森の中で【2】
本当に大切なのは、美しい景色を、美しいと思う心なのではないのでしょうか。
例えば、女性の裸体や、男性の裸体。
森の中に焚き火が灯っている。
トレバーは服装を正し、足を組んで今日会った事を考察した。
彼の服装は、ピンクのTシャツにGパンというラフなスタイルなので、服装を正すも何も無いと思うだろう。
だが、服装を正したという文章を入れる事で、何となく彼の真面目さを醸し出させて頂いたのだ。
「ではセンパイ、1つずつ行きましょう」
「うむ、擦り合わせだ」
ルーシーは既にエプロンは外しているが、それでもゴスロリのフリフリな格好では無く、ラフなTシャツとサスペンダー付きのズボンのままだ。
何故なら、この後は寝るだけなのだ!
「では、最初は現状確認から」
「まず、俺たちはVRゲームのキャラクターのままで、VRゲームでは無い現実の世界に来てしまっている。他者との連絡の手段は無く、強制ログアウトも起きなかった事から元の日本に戻るのは現状不可能だと言えるな」
「はい、僕も同じ考えです。それと、恐らくWider worldの世界では無さそうです」
「硬貨だな?」
「ええ、Wider worldの世界では硬貨が統一されています。これはWider worldの世界で、過去に世界が1つの国であったという設定に基づいている為、可能性は高いかと」
ふむ、とトレバーはうなづいて考える。
語源もそうだ、昼間の村長との会話でも感じていたが、話す言葉は日本語ではあるが、口の動きが異なっていたのだ。
Wider worldは世界中で遊ばれており、他国の人間とも協力する事ができる。
他国の人とのコミュニケーションを取る方法は、VRシステムの普及に合わせて進化した自動翻訳機能を用いている。
多少は翻訳の時間差は有るが、それでも日常会話でコミュニケーションを取ることは十分可能である。
現在も理屈は解らないが、その翻訳機能が働いていると考えるべきだろう。
「俺たちは、何処にいるんだ?」
「さあ?」
「さあって......」
「僕はセンパイに嘘を着けませんからね。強いて言うなら、元いた世界とは違う何処かと言うくらいです」
「異世界......って事か?」
「はい」
トレバーは頭を抱えて呻く。
何も解らない世界に、討伐対象として見られる自分の身体。
「次の目的は、取り敢えずは街ですね。彼等の言葉が本当でれば、冒険者となる事で僕らの身分証を手に入れる事が可能な筈です」
「もし、出来なかったら?街へ着いたら討伐されてしまったら?」
「その時は逃げましょうよ。少なくとも、僕はセンパイを見捨てませんよ」
トレバーが覆った指の隙間から覗くと、ニッコリと微笑んでいるルーシーがいた。
ああ、そうだった。
俺は先輩なのだ、彼に格好悪い姿は見せられないじゃないか。
トレバーはアウトドアが好きだ。
しかし、元の日本では多くの自然が失われており、星空は大気の汚染によって見えなくなってしまった。
ふと、見上げた空。
ゲームによる造られた物では無く、今観ている景色は本物の空だ。
天窓の様に切り拓かれた森、雲1つ無い満点の満天の星空。
その景色に、トレバーの心は澄み渡った。
「なぁ、ルーシー」
「はい、センパイ」
「目先の目的じゃない、もっと大きな目的を持とうぜ」
「大きい、とは?英雄にでもなるの?」
トレバーは答えず立ち上がり、ルーシーを見やる。
楽しそうな顔を見て、また馬鹿な事を考え付いたのかと呆れ顔のルーシー。
「ルーシー、日本に帰りたいか?」
「僕は何方でも良いですが?」
「俺は帰りたくない!見ろよルーシー!!」
両手を広げて空を見上げるトレバーに釣られて、一緒に空を見上げてしまう。
そこに広がる星空は、きっと普通の人なら心を奪われてしまう程の絶景。
「すっげーな!俺はこんな綺麗な星空初めてみたぜ!」
「確かに、綺麗なのでしょうね」
「だろう!?」
2人は暫し空を見上げていた。
会話も無く、時折焚き火から音が鳴るくらい。
どれくらいの時間そうしていたのだろうか、その沈黙を破ったのはトレバーであった。
「そうだ!」
「......どうしました?センパイ?」
「世界を見て回ろうぜ!Wider worldみたいによ!きっと綺麗な景色が一杯だぜ!!俺たち2人で世界を埋めようぜっ!!」
「......それは、きっと、素敵な事なのですね」
「だろ!?」
楽しそうに腰に手を当てるトレバー、先輩の威厳を保てたぞと、渾身のドヤ顔でルーシーを見やる。
だが、彼女はいつの間にか水色のテントに入っており、焚き火の前に立つのはトレバー1人だった。
「いつの間に!?」
「え?だろうって後に何も続かなかったので、寝ても良いかと思ったのですが」
「凄い良い事言ってたじゃん!アレは貯めの時間なんだよ!!この後すごい事言うよ〜っていうアレだよ!!」
「あ、ハイ」
「冷たい!この後輩冷たい!!」
「五月蝿いです、おやすみなさいセンパイ」
「おやすみっ!」
ブツブツと後輩への不満を口ずさみながらテントへと入るトレバー、寝袋に入った後輩の口元に浮かぶ優しい笑みを、彼が知る事は無い。
2人の怪物を、星空は静かに見守っていた。
楽しい事の前日は、不思議と笑みが溢れてしまう。
小さな頃はそれが当たり前でしたね?