冒険者に登録しよう【1】
初めての場所は緊張する、1人だと余計に。
だけど、誰かと一緒になら楽しくなる。
トレバーとルーシーは、無事グレフルに入る事が出来た。
日が昇り始めたばかりの街は、人も疎らで、時折生活している主婦達が家事の為には外に出る程度。
煉瓦造りの建物を見上げれば、とても綺麗に建てられており文明の高さを感じる。
路には汚物が落ちていない為、衛生面もそれなりに進んでいるのかもしれない。
ただ、魔法がある分医学や科学は、また異なった形で実現されているのだろう。
トレバーはそう判断し、ある種の感動を覚えていた。
何事も、新しいモノと出会い、知的好奇心を刺激される時はとてもワクワクする。
どれ程の糞ゲーでも、パッケージを開ける瞬間は楽しいのだ。
因みに、ゲームのパッケージに付属されていた分厚い取り扱い説明書、ゲーム進め方やキャラ設定、ストーリー等細かく記載されていた物を読むだけでも楽しめたなと、ジェネレーションギャップを感じるそこの貴方様。
Wider worldでは、分厚い取り扱い説明書をしっかりと付属しておりますので、是非とも購入の御検討誠に宜しくお願い致します。
自警団隊長であるバレルは、入街時に案内を買って出た。
入街時に迷惑を掛けたお詫びだそうで、貰えるものは貰う精神のトレバーは有難く手を借りることにした。
「なー、バレルのおっさん。冒険ギルドってどんな所なんだー?」
「う、うむ、冒険ギルドとは街の様々な依頼が集まる場所であるな」
「そーなのか、冒険って割によろず屋って感じだな。冒険しないのか?」
「勿論街の中の依頼だけでは無いが、魔物素材や未開地区の調査や発見でも良いからな。冒険したければ、冒険も出来るのであろうが......日銭を稼ぐには、やはり街の依頼をこなす方が堅実だな」
「そっかー、流石バレルのおっさんは頼りになるなルーシー!」
「その、トレバー殿......」
「急に馴れ馴れしくてバレルさんが気持ち悪がってますよセンパイ」
「え?俺って気持ち悪いの?」
「はい、とっても気持ち悪いです」
膝を折り落ち込むトレバー、バレルは慌てて片膝をつきトレバーの顔を覗いた。
「ち、違うぞトレバー殿!その、急に砕けた口調になって、慌てただけなのだ」
「ば、バレルのおっさん!!」
感激のあまりトレバーはバレルの手を取る、この短い間にどれ程の友情を励んだのだろうか?
友情というものは時間では無い。
大切なのは、お互いを思う心なのだ。
ただ、現在2人が友情を感じているのは早朝の街中であり、普段娯楽の少ない奥様方が何やら楽しそうにしているが気のせいであろう。
骨と騎士とのラブロマンス等、売れないに違いない。
いや、もし売れるので有ればトレバーもその内姫騎士とラブロマンスを繰り広げる事になるかもしれない。
あ、やっぱり無いのだ。
骨はモテないのだ!
モテてはいけないのだ!!
