街へ向かおう
特に意味もなく、携帯食料や、缶詰に憧れませんか?
小さい頃に、秘密基地でおやつを食べた時みたいな特別な気分を、大人になっても探したいものです。
鬱蒼と樹々が茂る森の中。
切り拓かれた木漏れ日の下を。爽快なエンジン音と共に魔導車は走る。
窓からは森の匂いを乗せた風が頬を撫でる。
トレバーは、LPを回復する事だけが目的の携帯食料を食べつつ走行している。
それが旅の醍醐味だなどとトレバーが言い出したからであり、顔を洗う余裕も身支度する余裕もあった。
携帯食料はパサパサで、口の中の水分全てを持って行き、味は素材の味であった。
要するに、不味いのである。
唾液の無い筈であるトレバーも、そのパサパサ感を味わい、早くも自分の選択に後悔していた。
ルーシーはと言えば、何時もの助手席では無く、今日は珍しく後部座席に座っている。
カセットコンロにヤカンを乗せて、紅茶の用意をしているのだ。
不思議なパワーで揺れない魔導車だからこそ出来るので、良い子の皆さんは危ないから真似してはダメだぞ!
お湯が跳ねて熱いからね!
ルーシーが食べているのは携帯食料ではあるが、胡桃などの木の実を乾燥させて砕き、蜂蜜で煮固めた物だ。
トレバーとは違い、人の食べ物である。
とても甘くて美味しい。
「紅茶が入りましたよ、砂糖は多めです」
「ありがと。あ、ルーシー、そう言えばさ」
「はい、何ですかー?」
「昨日村人の動きを止めただろ?アレって何かデカイ魔法でも使ったのか?」
トレバーが言っているのは、昨日訪れた村人達が、去り際に襲いかかろうとした時の話だろう。
昨夜聴きそびれてしまったのだ。
「あー、実は最初は村人の強さが解らず、毒魔法の麻痺毒の範囲魔法、降り落ちる粉毒を撒いてみました。一応、徐々に強くして行くつもりだったのですけど、彼等は最弱に調整した1段位の毒で動く事が出来なくなってましたね」
「え?嘘だろ?」
「マジです、マジ。2段位の麻痺毒にしていたら、地に伏して呼吸困難にでもなってたかと」
Wider worldでは、会得したスキルや魔法に段位が存在する。
最大10段位が基本であり、魔法やスキルの段位が高くなるほど威力や範囲、種類が増えて行く。
段位の上げ方は、キャラクターのレベルを上げる事で会得するスキルポイントを振る必要があり、有限なスキルポイントを如何に振るかがとても悩ましいのだ。
属性や、状態異常への耐性を、1段位得る事にもスキルポイントが必要な為、綿密な計算が必要と言われている。
勿論、スキルポイントは課金する事で振り直せる。
ルーシーは習得した魔法の1つに毒魔法を所持しており、段位は最大の10段位だ。
麻痺や毒で苦しんでいる敵を、一方的に嬲る事が出来る為、彼女は最優先であげている。
また、意識して段位を調整する事で、意図的に威力や効果、範囲を弱める事もできる。
例えば毒魔法9段位で解放される致死毒では、対象に即死レベルでダメージを与える効果の他にも、段位を弱める事で死亡までの時間を伸ばしたりする事ができる。
今回の場合であれば、最弱の1段階程度の威力まで落とした麻痺毒で村人達の動きを止めたのだ。
これは、Wider worldではあり得ない程脆弱である。
Wider worldのプレイヤー達が最初に訪れる始まりの街、その周辺の雑魚モンスターですら、麻痺などの状態異常にするには2段位以上の威力必要なのだ。
「あー、はい」
トレバーは取り敢えず優雅に紅茶を飲む事にした。
ルーシーの有料安全地帯のルームに設置されていた紅茶であり、ダージリンっぽい何かだ。
勿論無限に使えるようで、ルーシーは歓喜のあまり珍しく浮かれていた。
外見相応にはしゃいでいるところを、偶々朝早くに起きて来たトレバーが目撃し、2人で一緒に喜んだ。
喜びの理由をトレバーが理解したのは出発してからであり、その場のノリで喜ぶ事ができる程優秀な先輩なのだ。
「めっちゃヤバくね?この世界の人のヤバくね?軽く流行病で全滅しそうだわ」
「えーっと、そうと考えるのは早計かと。まず、僕たちはまだ彼等としか接触していません」
魔導車が鈍い音を立てて止まる。
本日数度目の交通事故である。
接触はしてはいない、追突しているだけだ。
「あぁ、また1つの命を奪ってしまった」
遭遇したのは全てゴブリンであり、トレバーも淡々とエンジンをかけ直す程度には慣れてしまった。
「彼等が弱かったとみて、今後も油断は大敵だろうかと。麻痺毒に対する耐性が必要無い人生を歩んで来たかのかも知れませんけれど」
「ふむ、状態異常に弱い可能性か。確かに此方はWider worldでは無い、そう考えれば、普通の生活で状態異常になる事も少なく耐性も得る必要がない」
