最初の村へ【1】
霧は怖いですよね。
私の出身はサイレントヒルなので、霧の怖さは知っているつもりです。
遭遇したのは1度だけですけれども。
真っ白な視界、魔導車の中にも霧は入って来ており、ハンドルすら見えない。
トレバーは酷く後悔していた。
何故自分は霧に突入する前に、窓を閉めていかなかったのだと。
意識が微睡み、隣のルーシーの声も聞こえない。
取り敢えずワイパーを動かしてみたが、霧にワイパーは意味が無いのだ。
「ふ〜む、取り敢えずアクセルは全開だな」
他人の魔導車であり、トレバーにとっては事故っても素知らぬ顔だ。
クラッチを踏みつつギアを最大にし、アクセルを踏む。
徐々に車のエンジン音が聞こえる様になり、隣からはルーシーの不安そうな声が聞こえてきた。
滅茶苦茶トレバーの悪口が混ざっているが、高貴なトレバーさんは気にしないのだ。
「センパイのハゲーッ!!」
「誰がハゲだっ!?」
「え?髑髏ってハゲじゃ無いんですか?」
「ハゲだったわ!!」
自分の頭を触ってみたトレバーだったが、確かにハゲていた。
というか骨だった。
周囲の音が聞こえ出すと同時に、徐々に視界も開けて行き、遂に濃霧を抜ける事が出来た。
「やっと霧を抜けたか」
「センパイ!後ろみてください!!」
「え〜?綺麗な姉ちゃんでもいたのか?」
トレバーは後ろを振り返り絶句した。
先程抜けて来た濃霧は影も形も無く、ただ草原が広がっていたのだ。
「お、俺達が抜けて来た霧は?」
「解らないですけど、演出ですかね?」
トレバーはホラーが苦手だ、面倒な女の子の様にホラー映画を観る時は、ルーシーを呼び泊まらせる。
怖いなら観なきゃ良いのにと思うだろうが、怖いからこそ観るのだ。
苦手だが、好きなのだ。
ホラー映画に濡れ場は付き物だから。
「ん〜、取り敢えず僕はお昼御飯食べたいので1度ログアウトしたいのですけれど」
「え?LP下がってる?」
LPとはLifePointの略であり、Wider worldではプレイヤーの生命力を示す。
空腹、移動、戦闘、環境による生命力の減少と共に減って行き、LPを失うと、急激に体力であるHPを失い死に至る。
基本的にLPは食事をする事で回復する事が出来る為、プレイヤー間では空腹値と称される事もある。
「いえ、ログアウトって言ったじゃ無いですか。現実の食事ですよ、センパイもインスタント食品ばかり食べては塩分の摂り過ぎで身体に悪いですよ」
「俺は塩分と友達だから」
「海に住んでるんですか?」
「というか、お前ログアウトしたら運転出来ないじゃんかよ!」
「ではセンパイもお昼休憩という事で」
呆れた顔をしているルーシーだが、元々廃人じみた生活スタイルのトレバーが、休日に三食食べる様になったのは、ルーシーと行動する様になってからである。
さて、ログアウトしようと空中にウィンドウを開き操作する2人だが、どうにも表情が芳しく無い。
ルーシーは難しい顔をしつつ、指を動かしているが、トレバーは呆けた顔のまま固まっていた。
「る、ルーシーさん。俺の画面にログアウトが無いのですが、ルーシーさんは有りますかね?」
震える声でそれだけ絞り出した。
ルーシーはトレバーの方を見つつ画面を操作し、かぶりを振ってため息を吐いた。
「駄目ですね、僕の画面にもログアウトは表示が有りません。シークレットイベントの影響かも知れませんが......運営に問い合わせようにも、繋がらないですね。その上、フレンド欄の文字は暗くなっていて選択できません。救援は絶望的です、一応センパイの所は白く選択できたので、現状このエリア内で僕達は隔離されたと見て良いかと」
Wider worldでは不具合が発生した場合、運営であるGMに直接連絡を取ることが出来る。
