番外編 年始
明けましておめでとうございます。
『年末』があるなら『年始』も必要でしょう!
ということで、どうぞ!
「うへぇ、明日から仕事だ……」
食堂で朝食を摂りながらセリアン様がため息交じりに呟いた。
今日は年末年始に休暇を与えられた騎士たちの休み最終日。
つまり年明け休暇組は明日からが休みだ。
「まあまあ、3日間楽しんだんだからいいじゃないですか」
「そうは言っても2日目はほぼ死んでたけどな」
「……自業自得では?」
セリアン様たちは1日目は夕方からルグル酒を浴びるように翌朝まで飲み、2日目はその影響で夕方まで寝ていたのだから仕方がない。
朝食を摂りに食堂に行った際にかなりの人数が屍のようにそこら中に転がっていた。
ラジアス様が“荒れる”と言った通りになっていた。
普段の彼らと違い過ぎる姿に正直引いた。
「……言うな。そこまで含めて毎年の恒例行事だ」
「……いや、ちょっと何言ってるかわからないです。馬鹿ですか?」
「仕方ないだろ! ルグルが美味すぎるのが悪い! それに潰れてたのは俺だけじゃないだろうが。ルバートもだろ!」
「私がどうかしましたか?」
ルバート様がやって来てセリアン様の隣に座る。
「ルグル酒で毎年潰れるのは俺だけじゃないって話だ。お前もルグル酒にやられただろ?」
「セリアンと一緒にされるのは心外ですね。私はちゃんと部屋に戻り風呂に入ってから寝ましたよ」
「それでも夕方まで起きれなかっただろうが」
「違います。昼過ぎです」
「そんな細かいことはいいんだよ!」
「いや、どっちもどっちというか。ルバート様のほうが全然マシではありますけど」
そんなに危険なお酒なら初めから飲む量を決めておけばいいのにと思ってしまうのは、私がまだルグル酒の美味しさを知らないからだろうか。
「ハルカだって余裕こいてるけどきっと飲んだら止まらなくなるぞ」
「私今年は飲む気ありませんので」
「は? なに、お前。飲まないの? ルグルを? なんで? もったいねー」
なぜと言われても。
この世界に慣れたとはいっても、昔からお酒は二十歳になってからと思っていたので、この国でもう飲める歳だと言われても躊躇してしまう。
「飲んでいいんだから飲んどけって。本当に美味いから。年末年始はルグルを飲む! この国の常識だぞ!」
「量を飲むのはお勧めしませんが、ルグルは本当に美味しいんですよ」
ルバート様までそんなことを言う。
そこまで言われると気になってきた。
ラジアス様と相談して少し飲んでみようか。
そうだ、そうしよう。
先日のように騎士たちに絡まれないように二人で部屋で飲もうと言っていたから量もそんなに持ち込まないはずだ。
(自分がお酒飲めるかどうかもわからないし、ラジアス様に一口だけもらおうかな)
そんな事を考えて迎えた休日初日。
ラジアス様の部屋には私が運ぶのを手伝った樽より二回りほど小さい樽があった。
小さいといってもまあまあな大きさである。
たぶん一升瓶2~3本の量は入りそうな大きさだ。
「ラジアス様……」
「ん? どうした? ああ、これはルグルに合うチーズで、こっちは――」
「いや、それじゃなくて。そのルグル酒まさか全部飲む気ですか?」
「ああ。本当はもっと飲みたいところだが、明日もハルカと過ごすのに昼過ぎまで寝ていたらもったいないからな」
「へ、へぇ……」
嘘でしょ?
ラジアス様そんなにお酒飲めるの? と内心驚いていた。
「心配するな。俺は酒で失敗したことはない」
「それならいいんですけど。でも酔いつぶれたら即部屋に戻りますから」
「大丈夫、大丈夫」
そんな会話からスタートしたのだが。
「ハルカの黒い瞳は本当に美しいな。吸い込まれてしまいそうだ」
「ソウデスカ」
「この艶やかな黒髪も他の男に触らせるんじゃないぞ」
「ハイ」
隣に座る私の髪を指先に絡めながら言うラジアス様。
(これ、酔ってるよね?)
