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君に鉄アレイ

作者: 丘与式杞憂

「やあやあ、君!様子は見せてもらったよ。ずいぶんと退屈な日々の過ごし方をしているねー」

 就寝しようと思っていた俺は、突如聞こえたその声に体を起こした。その反動でベッドが揺れる。スプリングが強いのか、相変わらずよく跳ねるベッドである。

「ちょいと、お邪魔するよー」

 俺はよく跳ねるベッドの上で縦に揺れながら、視界を右から左へ横切る彼女を見た。視界の右側には、開け放たれた窓。一月の夜に窓を開け放つんじゃねえ、というツッコミは、しばらくの間出来なかった。

 彼女は二十代半ばぐらいの年齢に見える。全体的に白い、テレビなんかで見る滝行をするような服装に身を包んでいた。彼女は行く先にあった勉強机を見る。乱雑に積まれたノートや参考書などの一番上にあった課題集に手を伸ばす。

「あらら、あんまり進捗状況がよろしくないねー。冬休みもそんなに残ってないよ?」

「うるさいよ」

 あんまり進捗状況がよろしくない課題を勝手に見られたことに思春期男子らしく反発してみたものの、それは別に重要なことではなかった。いや、今後の苦労を思えば重要ではあるのだが、それよりもっと優先順位が高い重要なことがあった。

「……誰?あんた」

「誰って、そりゃあ」

 推定年齢二十代半ばぐらいの、全く面識のない彼女は言った。

「神様に決まってんじゃん。ほら、これ」

 そう言って彼女は、額に巻いたハチマキを俺に見えるように示した。『神様』と書かれている。『な?』って顔してやがる。

「な?」

 実際に『な?』と口にも出した。

 神様に決まっていると言われても、今のところ彼女に対する俺の認識は『やべー奴』であった。

『な?』じゃねーよ。

「これぐらい分かりやすければ、信じやすいかなーと思って。神様からの粋な計らいだよ」

「むしろ胡散臭くなってくる」

 部屋に鋭く入ってきた冷たい風と不審者に、俺は身震いをした。


 ◯


 心当たりは、まあないではない。

 神様、という単語から察するに、十中八九、今日参拝しに行った神社絡みのことだろう、多分。

『人混みはめんどいから初詣には行かない』と家族に公言していたにも関わらず、冬休みの宿題が全く手に付かず、親にそのことを言及されるのも嫌だったので、現実逃避の手段に用いたことは内緒である。

 それでも人混みが多いのは嫌なので、近所に二ヶ所ある、寂れた小さな方の神社に行った。境内に続く階段が地味に長いのが、人気の無さに拍車をかけている。ちなみにもう一箇所は、他県からも人が訪れる有名な縁結びの神社だ。

「……で?神様が来てくれたからには、俺を幸せにしてくれるんだよな?」

「その台詞だけで、君がしょーもない人間だってことはわかった」

 しょーもない人間、と言われたが、しかしそれで傷付く俺ではなかった。自覚はある。

「用事もないのに、神様が個人の家なんか訪ねないよな?」

「まあ確かに、用がないではないけどさ……」

 曖昧な返事をする神様。彼女は何やら言い淀んだ口調で、人差し指で眉間を掻いていた。

「知ってしまえば、もう後には戻れないぞ?」

 何やら神妙な顔だった。神だけに。

「……なんだよ。そんなオオゴトなのかよ」

「いや、なに。本当に大したことじゃないよ」

「焦らすなよ。気になるだろ」

「そこまで言われたら、仕方ないな。一度しか言わないぞ?」

「ああ。教えてくれよ」

 俺はそれ以降口をつぐみ、彼女の言葉の続きを待った。それを受け、彼女が意を決したように、口を開く。


「私が君の前に現れた理由はーーただの壮大なる、暇を潰す旅さ」


「……本当に大したことねーのな」

 ただの暇つぶしかよ。少しでも真面目になって損したぜ。

「久しぶりに参拝者が来たからね。君がどんな人か、興味本位で見に来ただけだよ」

「野次馬根性かよ…… まあ別に、いいけどさ……」

 俺も大概、暇であった。しかし暇だからと言って、課題に手を付ける気には全くならない。そんな面倒なことをするぐらいなら、この気の抜けた神様とお喋りをしていた方がよっぽど楽である。

