森の中で【1】
満点の星空を最後に見た時を、貴方は覚えていますか?
雲一つない満天の星空の下。
人工的な明かりは何一つ無く、その光を遮る木々も、ぽっかりと空いた空間。
天窓のように星空が覗く。
物騒な村人達に見送られながら、トレバー達は魔導車を走らせ森を走っていたが、日が沈み出したから野営の場所を探していた。
丁度良く見つけた道沿いの空間、商人や旅人が休憩場所と使うのか、そこだけ木々が無く、雑草も周囲に比べ少なかった。
魔導車から降りてイベトリに収納はしようとしたルーシーに、雰囲気を味わいたいからとトレバーが我が儘を言ったので魔導車は片隅に停めてある。
「こう言うのはな、雰囲気が大事なんだ雰囲気」
「センパイ、雰囲気ではなく雰囲気ですよ」
「いやー知ってましたよー?ルーシーを試しただけなんですけどー!」
「と言うか、さっさと野営の準備してくださいよ。僕がやろうとすると怒るんですから」
Wider worldには時間経過があり、夜と昼でモンスターの強さや種類が異なる。
その為、安全地帯で野営をしたり、フィールドに安全地帯を作り出すアイテムが存在する。
後者は基本的に使い捨ての物だが、課金する事で永続的な安全地帯を作り出すアイテムを入手する事ができる。
有料の安全地帯には、場所だけに敵対者の進入を妨げる結界で囲う物と、建物を作り出す物がある。
建物を作り出すタイプは、外見の種類が多くある他、プレイヤー達が独自に作り出したMADを流用する事で、自分だけの外装にする事ができる。
ルーシーはこの課金アイテムで作り出した安全地帯は、別荘と呼べる程快適なモノとなっている。
火元や水回りだけでなく、お風呂やシャワー、柔らかいベットもついており、3LDKの空間だ。
課金アイテムで作り出す安全地帯は、空間魔法を用いている為、外見は簡易トイレ程の大きさでも、豪邸の様な内装にする事ができる。
その逆もまた然りではあるが、ルーシーの安全地帯は見た目は立派なゴシックな洋館、中身も立派なゴシックな洋館だ。
隠し通路の暖炉を通れば、4畳程の和室にコタツが置いてあるのだが、トレバーはその事実を知らない。
さて、トレバーがどうしてルーシーの安全地帯を気嫌うのかと問われれば、答えはアウトドアしてる感じがしないからである。
近代社会が進み、マニュアル車と一緒に自然も減った日本では、アウトドア出来るほどの自然も減ってしまった。
せめてWider worldの中だけでも、自然の中でキャンプをしたいと言う我が儘なのだ。
ルーシーは最初は面倒がっていたが、駄々っ子の様に寝転がって泣き叫ぶトレバーを見てからこの点だけは譲っている。
考えても見て欲しい、大の男が泣き叫ぶのだ。
因みにトレバーはソレを実行した日、1日中デスペナリティのステータス低下となっていた。
「ルーシー!ルームアイテムも普通に設置できるぞ!!」
「あ、ハイでしょうね」
「ルーシー!!焚き火を設置出来たぞ!!!」
「わぁ、すごい」
「ルーシーィィッ!!!此処を拠点とするッ!!」
「あの、早くしてくれませんかね?」
Wider worldにおいて、プレイヤーは自分のルームを持つ事が出来る。
ルームとは異空間に、プレイヤー達が独自に持つ空間であり、ログインやログアウト時はその空間でプレイヤーキャラクターは休んでいる設定なのだ。
七畳程の真っ白で無機質部屋は、プレイヤー達が作成する事のできる家具、ルームアイテムを設置し飾る事ができる。
勿論、課金をする事でルームのデザインや広さを変える事ができるのだ!
素晴らしい運営である!!