少し前からずっとこんな調子だ。
少しだけ注いでもらったルグル酒の美味しさに驚き、これは確かに飲みすぎてしまいそうだなんて考えていたのは少し前のこと。
この時はまだラジアス様もおかしくなかった。
「意外といける口だな」なんて言いながら、私に飲み過ぎないようにと言っていた本人が酔っている。
顔色は全く変わっていないが、いつも以上に甘い言葉が流れるように出てくるし、スキンシップが明らかに多い。
嬉しい、もちろん嬉しいよ?
けれどそれが続くともう耐えられなくなってくるといいますか。
恥ずかしさに居たたまれないといいますか。
そろそろ逃げたくなってきた。
だって、基本的にずっと私の手を握っているし、しかも指を絡ませるいわゆる恋人繋ぎってやつだし、髪を弄ったり、頬を撫でてそのままキスをしてきたりするし。
無理むり無理ムリ無理むり!
もう耐えられないって! 恥ずか死ぬ! ドキドキしすぎて心臓口から飛び出そう。
よし、もう逃げる!
「ラジアス様、酔ってますよね?」
「いや、酔ってない。まあ気分は良いが。まだ酔っていない」
「それ酔っ払いがみんな言うやつですって……。そろそろお開きにしましょう。潰れる前に寝たほうがいいですよ」
努めて冷静に。
私が照れると、それをまた嬉しそうに見てさらに甘い態度を取ってくるのでそうならないように。
ソファから立ち上がり、繋いだままの手を引いてラジアス様を立たせようとする――がビクともしない。
不服そうに私と繋いだ手を見て溜息を吐いた。
「ラジアス様ー?」
「もう少し一緒にいたい」
「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、まだあと2日間一緒にお休みじゃないですか。今日はもう寝ましょう。私も眠くなっちゃいましたし」
「眠いのか?」
こくんと頷いて肯定する。
恥ずかしくて逃げたいのも本当だが眠いのも本当だ。
おそらくルグル酒の影響だとは思うが身体がいつもよりポカポカしている。
まだ大丈夫だけれど、横になったらすぐ眠れそうだ。
だから早く立ち上がってくれないかなと思っていたら、不意にラジアス様と目が合った。
(あれ、なんか。……嫌な予感!)
そう思って繋いでいた手を離そうとした瞬間。逆にその手をラジアス様に強く引かれた。
「うわっ」
バランスを崩してそのままラジアス様に倒れ込む。
「あっぶな! 何するんですか、もう!」
文句を言いながら起き上ろうとする私を、押し倒された形になったラジアス様が下から手を伸ばし引き止めた。
まるで抱きしめられているような状況に私の心臓が酷くうるさい。
「ラ、ラジアス様」
ドッドッドッドと痛いくらいに心臓が鳴る。
ラジアス様は私を抱き込んだまま、「ハルカは怒った顔も可愛いな」と楽しそうに笑うとそのまま唇にキスをした。
「ちょっ、ん……」
「ははっ、本当に……可愛い」
「……ばか。酔っ払い」
「そうだな。酔っているのかもしれん」
赤くなった顔を見られたくなくて、そのままラジアス様の胸に突っ伏す。
すると、自分のうるさすぎる鼓動とは別に、ドクドクという鼓動が耳に響いた。
(あ、これラジアス様の心臓の音だ)
一緒にいて胸が高鳴っているのは自分だけではないのだと、そう言われているようだった。
(嬉しい……なんか、安心する――)
大好きな人に抱きしめられて、嬉しくて、安心して。
また今年もこうして一緒にいれるんだと、そう思ったら幸せで。
「……ハルカ?」
ラジアス様の心臓の音を聞きながら幸福感に包まれたまま眠ってしまったのだった。
まあそれを知ったのはもちろん翌日の朝だったのだけれど。
温かいなと思って目を覚ますとどことなく違和感。
いつの間にて寝てしまったのか。どうやって自分の部屋に戻ったのか。
あれ? と思っていると自分が掴んでいる何かに気づく。
まさかと思って少し首の角度を上げればそこには麗しいご尊顔があるではないか。
うわ、かっこいい。
(って違う!! 待て待て待て待て……! は? え? なんで?)