「彼等の話では、この辺りに状態異常を引き起こすモンスター......いえ、魔物はいない様です」
「この世界では、スキルポイントは存在しない。もしくは、1度体験しなければ耐性を得る事をしないのかもしれないな」
「可能性は高いですね。更に強引に考えるのなら、その他の魔法やスキルの会得も1度体験する必要がある。その為、スキルや魔法、耐性等の存在を知らず、スキルポイントを余らせている為、僕たちWider worldのプレイヤーに遅れをとっているのかも」
「あくまで、可能性だな。その考え通りだとしても、長寿な種族で有れば俺達は殺されるだろう」
これから向かうのは街だ、話に聞いた冒険者達の中には2人の実力以上の存在がいるかも知れない。
そう改めて2人は警戒をさらに上げる。
「ところで、センパイに質問が」
「なんだー?」
「センパイは昨日からトイレとか一度も行ってない様子ですけど、食べた物は何処へ?」
「ルーシー......」
トレバーはキリッとキメ顔を作る、後部座席に座るルーシーには見えていないがこれは気分的に大切なのだ。
本日のトレバーは、とてもお洒落でナウいピンクのアロハシャツに、灰色のハンチング帽、水玉の短パンでとてもお洒落だ。
そして、お洒落でかっこいいトレバーは、ルーシーを振り返りウィンクと同時に言う。
骨なので両目には穴しかないが。
「アイドルは、トイレに行かないんだぜ☆」
そう、ナウでヤングなトレバーさんはアイドルだったのだ!!
アイドルならばトイレに行かない事にも納得できる、何故ならアイドルなのだ!
これ程の完璧な理論に、ルーシーも思わず納得してしまう!
「センパイって、アイドルだったのですね」
「あ、うん」
「へー」
「ごめん、嘘吐いた。実は、俺もわからないんだ。もしかしたら骨が太くなってたり、いつの日か破裂してしまうかもしれないな......」
「ふーん」
「本当ごめん、機嫌なおして」
珍しく高かったルーシーのテンションは、この短時間でマイナスに達してしまった。
腰まである長い髪の毛を弄っている。
この仕草は、退屈な時や気になる人に構って貰えない時に女性がやるのだとトレバーは本で読んで勉強した。
モテる秘訣というタイトルの雑誌だ。
その理由って事は、既にデートをしている中であり、秘訣も何も無いのではと感じるのは気のせいなのだ!
どうするトレバー!?
ルーシーのテンションを上げる前に街に辿り着けるのか!?
既に木々の間から、街の城壁が覗いている。
「ルーシー、咲かせてやろうぜ......俺たちの花火をよ」
取り敢えず不敵に微笑みながら言うトレバー、よく分からないが取り敢えずテンションを上げる作戦だ。
この花火というチェイスに、トレバーのセンスの良さが滲み出てしまう。
今は特に夏でも無い上、異世界の季節など分からないが、敢えて花火という言葉を使うのだ。
その理由はきっと、我々の想像出来ないほどに深い理由がある筈なのだ。
「センパイ、街に着いたら1人で挨拶をしてくださいね」
だが、深すぎる意味を後輩は理解出来なかった様だ。
トレバーは焦る、何故なら目的の街、グレフルの人々はきっとまた敵意を向けて来るのだ。
隣に愛らしい幼女がいれば、その敵意は弱まるのでは無いかという小賢しい目論みだ。
自身の為に後輩を生け贄にするという、何という悪魔的思考。
客観的に見れば、無垢な子供を人質に交渉する様に見えて、更に状況が悪化してしまいそうなのは気のせいだ。
「いや、待ってくれ」
「はい、どうしたのですか?」
「今回は下手をすれば街の人間と戦闘になる、門番や冒険者と呼ばれる者の中に、もしかしたら強力な人間が居るのかもしれない」
「可能性はありますね」
「なので、とても怖いので着いてきてください」
「うーん......」
「駄目?」
バックミラー越しに、トレバーは必殺上目遣いを繰り出す。
骸骨の瞳は真っ黒な空洞であり、正直何処が目か分からない。
それでも雰囲気が大切なのだ、僅かに首を傾げるのも素晴らしい高度なテクニックと言えよう。
アイドルトレバーさんの、そんな可愛らしい仕草にとうとう、後輩もノックアウトするのだ。
「おっけーですよー」
「ッシャオラ!!」
「向かい来る敵は皆殺しって事ですね」
「違います」
魔導車は走る、街へ向けて。
トレバーの説得は続く、目的地であるグレフルの明日はどっちだ!
古いって言われる言葉、ダサいって言われる言葉。
昔はカッコよかったんですよ。
だからきっと、一周回ってナウくてヤングになると思うですよねっ!
肩パッドとかっ!