32.お姉さんには教えても
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ガチャッと鍵を開けて部屋に入る。
ここは隊の敷地内にある普段は使われていない広めの会議室だ。
「たしかにここなら練習できますね。何と言って借りたんですか?」
「・・・それ聞きたいですか?」
私はこの部屋を借りるに至った経緯を思い出し、少し苦笑いを浮かべた。
「ええ。世間話的に聞きましたが、今のハルカの顔を見ていっそう聞きたくなりました」
「・・・」
やはりルバートは意地が悪いなと思いながらも、この会議室を借りることが決まった時のことを話し始めた。
練習相手は見つかったが、次の問題は練習場所の確保だった。
その辺の芝の上で練習するわけにもいかないし、出来れば誰かに見られたくもなかった。
そこで私はジェシーたちに相談することにした。ただ、なぜ練習相手がラジアスではないのかと聞かれた時には相談した手前、正直に答えるしかなかったのだが――――
「あらあら」
「まあまあ」
「ラジアス様のことを愛しているのね」
「あ、愛?!私はただ・・・好きだと自覚して」
「「それを愛しているというのよ!」」
私の言葉にかぶせるようにジェシーとミリアが言い切る。
「・・・私まだこの世界に来てから日が浅いのに、変じゃないですか?」
「何を言っているの。恋に落ちるのに時間なんて関係ないわ!気付いた時にはもう戻れない、それが恋というものよ!」
「そうよ~。ハルカはダンスで手を取られることすら緊張すると言って顔を赤くしている乙女なのよ?一番近くにいて支えてくれている存在を慕うようになるのはもはや必然よ」
「それに相手が他の方だったらそこまでドキドキしないでしょう?例えばセリアン様とか」
「あ、それは全然大丈夫ですね」
「・・・なんだか少しセリアン様が可哀想だけれど、そういうことなのよ」
「それに殿方の為に綺麗になりたいなんて、これを恋する乙女と言わずしてなんというの?」
「わた、私は自分に自信を持ちたいだけで――」
「同じことでしょう?恥ずかしいことじゃないわ。自然なことよ」
「ハルカが自分から綺麗になりたいなんて嬉しくて泣きそうよ」
「こんな良い素材を目の前にしてろくにお手入れもさせてもらえないだなんて、なんて苦行かと思ったわ」
「恋は人を変えるって本当ね」
「あ、そうだわ。お化粧道具や美容関係は任せてちょうだい。腕が鳴るわねジェシー」
「ふふふ、本当に。楽しくなるわよミリア」
二人で手を取り合って盛り上がっている。その勢いに押され気味だったが肝心なことを思い出した。
「あのー、ダンスの練習場所なんですけど」
「あ、そうだったわ。嫌だわ、はしゃいでしまってすっかり忘れていたわ」
「使っていない会議室があるのよ。ダンスの練習をする時は鍵を渡すから取りに来て。場所は――」
あっと言う間に練習場所も確保できた。やはり仕事のできる二人である。見習いたい。
そんなことを考えていると、二人はニヤニヤしながらこちらを見ていた。なんだろう。とてつもなく嫌な予感がする。
「じゃあいろいろと決まったことだし、あとはお休みなのよね?いつハルカが自分の気持ちに気が付いたのかとっても気になるわ」
「ラジアス様のどういったところが好きなのかしら?」
「どうしましょう。聞きたいことがたくさんだわ~」
「「さあ、行きましょう!」」
こちらが何かを言う前に問答無用の笑顔で私の背中を押して歩き始めた。こんな時の二人には逆らえないと今までの経験で知っている私は大人しく言うとおりにする。
どこの世界でも女子は恋愛話が好きなんだなと晴れ渡った空を遠くに見ながら思った。
「と、まあこの後1時間以上拘束された次第です。何笑ってるんですか?」
「ふふ、失礼。女性はそういった話が好きなのだなと思いまして」
ああ、私も同じことを思いましたよ。やはりこの世界でも男から見ても女はその手の話が好きだと思われているんですね。これが本当の世界共通。
「それと、ジェシー嬢が意外と率先して盛り上がっていることに少々驚きました」
「え?」
「あのお二方はとても落ち着いていると思っていたもので。やはり年頃の女性なのだなと思いまして」
「そうなんですか?私といる時は大体そんな感じで、頼れるお姉さんといった感じなんですけど」
「では、我々といるときは仕事に徹しているということなのでしょうね。―――ではそろそろ練習しましょうか。せっかくハルカが苦労して部屋を確保してくれたことですし」
まだ少し笑いながらルバートはこちらに向かって手を差し出す。少し緊張しながら「よろしくお願いします」と言ってその手を取った。
伸ばしたルバートの左手に自分の右手を重ね、左手はルバートの右上腕に置く。そしてルバートの右手が私の左肩甲骨に添えられたのを合図に少し体を反らした。ホールドは問題ないはず。ただ、近い。ルバートのリードでゆったりと動きだす。
「基本姿勢はしっかり入っているようですね」
「講師の方にみっちり扱かれていますからね」
「それは結構。ですが・・・私相手にこんなにガチガチでは副隊長と踊る時はどうなってしまうんでしょうね」
ルバートが苦笑を浮かべて私を見ている。しょうがない。そうならないために練習しているのだ。
「そうそう。ハルカは副隊長のどこを好きになったんですか?」
「え?」
「ジェシー嬢たちには話したのでしょう?私もとても気になります」
「・・・言いたくありません」
「なぜです?減るものではないですし教えてくださいよ」
いや、減る。主に私の精神力が削り取られる。
「絶対言いません!ルバート様からかう気満々じゃないですか」
「おや、失礼な。そんなつもりはありませんよ。―――まあでも緊張も解れたようなのでここまでにしておいてあげましょうか」
言われてみれば肩の力が抜けている気がする。最初よりもだいぶリラックスできているようだ。
「・・・なんだか悔しいですけど、ありがとうございます?」
「ふふ、なんですかそれ。まあ頑張って早く副隊長と踊れるようになりましょうね」
こうして意地悪だが優しいルバートとの練習は続くのであった。
このままいくとルバートは何でも相談できるお兄ちゃんポジション(笑)