だが、安全地帯とは異なり、基本的にルームには自分のキャラクターしか入らず完全に自己満足でしかない。
更に、安全地帯にもルームアイテムを設置できる為、基本的にロールプレイでもしないプレイヤーは、初期設定の無機質な部屋のままである。
最も収入が少ないサービスの一つであるとは、運営自らの発表だ。
「出来たぞ!!」
焚き火の側に置かれた丸太、大人1人が入れる程度のピンクと空色のテントが2つ並らんでいる。
皆様の想像通り、ピンクがトレバー、空色がルーシーなのだ!!
「おー、これだけですか?」
「何を言う!この芸術的なアウトドアレイアウト!!この微妙な距離と、角度が分からんのか!!」
「すみませんね、まさか焚き火と丸太、テントを2つ設置するだけでこれ程の時間がかかるとは思いませんでしたよ。僕の記憶が正しければ、野営の準備を始めたのは夕方だったのですがね」
空は満天星空、月も高く輝いている。
時刻は既に19時を過ぎていた。
「えー、めっちゃアウトドアレイアウトじゃん」
「火元は?」
「この謎エネルギーで途切れる事の無い焚き火とかどうだ?」
「椅子は?」
「この丸太だ!無加工の倒木をフィールドで採取してきた匠の一品だぜ!!」
「......あー、LP減ってきたので料理しますね」
1人テンション高めに騒いでいるトレバーを諦め、ルーシーはイベトリから携帯コンロを取り出す。
火元は3つあり、魔力を源にする魔導車と同じで、火力も水場も自由気ままに使える。
トレバーがアウトドアレイアウトに拘る為、携帯カセットコンロや、固形燃料等のアイテムを使って行く中で、遂にたどり着いた極地。
もう普通のキッチンを携帯したいというルーシーの願いに答えた、真の匠の一品である!
というか、携帯とは名だけであり、調理台や水場、火元が揃っているただの調理場な気がするが、気にしてはいけない!!
「んーむ、ゲームとは違うからね」
ルーシーはウインドウを開き、ゴシックな服装からサスペンダーのついたズボンに水色のTシャツというラフな格好に着替える。
靴はスニーカーだ。
腕まくりをしてエプロンを装着、水場で石鹸や爪ブラシを使って丁寧に手を洗う。
備え付きであり、使った事も無かった石鹸等が使える事で、やはり此処が現実な事を実感してしまう。
「よし、手短に済ませましょう!」
鍋に水を並々注ぎ、1%の塩分にして火にかける。
大蒜1片を薄切りと微塵切りに分ける。
パセリを微塵切りし、唐辛子の種を取る。
この時、唐辛子を触った手で目や鼻等、粘膜が出る所を触ってはいけない。
地獄を見るぞ!
沸騰してきたお湯に乾燥パスタを入れ、少し硬めになるまで茹でる
フライパンにオリーブオイル、薄切りの大蒜、唐辛子を入れて、香りと辛味を付けて、大蒜と唐辛子を取り出す。
刻んだ大蒜と、茹でたパスタを入れて少し炒めて味付け、茹で汁等でパスタ同士がくっつかないようにしつつ、足りないようなら塩を振る。
最後にパセリを混ぜ、お皿に盛り付ければペペロンチーノの完成だ。
ゲームシステムで料理を行う時ではイベトリから塩や材料が消費されるのだが、本当の意味で自由に料理ができる様だ。
手を洗った石鹸や、調味料に減る様子がない事に首を傾げつつ悩むのは後回しにして、フォークと一緒にトレバーに渡す。
「え!?何かめちゃくちゃ美味しそうじゃん!」
「匂い等の五感も体験できますからね、ゲームシステムでは味や匂いまでは再現出来ないというか、しなかったらしいですよ」
VRゲームの中で食事をし、現実の世界で食事をしないう事を防ぐ為、味も香りもしない料理を一瞬で消費する仕様になっている。
料理人達は残念がっていたが、これも安全の為だ。
料理スキルは専らLPを回復する事だけが目的であり、丸焦げの肉を齧っても問題無かった。
だが、現実となった今では、キチンと味付け等を行わなくてはならない他、スキルを使用する事で出来ていた、一瞬で料理を作るといった事も出来なくなっていた。
