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最初の村へ【2】

旅行前はトイレを済ませましょう

爽快なエンジン音を立てて、魔導車は走る。

草原の凹凸など関係なしに、揺れも吸収し、舗装された道路を走っている様だ。

シークレットクエストに巻き込まれたと考えていた2人とは正反対に、のどかな草原は何処までも続く。


「せ、センパイ......」


「ほわっ!」


代わり映えしない景色にウトウトしていたトレバーは、助手席から聞こえてきた艶やかな声に身を強張らせた。


俺はいつの間に女性の後輩とデートをしていたんだ!!


寝ぼけつつ隣を見ると、顔を真っ赤にしていたルーシーがいて、途端に頭がはっきり覚醒する。

それと同時に、大きな落胆が気持ちを支配した。

トレバーは自分の後輩が、男しかいない現実を思い出してしまったのだから。


「え?ルーシーどうしたの?なんか、めちゃ顔が赤いんだけど。そもそも涙目とか赤面とかいう表情ってあった?」


アップデート情報を思い返したトレバーだったが、記憶の中には無い。

そもそも、Wider worldだけでは無く、現在の技術で作られるVRゲームでは、細かな顔の動きや表情を表現する事が出来ないのだ。

トレバーはよく考えたが特に思いつかなかったので、気にしない事にした。


「そ、そんなことより、センパイ!ちょっと止めてくれませんか!?」


「え?何で?なんかあったの?」


「いえ、何かと言いますか......」


煮え切らないルーシーに、トレバーは首をかしげる。

どうにもモジモジしていたり、顔が真っ赤であったり様子がおかしいのだ。


「っ!まさか敵襲か!?遠距離からの状態異常攻撃なのか!!」


慌ててミニマップを確認するが、敵性反応は見られない。

首を傾げているトレバー、車は止まらず走る。


「いえっ!取り敢えず止めて!!止めてください!!」


「いや、何で?」


「クソッ!止めろってんだろ!!」


「えー?先輩にそんな事言って......」


いつの間にか喉元に突きつけられた小太刀。

ルーシーのサブ武器である、闇の牙(製作者命名)だ。

奇襲大好きで、一方的に攻撃するのが好きなルーシーに合わせて、その刃も黒塗りに染まっている。

勿論囮はいつだってトレバーだ。


「車止めるか、息の根止めるか、選べ」


「止めまーす!エンストするからちょっと待ってね!!」


徐々にスピードを落として停車、魔導車のドアを勢い良く飛び出したルーシー。

首を傾げながら、トレバーは降りようとしたが。


「センパイは降りるなっ!」


との叱咤で、躊躇ってしまう。

だが、トレバーは降りる。

何故ならそこに嫌がる後輩が居るのだ。

今、後輩の弱みを握らずして、いつ握るのだ。

トレバーは駄目な先輩だ。

ルーシーを除き、先輩扱いしてくれる優しい後輩はおらず、プライバシーな時間は、ルーシーにお世話されて居る。

アレ?先輩って何だっけ?と思い悩んだのは、両手の指でも数えきれないのだ!!


「......」


こっそりと扉を開き、車の裏手に回ると。

涙目で野ション......もとい、お花摘みしている幼女がいた。


ここでWider worldの話をしよう。

Wider worldは全年齢向けであり、性的な表現は固く規制されている。

えっちなチャットをするだけで運営からメールが来るほどの、清楚な世界なのだ。

また、胸や秘部には専用のインナーが装備されており、外す事が出来ない。

更に、街中でインナーのまま歩けば衛兵が飛んで来るのだ。

何という誠実さ!神運営!!


因みに課金アイテムは、露出度が高くなる。


それでも性的な表現は出来ない、目の前の女児の様に、パンツを下ろし用を足すなど不可能であり、そもそもゲームシステムで排泄をする必要が無いのだ。


「んっ...ふぅ......」


「ルーシー!垢バン(アカウント停止処分)されるぞ!!」


「は?ちょっ!何見てんだテメェ!!」


「如何にキャラになりきると言っても、パンツを下すのは駄目だ!運営が来るぞ!!」


トレバーは地面に伏せて周囲を伺う。

いつ運営が襲いかかって来るのかがわからない。

Wider worldの有名な話では、クリスマスにカップルがログインしてイチャイチャしていた所、Wider worldのGM自ら襲いかって来たのだ!コワイ!!