悪戯のペナルティーは非常に重いが、直接やり取り出来る為、迅速な対応をする事ができるのだ。
そのGMと連絡が取れない状況という事は、異常事態である。
只でさえログアウトが出来ない事は、栄養摂取や水分補給が出来ない危険な状態だ。
しかし、運営と連絡が取れない今は正にどうする事も出来ないのだ。
「る、ルーシー!これって、これってデスゲームって奴じゃ無いのか!?」
「可能性は低いですよ、先ずデスゲームと言うのは確かに今の様にログアウト出来ない状況でしょう。ただ、その場合は主催者、もとい実行犯等からの犯行声明といったコンタクトを取ってくる筈です」
「し、静かだな!」
「えぇ、センパイ落ち着いてくださいね。ライトやワイパーを動かしても意味はありませんよ」
「悪い、落ち着かなくて」
「見れば分かります。では、落ち着かない手でフレンド欄を開いてください、僕の物と比べたいので」
トレバーは震える指を使いウィンドウを操作する、フレンド欄はルーシーが言った様に、お互いの名前を除き暗転していた。
「だ、誰も居ない!死んだのか!?」
「いぇ違うかと。もし犯人がいる場合、僕らは人質となります。そう簡単に人質を減らす真似はしないでしょう、彼等は恐らくログインしていない状態です」
「え?本当だ、ログインしてませんって書いてあるぞ。え?いや、でも廃人がこれ程ログアウトしてるとかおかしく無いか?」
その言葉にルーシーは頷く。
ルーシーのお陰でマシになったとはいえ、トレバーは廃人である。
朝から晩までWider worldをやっている。
勿論そのフレンドも、同類であるのだ。
「えぇ、僕もそう思います。つまり、これは緊急メンテナンスの影響である......っとも考えられますが」
「ち、違うのか!?」
「まず告知もありませんでしたし、サーバー障害にしろ連絡がある筈ですよ。僕はバグ等で、別サーバーに移動してしまったと思います」
「あー、確かにサーバー移動した時っぽい。ログアウト出来ないのは兎も角、フレンド欄はそれで解決だ」
「まぁ、どちらにしろ連続ログイン限界で弾かれると思うので大丈夫かと」
ルーシーは肩をすくめ苦笑いする。
Wider world等のVRゲームでは、安全の為に連続ログインが出来なくなっている。
最長現実時間の8時間であり、朝8時程からログインしている2人は、最長でも夕方の16時過ぎには強制ログアウトされるのだ。
また、Wider worldは複数のサーバーでキャラクターを育成する事ができるが、別のサーバーと協力する事は出来ない。
有料アイテムを使用する事で、キャラクターを別のサーバーに移す事ができる。
その間、移動する前のサーバーで作ったフレンドリストはそのまま引き継がれるが、別サーバーのフレンドはログインしていないと表示されるのだ。
「なら仕方ないな!お昼ごはんは諦めてこのシークレットクエストを進めるとしよう!!」
「ですね〜、センパイ頑張ってください。あと、シークレットクエストか如何かは、クエスト表記に無いから分かりませんけど」
「五月蝿え!アクセル全開!!」
勢いよく走り出した魔導車、勿論最初は勢いだけで速度はあまりで無い、マニュアルだもの。
「しまった!エンストしやがった!!」
「下手ですね」
走り出す魔導車の中で、ルーシーは言いようの無い不安に襲われていた。
まさか、いやそんな事はと。
本来ゲームではあり得ない事象。
生理現象と必死に戦っていたのだ。
モジモジと足を動かしながら!!
Wider worldでは生理現象は発生しません。
性的表現に厳しい機制があり、セクハラなども運営は厳しい罰則を下します。
なんて清い運営なのでしょう!ステキ!!抱いて!