最初の村へ【3】
ようやく村へ辿り着く事が出来ました。
出会いは一期一会、皆様は人々との繋がりを大切にしましょう。
大切な物を無くした損失感に包まれた、トレバーとルーシー。
それでも魔導車は走り続ける、何故ならそこに道が有るから。
「センパイ、せめて道を走りませんか?人里が有るとしたら、道沿いのはずですし」
「あー、さっきから探してるんだか......道無くね?」
「無いですね」
それでも魔導車は走り続ける、何故なら道とは自らが通った後なのだから!
さて、人里を探している2人なのだが、先程からモンスターすら遭遇しない。
Wider worldでは、強い敵になる程高度なAI思考を持つ。
知能の低い弱い敵は、草原や森を徘徊して、食物連鎖の礎となる。
そろそろ遭遇しても良い頃だと2人が思っていると、ルーシーが探査範囲に敵影を発見した。
「センパイ、10時の方向に敵影です。数は1匹、産まれたばかりか、強者か、馬鹿です」
空中に表示されるミニマップから目を離し、ウサギヌイグルミから双眼鏡を取り出し覗く。
Wider worldでは、アイテムを出し入れするイベントリの入り口は様々な種類がある。
ガマ口やリュック、腕輪や胸の谷間等、キャラクターに合った場所や物をイベントリにする事ができる。
勿論有料である。
ルーシーはウサギのヌイグルミ、その背中のジッパーがイベントリの入り口となっているのだ。
なぉ、イベントリアイテムは課金アイテムの為、不壊属性を得る。
Wider worldのゲームの中では、敵の防具破壊攻撃等を、イベントリのカバンで防ぐ猛者が出てくる事も必然であった。
戦闘中にイベントリアイテムを盾にする様な事は計算外だったらしいが、面白いからと運営はそのままにしている。
これはルーシーがウサギのヌイグルミを愛用している理由でもあり、中には夢が詰まっている。
不壊属性を得たヌイグルミ、ゲームシステム上武器として扱われない為、ステータスやスキルの恩威は得られないが、それでも破格の性能なヌイグルミとなりえる。
イベントリ兼サブウェポンなのだ。
なぉ、実際はダメージを与える事が出来ないので、ゲーム内ではネタアイテムであった。
「ルーシー!」
「どうしましたセンパイ?」
「10時の方向ってイマイチ解らない!」
「お茶碗持つ方の正面寄りです!」
「お茶碗って左!?」
トレバーの事を無視し、ルーシーは双眼鏡で先を覗く。
草原の先には、1匹の妖精が居た。
肌は緑、鼻と耳はとんがり、下卑た顔と低身長の妖精さん、ゴブリンが徘徊していた。
此方には気が付いてない様だ。
「ゴブリンですね、無視しますか?」
「ゴブリン1匹か、もし今本当にゲームの中に入っているのだとしたら、これからの戦いはゲームでは無くなるって事だからな。モンスターにしろ、人にしろ、いずれ命を奪う事になる......」
「そうですね、あ、もうちょっと左です」
「だから最初の1匹で、命を奪う覚悟や、実際に戦えるかを確認するべきだと俺は思う」
「そうなんですか、良いです、そのまま真っ直ぐ」
「実際俺は怖い、命を」
魔導車は、何か重いモノに激突して停車した。
急な衝撃に、身体が若干浮く2人だが、シートベルトをしていたので、無事怪我も無い。
魔導車も不壊属性があり、壊れる事は無かった。
無かったが、汚れはする。
魔導車のフロントガラスには、走行エネルギーを全て受けたソレの血がベッタリと付着し、早速命を無慈悲に奪った事実が現れていた。
そう、トレバー達の初のモンスター戦は、特に心境とか関係無しに、ゴブリンの人生の様に唐突に終わりを告げたのだ。
「......ルーシー、一応聞くけどさ」
「何ですか?センパイ?ゴブリン倒せましたよ、しかもゲームではあり得ない事に、魔導車に攻撃判定がありました。やはり、これは僕達はゲームの中に入ってしまったと考えるべきですよ」
「いや、うん。ソレが見つけたゴブリンなんだよねー......うん。いや、俺はこう、所詮だし命のやり取りの緊張感とか、命の重さとかあるかなーって......ね?俺たち普通のサラリーマンじゃん」
トレバーは血塗れのフロントガラスを見て、蒼白になっていた。
骸骨なので元から真っ白だが。
隣のルーシーは、キョトンとした顔で首を傾げる。
「ここは現実ですよ?つまり、既に3次元という事ですから、生物なんてただのタンパク質の塊だと思うんですけれど......?」
「そっかー、2次元じゃないからねー」
どうやら、ルーシーは命を奪う事に躊躇いか無い様子であり、それを見たトレバーは悩む。
センパイとして、無慈悲のお手本になるのか、もしくは人として出来る限り命を奪わず行くのか。