「それはともかく、神様ってのは普通の人間みたいなんだな」

 二階の窓から入ってきた辺り全然普通の人間ではないが、外見に関して言えば普通の人間だった。いや、普通以上だな。美人系だ。

「いや、見た目は好きに変えられるんだよ。神様だし。誰に対してどう見せたいかは設定が可能だ。ケータイの着信音を一人一人違うものに設定するみたいにね。君から見たら、ナイスバデーな美人に見えているだろう?」

「何気にすげー能力だな」

 さすがは神、なんでもありだ。

 そんな説明を受けた後で、俺は神様の顔をじっと見てみた。確かに美人ではあるのだが、しかし俺の好みではなかった。

「ほら、だって君、歳上にいじめられるのを所望しそうな人相だし」

「人の人相を決めつけるな」

 歳上にいじめられるのを所望しそうな人相ってなんだよ。

「それに俺は、どちらかと言うと歳下をいじめたい」

「君の歳で歳下と言うと、それはもうロリ……」

「言うな」

 みなまで言うな。

 それにいじめって言っても別に、暴力とかモラハラとか自殺教唆みたいな、『いじめ』と平仮名でポップに表現すべきではない陰湿な犯罪行為のことを言ってるわけじゃないから、どうか俺のことを叩かないでほしい。非難しないでほしい。もっと可愛げのある、ラブコメチックな『いじめ』である。少女漫画とかにありがちな『いたずら』レベルだ。

「君がモノローグで誰に釈明しているのかは分からないけれど、まあそれはどうでもいいか……」

 彼女は呆れ顔を浮かべる。その様は、見れば見るほど人間にしか見えない。

「なあ、神様。姿形が変えられるなら、俺よりも歳下の姿になってくれよ。俺は歳下が好きなんだよ」

「あー、無理無理。もう決まっちゃったから。誰からどんな風に見られるかは調整可能だけど、一度決めた姿はもう二度と変えられないから」

「なんでそこだけ融通が利かないんだよ」

「やり直しなど出来ないのが人生だから」

 人生ってお前、そもそも人じゃねーじゃん、というツッコミが頭に浮かんだが、しないでおいた。それよりも気になることが、今の俺にはあった。

「なあ、神様」

「なんだい?」

「……これからも、俺につきまとうつもりか?」

「いや、別に?」

 予想外の答えに、俺は腑抜けた声を出した。

「え?つきまとってくれないの?」

「つきまとって『くれる』ってなんだよ、君」

 最初から思っていたことだが、彼女は直接俺のもとまで訪ねてきたわりに、イマイチ俺に対する興味が薄いように感じる。

 とは言っても、本当に単なる暇潰しのために、神様が個人の家になど現れるだろうか?そう思っての質問だったのだが。

「いやだって、俺をいじっているうちに楽しくなって、もっと俺を困らせたくて神の力で俺のクラスに転入してきて、俺がお前にひと気のない屋上とかで状況説明を求めているところをクラスの女子に見られちゃったりして、なんやかんやで俺がモテモテでハーレムを築く話に膨らんだりしないの?」

「いやいや。どこの少年向けラブコメだよ。神の力で転入なんてさせるなよ。学校なんてめんどくさい所、神になってまで通ってられるかよ。そもそも一人の人間にそんなに構ってられるか」

 神は俺の疑問をぴしゃりと一蹴した。

「そんな…… じゃあ俺は、どんな方法でモテモテになればいいんだ……」

「そこは君、もう一つの縁結びの方に行けよ。うちの数少ない参拝客に言うのもなんだけど、安産祈願の神である私を祀るうちの神社に来るのは圧倒的に早計だよ」

 至極真っ当なことを言われた。テキトーなこと言いながら、腐っても神様ってか。ぐうの音も出ねえや。

「人の多いところは嫌だ」

 それに縁結びの神社なんて、カップルまみれじゃねーか。モテないことに劣等感を抱く俺にとっちゃ、死にに行くようなもんだ。

「そ、それじゃあ、学校以外で会って、力を貸してくれる展開は?放課後の作戦会議みたいなさ」

「いやでも、君に対して抱いた感情は、隔週に一回ぐらい顔を見たら充分程度だしなあ」

「近所の人レベルじゃん」

 ある日俺みたいなモテない男子学生の身に美人の神様が取り憑いて、なんやかんやで女子から大人気になる展開じゃないの?