なぜラジアス様が私のベッドで寝ているのか。
いや、待て待て。そもそもここ自分のベッドじゃなくないか?
(え? まさか寝落ちした!? ラジアス様と同じベッドで寝ちゃった! ぎゃあー!! うわー!! どうしよう! どうする!?)
一人パニックに陥っていると、そのわずかな動きが伝わったのかラジアス様がもぞっと動いた。
(ヤバイやばいヤバイ! ラジアス様起きちゃう! か、隠れ……る場所がない!! ノォーー!!)
今の私にできることなんてその場で身体を小さくすることくらいだった。
目をぎゅっとつむり、頼むから二度寝しろと心の中で強く願ったが駄目だった。
「……ハルカ? 起きたのか?」
「……」
「おーい。なぜ寝たふりをするんだ」
「……(恥ずかしいからに決まってるだろうが!!)」
「……起きなければこのまま口づけするぞ」
「うわっーー!! あいたっ! 起きてます起きてます! おはようございます!」
がばっと起き上りそう叫ぶと、なぜラジアス様が床に転がっていた。
なぜ。
「ら、ラジアス様? なんでそんなところに?」
「お前……恋人をベッドから突き飛ばすのはどうかと思うぞ。まあ元気そうで何よりだが」
ラジアス様はそう言いながら顎をさすっている。
そういえばさっき頭に強い衝撃があったような。
(あれ? もしかして私、勢い余って頭突きを食らわせたあげく突き飛ばした?)
私が混乱している間に立ち上がったラジアス様は、先程までいたベッドに腰を掛けると、そのまま流れるような動作で私の頬にキスをした。
「おはよう、ハルカ」
「おおおおおはようございます! あの、これはいったいどういう状況で?」
「あー、どこまで覚えてるんだ?」
「ソファのとこで抱きしめられたところまで……」
「なんだ、全部覚えてるじゃないか。ルグルで記憶飛んだんじゃなかったんだな」
「いや、そんなに飲んでないですし」
「それもそうか。まあその後そのまま寝てしまったわけだが」
「やっぱり……」
でもそれなら叩き起こしてくれても良かったのに。
そもそもなぜ同じベッドで眠る必要があるのか。
「起こしたからな?」
「え?」
「自分の部屋に戻り寝るようにと起こしたが起きなかった。それどころか俺の服を掴んだまま離さなかったのはお前だ」
「す、すみません」
掴んでた。たしかに掴んでたよ、ラジアス様の服。
何やってるんだ私!
「本当にすみませんでした」
「そんなに気落ちすることはないだろう。俺としては役得だったしな」
そう言ってラジアス様はにんまりと笑った。
「愛する恋人を腕に抱いたまま眠れるなんて幸せなことだろう?」
「……!」
「可愛らしい寝顔も見れた。それに――」
「もういいです!」
何を言い出すんだこの男は。
いつも以上に言動に手加減がない。普段からちょこちょこと甘い言葉を囁いてはくるが、ここまでじゃなかった。
あわあわと視線を彷徨わせると、視界の端にルグル酒の樽が目に入った。
そうだ。ラジアス様はまだ酔っているのだ。きっとそうに違いない。
「べつに酔っていないからな? あれしきの量で酔うわけがないだろう」
私の思考を読んだかのようにラジアス様がそう言った。
「年も明けたことだしな。せっかく想いが通じ合ったのだから、今年はもっとハルカを甘やかしていこうと思う」
「それ年越し関係あります!?」
「……ないな。まあ俺の決意表明みたいなものだから気にするな。というわけで今年もよろしく頼む」
そう言ってラジアス様は返事をしようとした私の唇にキスをした。
(今まで以上に甘やかすって、もしかしてこれが通常運転になるの? 私今年のうちに心臓破裂して死ぬかもしれない……)
立て続けに降ってくるキスに翻弄されながら、年の初めにそんなことを思うのだった。
今年初投稿でした。
ここからはしばらく空くかもしれませんが、皆様に呼んで良かったと思っていただける物語を書いていけるように精進してまいりますので、本年もよろしくお願いいたします!
それでは、良いお正月をお過ごしくださーい(・∀・)