悩んでいるトレバーを尻目に、ルーシーはフロントガラスの血を魔法の水で流す。
ルーシーの人間関係はとてもドライであり、肉親や友達との付き合いも損得で考えていた。
その為、付き合いを断つのも、相手が死ぬ事にも、大した感情は浮かばない。
ただ、トレバーに対してだけは違う。
トレバーといても、基本的には損しか無いだろう。
能力的には無能では無く、有能とも言えるトレバーだったが、馬鹿をする事に全力を注ぐ。
ルーシーはトレバーと馬鹿をするのが好きだった、それは損得勘定では無い、良くわからないモノだ。
「うーむ、やっぱり駄目だ。命を奪う事は極力避けよう」
「はーい、あっ!でも自衛とかはどうすれば?」
「あー、そうだなぁ。話が通じない奴と、身を守る時は躊躇わなくていいか」
「というか、不殺に拘るのはどうしてです?」
「面倒なんだよ!知恵がある系は不用意に手を出すとこっちが悪くなる!営業でも散々味わった!駆け引きだ!!男は如何なる時もハードボイルドに!!」
「まぁ、センパイの決定に従いますよー」
ルーシーは双眼鏡を覗き周囲を観察し、あっと小さな声をあげた。
どうやら建造物を見つけた様だ。
「センパイ、そんな事より遂に人の集落らしき物を見つけましたよ!!」
「まじか!可愛いお姉さんはいるのか!?」
「えーっと、何故だか皆さん柵の入り口らしき所に集合してますが、居ませんね。皆んなババアです!」
そんなぁ〜と思ったトレバーの脳細胞は、瞬時に思い出した。
ルーシーのババア対象の年齢を。
「まって、お前のババアは信用できない!」
「因みに、こう言った集落では暇つぶしがないので、エッチなことしてるらしいですよ」
トレバーは巨乳で清楚な女性が好きだった。
何でそんな事言うの、もうこれから相対する人達を見る目が変わっちゃうじゃんと、目頭を押さえ震えた。
因みにこれはルーシーの偏見であり、トレバーに対する嫌がらせでしか無い為、全国の女性の皆様はとても清楚で可愛らしく美しいと思います。
魔導車が集落の入り口まで辿り着き停車する、村人達は脅えていた。
何故脅えられているのか心当たりの無いトレバーは首を傾げ、ルーシーに心当たり説いた。
「だって、センパイ骨じゃん」
そう!骨だったのだ!!
トレバーは忘れていたのだ!!
自分がアンデットの仲間、スケルトン種で有る事を!
冷静に考えれば、プレイヤーだからとフレンドリーに接するNPCとは違うのだ。
因みに、現在村人が脅えているのはトレバーでは無く、未知の塊である魔導車に対してだ。
「待って、俺達これからの人生ルナティックじゃね?」
「いぇ、ぼくはかわいらしい、ようじょですよ」
「辞めろ、舌ったらずな話し方するな。虫酸が走るから、マジで」
「うわー、酷いなぁ。取り敢えずおりません?」
代わりに交渉してくれと視線を送ったトレバーだったが、自分の身体を指差し満点の笑顔を浮かべるルーシーを見て、ため息を吐いた。
交渉とは、姿形も含まれ相手に舐められる為、子供姿のルーシーは向いていないのだ。
必然的にトレバーが、交渉テーブルに立たざるを得ない。
「営業リーマンの力見せてやるよ」
「期待してますよ、センパイ☆」
ガチャリと魔導車のドアを開けトレバーが降りると、人々は恐れ慄いた。
未知なる物体から、骨の化け物が降りてきたのだ。
「と、止まれ!!」
若い男が、木の棒に刃物を括り付けただけの、粗末な槍を構えて叫んだ。
この時点でトレバーは逆に落ち着いた。
交渉テーブルに立つにあたり、いきなり刃物を向ける相手はハッキリ言えば馬鹿であり、簡単に手玉にとれる。
だが、馬鹿故に愚かな行動に走らない可能性も無いと思い直し、気を引き締めた。
「おやおや、壮大なお出迎えですね」
「黙れ化け物!!」
「ふーむ......」
トレバーはおもむろにポケットに手を入れ、中から銀貨を取り出し手で弄ぶ。
トレバーのイベントリの入り口はズボンのポケットであり、日々のものぐさを体現したものである。
銀貨は銅貨10枚分の価値があり、千円位だと思って貰えば良いだろう。
ただし、プレイヤーにとっては端金であり、基本的にプレイヤー間の取り引きは金貨以上でしか行わない。
そして、金貨は銀貨10枚分の価値がある。
トレバーが銀貨を敢えて取り出したのは、銀貨1枚の価値を見定める事と、ゲーム内の硬貨に価値が有るのかを確かめる為だ。
途端に取り囲む人々が眼の色を変えた事を見逃さず、硬貨のやり取りを行なう程度の文化、尚且つ目を剥くほどの反応に銀貨の価値を悟る。
「現金なやつらだ......」
ぼそりと呟いた言葉は、風に流され届かなかった。