「そもそも私は取り憑くタイプの神様じゃないし」

「マジかよ…… 本当にアンタ、何しに来たんだよ……」

「だから、暇潰しだって」

 人ならざる者が俺の家に入り浸り、なんやかんやで都合の良いストーリーを展開されるのではないと分かったら、なんだか全てがどうでもよくなってきた。突拍子もない今後の展開に期待した分、反動で放心状態にもなる。

 そんな俺を見かねてか、神が口を開いた。

「……あーあー、そんなに落ち込むなよ。分かったよ。良い物やるよ」

「本当か!?」

「私の祝福でなんやかんやモテモテになって幸せになるって展開は微塵も期待しないでほしいけど、一応私も神様だしね。寂れた神社の主としては、信心深い人間を放っておくのも忍びない。だから、ほい」

 そう言って、彼女は懐から何かを取り出して床に放る。テレビのリモコンほどの小さなサイズのそれは、しかし大きな音を立てる。

 ボゴッ、て。

 床を抜く気かこいつ。

「……何これ?」

「何って、鉄アレイ」

「見りゃわかる」

「君は願っただろう?強い男になりたいと」

「……願ったっけ、俺」

 参拝には行ったが、強い男になりたいと願った覚えはない。

「『勉強せずに良い学校に進学出来ますように。課題が寝ている間に終わってますように。お小遣いが上がりますように。モテモテになりますように』…… 他にも色々な願いを、長々としていたな」

「うっ」

「他に参拝客がいなかったとは言え、君は五円玉に全てを託し過ぎだ」

「ご、五円玉を侮るなよ。五円だけに『ご縁』があるんだぞ」

「私が侮っているのは、五円玉じゃなく君自身だよ」

「それがなんで、鉄アレイに繋がるんだよ」

「君の願いって、まあ世間一般の冴えない男子学生がするような感じだったから、とりあえずそれで身体を鍛えて心身ともに強い男になったら、悩みごとなんて大抵解決するよ」

「鉄アレイじゃ課題は終わらねえよ」

 なんかすげえ投げやりな神様だ。

 俺の雑な願いが、雑に叶えられたってことなのか。

「まあ私も、暇じゃないからね。ここらでお暇するよ」

「潰しに来たんじゃねーのかよ、その暇を」

「君に幸あれ!鉄アレ!イ!」

「もしかして、その駄洒落が言いたかっただけかよ」

 とツッコミを入れながらも、それ以上会話は続かなかったーーあいつはいつの間にか、俺の部屋から消えていた。

「……まあ、いいか。どうせあの神社にいるだろ。参拝客が少ないみたいだし、隔週に一回ぐらい、文句を言いに行ってやるか」

 すっかり目が冴えてしまったところで、俺は勉強机に積んだ冬休みの課題と、ばっちり目が合ってしまった。

「……まあ、課題に負けない強い男になれば、あいつも俺を見直して、俺をモテモテにしてくれるかもしれないしな…… しょうがねえ、やっちまうか」

 結局あの神様の登場はなんのラブコメにも繋がらなかったがーー仕方ない。

 何事も、やれることからコツコツと、自分の力でやるしかないのだった。

「……さみーな。閉めてけよ、あいつ。一月の夜に窓を開け放つんじゃねえ」

 あいつが去ったことで冷静になった頭で、ようやくそのことにツッコミを入れることが出来た俺は、ずっと開けっ放しだった窓を閉めた。床に置かれた鉄アレイをなんとなく持ち上げて、数秒見つめて、また床に置いた。溜め息をつきながら椅子に座る。机の上に適当にスペースを空け、課題集を開いてペンを持つ。手を付けていない課題の多さに辟易しながら、俺はペンを走らせる。

 潰す暇があるあの神様を、俺はとても羨ましく思った。

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