3.もふもふの名前
「ねえ、名前なんて言うの? 私は春歌」
獣を追いかけて森の中を進む。
無言の淋しさに耐えられなくなった私は声をかけた。
『ハルカか……珍しい名前だな』
「そうなの? 私のとこじゃそんな珍しくもないんだけど。で? 名前は?」
『……ユーリティウスヴェルティ』
「ユーリティウス……えーと、もう1回お願いします」
『……はぁ、もうユーリで良い』
「いいの? ありがとう、長くて舌噛みそうだったんだー」
呆れたようなユーリのため息が聞こえる。
『貴様は存外失礼な奴だな。私にそんな口を利く奴はなかなかいないぞ』
これはあれか、もしかしてユーリはこの世界では神聖な生き物とかそういう存在なのだろうか。
庶民がうかつに触っちゃいけないやつなのだろうか。
こんなにモフモフで触りごこちが良いのに。
そう思いながらおもむろにユーリを撫でる、は~気持ち良い。家の犬のコタロウを思い出し思わず目尻が下がる。
『誰が触って良いと言ったか、おい! やめろと言っている!』
「いいじゃーん、こんなに気持ち良いのに! 癒されるのに! 減るもんじゃないし」
『癒し? 私で癒されるのか貴様は』
ユーリは少し目を大きくして物珍しそうにこちらを見た。
どう考えたってこのもふもふ癒されるでしょう!
「すごい癒される! 抱きしめさせてくれたらもっと癒される!」
『断る、さっさと歩け』
瞬殺である。
しゅーんとしている私にユーリが語るには、どちらかというとユーリは怖がられることの方が多いということ。
神聖ではないが畏敬の念をもって接されるということ。
そもそもあまり人前には姿を見せたりしないということだった。
「じゃあユーリが私の前に姿を見せたのはものすごく珍しいってことだよね?」
『そうだな、そもそも不法侵入者を追い出そうと思ってのことだ……それに』
「それに?」
『良い匂いがした』
「それって……泉の甘い匂いじゃなくて?」
『そんな物とは全く違う馨しい香りだ』
そういうとユーリは私の身体に鼻を寄せてクンクンと匂う。
『これが何なのか私にもわからないが良い香りなのは間違いない』
そんなに匂うのかと自分で嗅いでみてもさっぱりわからない。
でもこのおかげでユーリに会えたのであればグッジョブ私の何か!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後も歩くのかと思ったら面倒だから背中に乗れと言われた。
もふもふ堪能かと思いきや、すごい速さで走り出すので必死にユーリにしがみつく。
『なんだ、振り落とされるかと思ったがこれはなかなか……』
「ちょっと!! 振り落とす気だったの?! 乗れって言ったのユーリでしょ!」
このスピードで落とされたら打ち身じゃすまない気がする。
必死なこちらを気にする様子もなくユーリは森の中を駆け抜けていく。
『人など背に乗せることは滅多にないのでな。ちょっと試しただけだ。しかしこのスピードに乗れるのはラズくらいかと思っていたが、貴様はなかなか筋が良い』
「ラズってなにー? 人ー? っていうかスピード落としてーー!!」
まるでジェットコースターに乗っているかのように風をきっていく。
目が乾く! 歯茎が乾く!
『人だ。これから会わせる。もう黙っていろ。舌を噛むぞ』
私は言われた通りに黙って身を低くしてユーリにしがみつく。
ユーリの言ったラズさんとはどんな人なのだろうか。
それ以前にここはどこなのだろう。
聞きたいことは山ほどある。
ぐるぐる考えているうちに徐々に木々が開けてくると前方に大きな石造りの建物が姿を見せ始めた。
その建物はどんどん近くなり、森との境目に着くとユーリが下りるように促した。
「うわぁ、大きい……」
まじまじと建物を眺める。
うん、間違いない。お城である。
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