「ところで、バレルさん。僕達はこの国のお金がないのですが、冒険者ギルドに登録するにはお金がかかりますか?」
「そういえば、先程言っていたな。冒険者ギルドに登録するのには金が必要だが、後払いでも良いのだ。誰もが登録出来る、ギルドにとっては先行投資の様なものだ」
「金といえばよ、バレルのおっさん。街に入る時に金は払わなくて良かったのか?」
「ああ、グレフルは人の出入りが盛んになる様に、街を出る時にしか必要無い。更に、1人あたり銅貨8枚という破格な値段で、これはグレフルの領主様の方針らしい」
バレルの説明にトレバーは取り敢えず相槌を返したのだが、少し疑問を感じた。
領地の運営にも金が掛かる。
破格と言われる価格ではは下手をすれば赤字となり、その領地自体の私兵や自警団等の給料が払えず防衛力の低下を招くのでは無いかと。
「でもよ、バレルのおっさん。それで領地は経営できるのか?」
「そこは商人の儲けや、冒険者達へ仕事の仲介から税金として引かれている」
「成る程なぁ」
ルーシーはそんな2人のやり取りを聞いて、ニッコリと微笑んだ。
入る時に金が掛からないという事は、下手をすれば出る事をしない、出来ないといった難民等が治安の悪化を招く。
人を招く事こそが目的なのか、トラブルの予感がするのだ。
しかし、トレバーとは違い、ルーシーの行動理由は自分が楽しめるかどうかである。
勿論この疑問を、トレバーには伝えない。
こんな面白そうな事をトレバーに伝えれば、きっと直ぐにでも発つことになり兼ねないのだ。
勿体無いじゃ無いか。
「先に両替に連れていく手もあるが、何分朝早い時間故、まだ商人ギルドは開いて居ないのだろう。逆に、冒険者ギルドは大体一日中営業しているからな」
「了解した、冒険者ギルドにさっさと行こうぜ」
冒険者ギルドへと向かう道、街行く人々はトレバーの姿を見て一瞬ギョッと驚くが、彼が笑顔で挨拶すると直ぐに納得した顔で挨拶を返した。
彼等の反応を見るに、魔族は少なくともこの街では受け入れられているのであろう。
髑髏に笑顔は作れないが。
「ルーシー、俺は屋台巡りとかをしてみたかったんだよ」
仕込みをしているのだろう、広場の立ち並んだ屋台では調理師達が忙しなく動いている。
昼飯時には、鼻腔をくすぐる様々な香りが立ち上る事だろう。
「成る程。ではセンパイ、両替したら回りましょうか」
「焼き鳥とかあるかなぁ〜」
「ふふ、トレバー殿。東の森で取れる兎肉は、引き締まった肉を香辛料を付けて焼いたものはとてもジューシーでな、一口噛み付けば肉汁が溢れ、絶品だ。オススメしよう」
トレバー達は日本人であり、兎肉を食べる文化は現代では少ない。
だが、それでもバレルの説明と、周囲に漂う屋台の香りから口から涎が出てしまう。
「美味そうだなぁ」
「バレルさん、香辛料等も手に入るのですか?」
「うむ、王都の物流には及ばないが、グレフルにもそこそこの香辛料といったものは充実してはいると思う。ただ、冒険者達には悪いが、あまり鍛冶屋は多く無いがね」
バレルの話を聞いていると、周囲の建物よりも一回りも大きい建物が見えてきた。
木造建築で作られているそれは、屋根が赤く塗装されており、看板は見慣れぬエムブレムが掛けられている。
「此処が冒険ギルドだ」
「おっきいですね、因みにあのエムブレムの意味は解りますか?」
「ふむ、その質問はギルド職員にしてあげるべきだろう。嬉々として答えてくれるはずさ」
「行くぞルーシー!俺達の冒険はこれからだ!」
異世界紀行 完
長い間ご愛読有難うございました。
「センパイ、さっさと入りますよ」
「ま、待ってくれルーシー!」
1人取り残されていたトレバーは、慌ててルーシー達の後を追った。
冒険者ギルドの内装は酒場と一体になっており、朝だというのに4人がけの丸テーブルには多くの人が座っており、落ち着き無く掲示板らしき物に目を向けていた。
トレバー達が入った事で、冒険者達の視線が集められるのだが、それも一瞬。
今時魔族は珍しい者では無く、堂々と品定めするのは愚の骨頂。
クラスメイトの女の子の地肌をみる思春期男子の様に、チラチラと見る物なのだ。
冒険者達をチラリとみたトレバーは、そこに巨乳美女のビキニアーマーを身に纏う戦士がいない事に落胆した。
それでも諦めきれず、せめてもと受付を見ると。
獣人だろうか?
