・副隊長が坊っちゃん・・・っぷ」
「・・・このっ。そんなやつはこうだ!」
なおも笑いが止まらない私の両頬をラジアスが思い切り引っ張った。
「いっ!ひょっほらにふるんれふは!いひゃいれふ!」
「おー、良かったな。笑いが止まったじゃないか」
ラジアスは笑いながら手を離す。私の笑いを止めたことで実に満足そうにしているラジアスだったが、それを見ていたフランツに「レディになんてことをなさるんですか。やはりラジアス様はまだまだ坊っちゃんで十分ですね」と溜息交じりに言われ、肩を落とした。
そこに追い打ちをかけるようにもう一つの声が響いた。
「まったく・・・フランツの言うとおりだわ」
風邪をこじらせておりまして、更新が遅くなり申し訳ありません。
年々、治るのに時間がかかるようになってきましてねぇ。
嫌だー。
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