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the super structure of cubic  作者: 鈴々
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その1

人類がチキュウという星を離れてはや数世紀。

彼らが新しい居場所として選んだのは、複雑に入り組んだ閉鎖的な空間がどこまでも広がる超構造体だった。

金属製の無機質で冷たい壁や天井。

よくわからない機械や装置が並ぶ建物。

どこまでも続く長く暗い通路。

どうしてこんな場所を彼らが選んだのか、理由を知る者なんてもうとっくにいやしない。

知りたいと思う者もいない。

私たちはただこの世界に生まれ、何の疑問も抱かぬまま人生を送り、そして死んでいく。

自分の生きる意味や、目的などを持つ必要はない。

ただ周りに流されて生きていくのが一番楽なのだから。

だからこの場所から出て行く必要もなければ意思もない。

この場所をもっと暮らしやすい場所にしようとは思はない。

もしかしたら何処かの誰かが少しは考えたことがあるかもしれない。

しかし、今この状況は人類がこの場所に住み始めた大昔から変化していない。

つまりこの状況を変えようと行動を起こした者は今まで一人もいない。

この世界が私たちにとっての全てなのだから。


時々考える。

チキュウというところにいたときには、ソラというものがあって、ウミというものがあったらしい。

ヒルがいて、ヨルがきて、タイヨウとツキが見えたそうだ。

キや、クサバナ、ドウブツたちという命が溢れていたらしい。

それは……、それらは一体何なのだろう?記録はどこにも残ってはいない。

構造体のメインデータベースにハッキングしてみたときも、それらの詳しいデータは残されてはいなかった。

昔はそれが当たり前のように存在していたらしい。

でも私たちはそれらのいないこの世界を当たり前と思い生きている。


時々思う。

それは、とても寂しいことなのではないだろうか。

もしかして私たちは、とても悲惨で残酷な世界を生きているのではないのだろうかと。

この無限に続くかのような暗闇の世界は、


「救世主ってさ、居ると思う?」

「それはもちろん私たちのことだと思う」

「僕達殺し屋が?君はまたずいぶん的外れな事を言う」

うしおっちはとても真面目な殺し屋さんだ。

クソが付くくらいの真面目さだ。

今まで彼は依頼を断ったことがなく、どの依頼もほぼ完璧に遂行している。

彼は暗殺を嫌い、ターゲットと真正面から向き合い確実に仕留める。

それが彼のポリシーなのだそうだ。

自分を危険に晒し、ターゲットにわざわざ「これからあなたを殺します」と名乗るなんて逃げられるかもしれない、逆に殺されるかもしれないようなリスキーな方法を取るなんて私には信じられない。

殺れればいいみたいな考えの私とはえらい違いだ。

そんな彼からの問いに、私は素直に答えたまでのこと。

「依頼主から見れば、確かに僕らは救世主なのかもしれない。殺してほしい人間を、自分の手を汚すことなく殺す事が出来る。だけどそれは殺される方からしてみれば救世主どころか死神だ。自分のことを殺そうとする相手を、救世主とは思わないだろう?」

グラスの氷がからんと音を立てる。

薄暗い照明の向こうから、うしおっちの体の微かな輪郭と、はっきりとした声だけが彼の存在証明になっている。

それ以外に今この場で彼をうしおっちと断定できる術はない。

顔を近づければよいか?残念ながらそうしたところで私は彼の顔を見ることは出来ない。

だって彼はいつも仮面をしているから。

私は彼のその仮面の下の素顔を一度も見たことがない。

意外と美少年だったりして。

いや、もしかしたら今目の前にいるこの仮面のニンゲンはうしおっちではないかもしれない。

知らない誰かが彼の仮面を付けて、うしおっち本人のようにふるまっているのかもしれない。

でなければ、うしおっちは実は何人ものニンゲンが毎日入れ替わっているのかもしれない。

果たして彼はニンゲンなのだろうか?

失われたかつての技術が生んだ、アンドロイドなのかもしれない。

仮面の下は、まるで機械伯爵のような素顔が……。

しかし、そのようなことをあれこれ考え出すときりがないわけで、私は途中で考えるのをやめてしまった。

それにしても、どうして四階層はいつもこう薄暗いのだろう。

この階層は全体的に薄暗く、建物の中や、陰になる場所はほとんど何も見えないくらいに真っ暗だ。

しかしどの建物も強い照明をたこうとはしない。

いつも静かで、まるで誰も存在していないみたいに思えてしまう。

実際はちゃんとニンゲンが何人もいて普通に生活している。

しかし、動くものも、生きているものも、その薄暗い闇の中に吸い込まれてしまったみたいに気配を感じない。

だからたまに思う。

ほんとは初めから誰もいないんじゃないかって。

ここに存在している風に見える彼等は、本当はこの薄暗い闇が作り出した幻なんじゃないかって。

「私はそうは思わない。こんな世界にいるよりは、死んでしまって楽になったほうが幸せだと思う。だからね、私たちは彼らを救う救世主なんだよ」

「この世界から開放へと導く救世主だと?」

「そう」

「それはずいぶんエゴイスチックな考え方だね」

「そうかしら?こんなつまらない世界を生きる私たちにとって、ここから抜け出せることが幸せだと思わない?」

「君はこの世界が嫌いなのかい?」

「そう…だね。好きではないよ。生きる意味や目的、生きることの嬉しさや幸せ、この世界にそんなものがある?生産されるだけの私たちと、生産することだけしかない世界。こんな、なにもない世界が私はとても嫌い」

私はぼんやりとしか存在を確認できないうしおっちの輪郭に向かって言葉を投げつけた。

彼はしばらく何も返そうとはしなかった。

だから私は少し不安になった。

私の気付かぬ間に、彼もこの闇の中に消えてしまったのかもしれない。

そう思わずにはいられなかった。

でも、私の不安は彼の紡ぎ出した言葉によって消えた。

「…僕はこの世界が好きだ」

うしおっちはそう言った。

「例え、どれだけつまらなくても」

とても穏やかな声だった。

「どれだけ醜くても、それでも僕は好きだ」

無機質な世界。

無感情な人間。

動く事のない表情の仮面の下に、彼の感情というものを感じた気がした。

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