体験したスキルによる恩威の変化等をルーシーから聴きながら、トレバーはルーシーと一緒で良かったと恐怖に震えていた。
Wider worldでも現実でも、トレバーは料理が下手なのだから。
「ただ、調味料等の味付けは自分好みに使えますし、ルームアイテム等備え付けの物は、もしかしたら無限に使えるかもしれません」
「消費アイテムとは設定が異なっていた、そのまま持ち越されているって事か」
「はい、不変が設定されている家具は、不壊と言いますか、変わらないといいますか」
「単純に、ルームアイテムには無限効果が有るとは思えばいいって事だな」
「はい、後はイベトリも便利になっています」
首を傾げたトレバーの目の前に、ルーシーはパスタを茹でた鍋を取り出した。
中には茹で汁がそのままであり、湯気も立っている。
「......何でも入るのか」
「ご明察、状態に限らず何でも入りますよ」
元は消費途中の物を入れる事はシステム上出来なかったイベトリ収納が、加工途中や消費途中の物も収納する事ができる様になったのだ。
これはあらゆる面で便利になったと言える。
ふむと、呟きながらトレバーはペペロンチーノをフォークで巻き、口元に運んだ。
ニンニクとパセリの香りと、程よい辛さと塩で味付けしたシンプルな美味さだ。
「美味いぞルーシー!」
「それは、とても良かったです」
ふとトレバーは、料理に手を付けずに此方を見ているルーシーに気がつく。
どうしたのだろうと首を傾げつつ、咀嚼し飲み込む。
「どうしたんだ?」
「いえ、センパイがどうやって食べているのかが気になってまして」
「どうやってって、普通に食べる......に...決まっ」
トレバーは気が付いた。
いや、気が付いてしまったと言えよう!
薄々感じてはいたが、敢えて気がつかない様にしていた事実。
「俺骨じゃん......」
そう、トレバーは骨だ!
アンデットのスケルトン種であるトレバーは骨だ!!
舌も、鼻も、内臓も無い骨なのだ!!
「ど、どうなってるんだコレ!?」
トレバーは味わい、咀嚼し、飲み込んだ。
垂れ流しになるのかと慌てたが、そんな事も無い。
最早パニック、トレバーはホラーが苦手なのだ!
「Wider worldって、プレイヤー達は種族を問わず食事出来ましたよね?」
「そうだった!!」
Wider worldでは、精霊種や妖精種、アンデットのゴースト種と言った、非実体系の種族も食事する事ができる。
この事実に多くのプレイヤーは種族的に可笑しいのでは?と質問したのだが、Wider worldの運営は「お供えに近い」と言う、謎のコメントを残し沈黙しているのだ。
取り敢えず、プレイヤー達は食事でエネルギーを得る事が出来ると言う共通のメリットで良いという結論に達した。
ゲームに可笑しいもクソも無いのだ!
Wider worldの運営が正義なのである!!
ペペロンチーノを食べ、コーヒーを2人して飲む。
調理場は既に仕舞われ、焚き木のパチパチという音のみが響く。
丸太に腰を落とした2人は暫しこの無音を楽しんでいた。
時折獣の鳴き声が聞こえるが、安全地帯には結界が貼られており、許可しなければ誰の立ち入りも許さない。
勿論課金アイテムだからだ。
Wider worldで、トレバーは安全地帯を作り出す事だけの効果を持つアイテムを購入し、こうしてキャンプを楽しんでいた。
何故なら、トレバーはアウトドアでワイルドな男なのだから!!
「さて、情報を整理するとしよう」
「はいセンパイ」
やっと、直接敵意を向けられた事からトレバーは立ち直る。
元々はただのサラリーマンだ、明確な敵意や殺意とは無縁に生きてきた。
昼間に村人達から向けられたソレは、彼の心を大きく消耗させていた。
それでも、暖かい食事を食べた事で、彼は如何にか立ち上がる勇気が出てきていた。
2人の怪物の夜は更けていく。
星空は何処でも見れます。
ただ、街中ではその光は儚く届かないだけなのです。