そう、これは決して運営から身を守る為であり、周囲を伺った先に、実に偶々ルーシーのお尻が有るだけなのだ!

トレバーは誠実な男なのだ!!


必死なトレバーに、ルーシーは怒りを通り越して呆れ果ててしまう。


「はぁ......センパイ?僕のお尻、凝視しないでくれますか?」


「は、ハァァ!?してないんですけど!!お、俺は運営来るかもって警戒してただけなんですけどー!!っていうかルーシーこそ何なん!?何でゲームでオシッコしてるんですかぁ!?」


「ソレですセンパイ」


パンツを下ろした幼女は、キリッと真面目な顔をする。

丸い綺麗なお尻はそのままであり、トレバーの目はチラチラと動いてしまうが、彼は巨乳なおねいさんが好きなので、幼女に興味は無いのだ!!


「突拍子も無い話ですが、僕達はゲームの中に来てしまったのかもしれません」


「ゲームの中って?」


「本来規制やシステム上行えない筈の、排泄という行為。僕達はシステムから解放された、本来のゲームの世界に入ってしまったのではないのでしょうかね?」


「あ、あの霧でか?」


「でしょうね、紙有りませんか?」


「ほれ」


「あ、どうも」


「って事は俺は明日!仕事に行かなくても良いのか!?やったー!!」


「いえ、取り敢えず強制ログアウトが来るまで様子を見るべきでしょう。それに、もし本当に此処がゲームの中なら、これからの事を考え人に会うべきかと思います」


パンツを引き上げ、スッキリとした顔でルーシーは言う。

初級魔法であるウォーターボールで水玉を浮かべ、手を洗う。

使ったトイレットペーパーは、初級魔法で勿論消し炭にして、野原に蒔いた。


「そうだなぁ、ゲームの中だと良いなぁ。明日仕事行きたくないよぉ」


「ほら、移動しますよセンパイ。何時迄も寝そべってないで、ほら立ち上がって」


「っていうか、さっきまで滅茶苦茶怒ってたけど大丈夫なんですか?ルーシーさん?」


「いえ、センパイはこれから女性の裸体を見た時に、現実の僕の顔が浮かぶのかなぁって思ったら、哀れになりまして」


「辞めろォっ!」


トレバーは頭を抱える、これは非常に不味い。

ルーシーの言う通りならば、童貞のトレバーは裸体を見て本当に、現実の後輩の顔がチラつきかねない。

下手をすれば、トレバーのトレバーが使えなくなってしまいかねない!!


「辞めろって、マジで。お前の顔チラつきながらとか、拷問かよ」


「くっふふ、センパイどんまい☆」


「辞めろォっ!」


そこでトレバーは気がつく。

いや、気が付いてしまった。

とても、とても非情な現実に。


「ちょっと待って、ルーシー。これさ、ゲームの中だとするじゃん」


「はい、まだわから無いですけど」


「俺、骨じゃん」


「ですね、スケルトン種ですからね」


「......む、息子が死んだ」


ズボンの上からでも解る虚無感。

そう、確かにルーシーは肉体的に息子を失ったのだが、それはトレバーも同じなのである。

一見平気そうなルーシーも、幼女が好き(保護欲)なのであって、幼女になりたい訳では無かったりする。

お互い息子を失った事を理解し合い、2人はうなづいて魔導車に乗り込んだ。


2人の異世界旅行は始まったばかりであった。

だが、息子の消失はこの前途多難な旅の中でも最大の悲劇といえよう。

皆様は、息子を大切に扱ってください。

人生とは解らないものです、突如として貴方の大切な息子さんとお別れしてしまう事もあるでしょう。

どうか、1日1日、家族との付き合いを大切にしてください。

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