「さて、諸君。私は争いに来たわけでは無いのだよ、見ての通り旅人でね。道を訪ねようと寄らせて貰った訳だ」
恐らくこの集落で一夜を明かす事は不可能だと悟ったトレバーは、目的を情報収集に切り替える。
ちらりと血気盛んな若者を見やると、ゴクリと喉を鳴らしている。
「ど、何処へ行くんだ?村へは入れられないが、お答えできる事は答えよう」
1人の老人が前に出る。
若い男に目配せし、男はうなづいて下がる。
さて、この老人は村長か何かであろうが、賢い選択を頼むよ。
トレバーはそう願いつつ銀貨を放り、老人は慌てて受け止めた。
「先ずはその銀貨を見て欲しい、私はちょっと遠くから来たのでね。その硬貨はこの辺りでも使えるのかな?」
「ふむ、見た事が無い硬貨ですな。ただ、私達の様な村での取り引きはもっぱら鉄貨と銅貨でな、街に出稼ぎに行った時にしか見かけない故に自信はありませんが。商人であればこの国の硬貨と両替する事も可能性でしょう」
ゲーム内の硬貨が使えない、その事実にトレバーは一気に冷や汗が出て、顔色は蒼白になってしまう。
と言っても、骨なので外見に変化は見られないが。
この時はポーカーフェイスらしき、この骨の顔に感謝してしまう。
「成る程、あぁ銀貨はそのままで結構。私達はこれからその街へ行きたいのだが、方角と距離。後はこの辺りのモンスターの種類等の危険の有無は?」
トレバーは再び銀貨を取り出し弄ぶ。
村長である老人は唇を舐めて濡らし、面白い様に喋る。
「この村からあちらの道沿いに、徒歩で3日。馬車なら1日でグレフルという街に辿り着けます。貴方様の乗り物らしき物でどれくらいかは分かり兼ねますが」
「ふむ、それもそうだ」
「モンスターという言葉が魔物の事を示しているのであれば、ゴブリンやレッサーウルフが入る程度なので最低でも冒険者の護衛が欲しい所ですな。この村に冒険者は残念ながら居りませぬ」
モンスターという言葉が使えない?
もしくは、表現に何か問題があるのか?
老人の答えにトレバーは疑問を感じ、首を傾げる。
だが、様々な憶測を考える程余裕は無い。
今は交渉を続けるべきだと割り切り、トレバーは銀貨を再び放った。
「盗賊等の情報は?」
「あまりワシらは街に行かない故、分かり兼ねます」
「ふーむ、後は私の様な姿の者は魔物として見られるのかな?」
「も、申し訳ありませんが、各国の中では貴方様の様な姿の者はアンデットとして魔物と見られてしまいますね」
「あぁ、気にするな。私も自分の外見の事は理解しているつもりだ。して、相談なのだが、私の様な者でも街に入る事は可能性なのかね?」
トレバーの問いに、長老は困ってしまった様だ。
確かに無理難題を言ってしまったなと頬を掻くと、先程の血気盛んな若者が前に出る。
「な、なあ!冒険者ならどうだ村長!」
「馬鹿者!軽々しく言うでないわ!」
ふむ、やはり情報を鵜呑みするのは危険だな。
そう考えたトレバーが、チラリとルーシーを振り返り、フロントガラス越しに彼女は頷いた。
「不正確でも良い、今は取り敢えず情報が欲しいからな」
「ふーむ、申し訳ない。先程も護衛の話をしたが、冒険者とは国とは隔たされたモノと聞く。上手くいけば、冒険者ギルドに登録して街に出入りできるかと考えたのであろうが」
「可能性は、低いな」
彼等の言う魔物に分類されるトレバーだ、下手に近づくだけでも討伐対象だろう。
目の前の村人達の様に。
「ふむ、ご老人。誠実な情報感謝しよう、お礼にそこの建物内で武器を構えている者達の事は見逃そう」
盛大な皮肉に村人達の間に緊張が走る、軽々しく銀貨を渡す程の魔物だ、討伐して奪う事が出来ればと村人達が考えても仕方ない。
「チッ!かかれっ!」
圧倒的な強者の風格を備えた、TシャツにGパンと言う見たこともない服を着たスケルトンという最弱な魔物。
村長の合図で飛び出そうとしていた彼等は、その圧に動けず固まってしまっていた。
誰も前に出ない事に、村長は恐怖で顔を青くしていく。
「さて、私は行こう」
トレバーは彼等に目もくれずに魔導車に乗り込むと、エンジンを掛けて走り出した。
ゲームの中と思いきや使えない硬貨、通じない表現や、討伐対象とされる自分。
頭を抱えて泣き喚きたかった程だが、自分を襲おうとした奴等の前で弱みを見せまいと必死にとり作った。
魔導車は走る、異形の2人を乗せて。
因みにトレバーが格好付けているが、村人の動きを止めたのはルーシーの魔法であり、威圧とかそういった大物らしいスキルでは無いのだ!!
金の切れ目が縁の切れ目。
人との繋がり等、大抵はお金の繋がりです。
その事を忘れずに謙虚に振舞う事も、大切ではないのでしょうか。