ピコピコと可愛らしく揺れ動くうさ耳と、ふんわりと柔らかそうなピンクの髪の毛。
服装は肌の露出が多く、見る者を魅了してしまうであろう、ギルド職員が立っていた。
文化の違いなのかわからないが、肌の露出は高いどころか上半身は裸なのだ。
その姿に、トレバーも思わず感嘆してしまう。
「ようバレル、朝からお前さんが来るなんて珍しい事もあるな」
「ああ、フィーネおはよう。今日は旅人を冒険者ギルドに案内しに来たのだ」
「ほう、背後の2人かい?」
「初めまして、俺はトレバー。こっちはルーシー、流離の旅人さ」
いつの間に身につけたのだろうか、トレバーはアロハシャツの上に焦げ茶のトレンチコートに、シャポーを被っていた。
何処から風が吹くのか、肩に掛けられたトレンチコートはバタバタとなびく。
「旅人か、俺はフィーネと言う。見ての通り、ギルドの受付さ」
「僕はルーシーです」
3人の挨拶が終わると、バレルはフィーネに事情を話す。
トレバー達の登録と、その後に両替案内をフィーネに頼むと門へと戻っていった。
残されたトレバーは、友達と遊んだら、友達の友達と2人きりになった様な心境で非常に気まずい。
「ふむ、早速だが此方の紙に名前を書いてくれ」
渡された用紙は黄ばんではいるものの、植物を加工した紙であった。
「おや?この紙は植物を原料にしているのか?」
「あんた博識だな、最近はこの紙が主流になっているよ。細かく砕いた樹木と、モーラベットの乳を合わせて作ってるらしいが、あの勇者が考案したらしいぞ」
「ほう、勇者が」
勇者って、誰だ。
トレバーはそう思ったが黙っていた。
空気を読める骨なのだ。
モーラベットとは牛型のモンスターであり、Wider worldの世界でも野生のモンスターでもり、住民達に家畜として飼われてもいた。
温厚な性格の為、此方から攻撃しなければ襲われる事は無いのだ。
しかし、Wider worldのサービス開始直後、家畜として飼われていたモーラベットにプレイヤーがちょっかいをかけた結果、一撃で殺されたと言うのは有名な話である。
Wider worldと同じモンスターがいる事に首を傾げたトレバーであったが、考えても解らない事に悩むタイプでは無いのですぐにどうでもよくなった。
「ああ、勇者って奴はどうも違う時代から呼ばれているらしくてな、勇者の出現と同時に多くの技術が進歩しているって話だぜ。まぁ、おとぎ話とでも思っていてくれ」
「と言うことは、複数いるのか?」
「さぁな、そう言うのはアンペンシル法国が詳しいんじゃねーの?勇者を召喚とかしているらしいぜ、それより早く書けよ」
「すまない、気になったものでな」
勇者と言うのは地球、またはそれに属する世界から呼ばれた者たちの事では無いかとトレバーは考える。
だって、ファンタジーの王道なのだ。
その肩書きに相応しい実力を持っている可能性を考慮し、トレバーは一応警戒する事にした。
冒険者ギルドを出る頃には、恐らく忘れている程度の警戒心だが。
さて、登録に文字を書こうとしたトレバーは、文字が書けない事を思い出した。
自動翻訳はあくまで音声や文字を読み取る時に働くのであり、書くときには使えない。
いつだって、えきさいてぃんぐな翻訳に任せていたトレバーは、簡単な英単語も書けない。
そもそも英語で良いのかも解らない。
「あ、あのフィーネ様」
「何だよ気持ち悪いな」
「私よく考えたら、文字は読めるのですが書く事は出来なかったのでございます」
「ああ、お前ら遠くから来た旅人だったな。ここらの国の文字が書けないのか、それでどうして読めるんだかな」
不思議そうに白紙の用紙を受け取るフィーネ様。
とても優しく美しい半裸のフィーネ様は、桃色のうさ耳をピコピコと動かしてとても愛らしい。
因みに聡明な読者の皆様は既に気がついている事に間違いないが、フィーネ様は鍛え上げられた筋肉がとても美しく、桃色のうさ耳を生やした中年男性である。
ぼっちの飲食店には入れません。