両替できるかな【1】
皆様のおかげでブックマークが100件を超えた様に思いましたが、気のせいでした。
トレバーとルーシーが商人ギルドの列に並んでから、暫くの時間が経った。
野菜が沢山乗っているラーメンの行列に並んだ経験があるトレバーにとって、この程度の行列はさしたる問題では無い。
しかし、行列ビギナーのルーシーにとっては、心身ともに辛いものであった。
此処で1つ読者の皆様に思い出して頂きたいのだが、皆様はトイレを我慢した経験はあるだろうか?
ハンサムな男性読者の皆様は、割と長い時間我慢する事ができるだろう。
5時間程我慢したと言う猛者もいる。
麗しい女性読者の皆様は、この時点で察しただろう。
身体の構造上、どうしても長時間耐える事のできない生理現象がルーシーを襲っているのだ!!
更に、Wider worldの肉体を持ったルーシーは、元の肉体とはその生理現状に対する耐久性能が異なる上、小さな子供の身体である。
しーしーを長時間我慢出来ない身体なのだ!!
「せ、センパイヤバイんですけど」
「え?何だって?」
トレバーは首を傾げながらルーシーの方を見る。
別に難聴系主人公という訳では無く、声を出すのにもギリギリなのだ。
「ど、どうしたルーシー!?お腹痛いのか!?」
「漏れそうです」
「漏れそうだと!?」
トレバーは叫んでから気がついた、これは仲間内だけでやり取りをする、内緒話ではない事を。
周囲の視線が一斉にルーシーに注がれる。
排泄を我慢する幼女だ、変態は興奮してしまいかねないかなりの窮地である。
トレバーの好みは胸の大きい女性なので、特に性的興奮する事は無く、周囲の大人達も子供を性的な目で見る様な異常者は居らず、皆心配そうな眼差しだ。
一瞬でも卑猥な事を考えた人間は、心が汚れているので、富士山の樹海でリフレッシュをオススメする。
また、トレバーの前に並んでいるおっさんは、流石は一児の父親。
すぐさま商人ギルドの誘導係に声をかけ、女性の職員を呼び寄せる。
周囲が慌しく動く様を、悟りの境地に至ったルーシーが静かに眺める。
「センパイ」
「る、ルーシー!ま、まま、待ってろよ!」
異性と手を繋いだ事が無いトレバーは、レディーのエスコートの仕方等解らず、片手を顎に当てて慌てている。
そんなトレバーに、ルーシーは静かに告げる。
「僕は感情を無くしましたので、この程度苦ではありません」
「なにその設定」
「今考えました」
「めちゃカッコいいな」
「ふふ、とっても素敵でしょう?そう、僕はもうゴールしても良いかと」
「諦めちゃダメ!」
商人ギルドの職員だろうか、金髪ブランドの女性はルーシーを抱き上げると何か言葉を交した後に唄う。
「“疾れ風よ、駆ける足よ、届けよ我を。”疾走!」
2人は揺らぎ、蜃気楼の様に消え失せた。
「ルーシー!?」
敵の攻撃か?
トレバーは周囲を警戒しつつルーシーの気配を探る。
Wider worldと同じ疾走であるならば、風魔法3段位である低位の魔法だ。
疾走は名前の通り逃走を想定される、数多くある転移魔法の1つ、30メートル程の距離を瞬間移動する魔法だ。
低位かつ、逃走様の魔法である為、戦闘中に発動する事は不可能である。
1度始まった戦闘を終了させるには、隠れる、一定の距離を取る等、戦闘から離脱しなければならない。
また、Wider worldでは戦闘から離脱した場合、敵のモンスターの体力は全回復し、プレイヤー同士の決闘の場合、例外はあるが一度戦闘から離れる事は試合放棄となり負けとなる。
想定内の使用方法であるならば、戦闘用の魔法としては使えない比較的安全な魔法となる。
ただし、Wider worldのプレイヤーの想定以上の自由度と工夫の賜物によって、只の逃走用に作られた魔法も武器となるのだ。
例えば戦闘前、標的に発見されていない状態は非戦闘状態である為、疾走を射程内で使用する事で、一瞬で距離を詰めた奇襲が可能となるのだ。
疾走は、使用者が武器を構えていない、プレイヤーの半径2メートル以内には転移が出来ないといった制限はあるものの、一瞬で現れた敵に対応する時間から見れば2メートル程度の距離等無いに等しい。
更に、低位の風魔法3段で習得できるという事で、スキルポイントが枯渇するレベル上限まで育成したプレイヤーにとっては、取って損はないスキルの1つである。
とは言え、あくまで低コストでお手軽に運用出来る奇襲手段の1つであるだけであり、低位の魔法スキルは、より高度なスキルの前では期待される結果が得れない。
疾走は、使用前に敵に発見されてしまうと発動する事が出来ない。
また、使用した事が察知されていれば、武器を構えていない無防備な身体を敵の眼前に晒す事になる。
ただし、それはゲームの話だ。
今トレバー達が居るのは、現実だ。
かっての常識は通用しない、下手をすれば自分達の強さは平均よりも下なのかもしれない、トレバー達の疾走を含む移動・転移魔法への対策は意味が無いのかもしれない。
そもそも疾走による短距離転移は1人用の筈なのだから。
勿論ルーシーも疾走に対策している。
ならば先程はルーシーの同意を得た後での転移、もしくは耐性スキル等で防ぐする事が出来ない程レベルが高い魔法か、この世界独自の技術だろう。
甘かった。
そう奥歯を噛み締め、ズボンの皮ベルトに刺してある剣を抜こうと手を掛けたトレバーに、先程のおっさんが声をかけてきた。
「おいおい、街中で抜剣なんて危ない事はしないでくれよ」
「チッ!俺の相棒が連れ去られた、見ていただろ?」
「安心してくれ、先程の美人な姉さんは元金級冒険者の“疾風のマルチダ”様だ。あの魔法で、風のように移動して、お嬢ちゃんをトイレに連れて言ったんだろう」
「本当か?」
「勿論さ、“疾風のマルチダ”は引退後にこの街の商人ギルドの副所長やってるんだぜ。身元も人柄も保証する」
おっさんが肩をすくめると、ようやくトレバーは落ち着きを取り戻した。
自分で思っていた以上に、ストレスが溜まっているのかもしれない。
そう考えて、トレバーは思わず目頭を押さえる。
それに対し、おっさんは思わずズボンを押さえる。
トレバーから漏れ出した殺気に当てられ、おっさんはおしっこが漏れそうだったのだ。
「おっさんはマルチダってねーちゃんには詳しいのか?」
「詳しいより、有名だと言った方が正しいな。金級以上の冒険者は、2つ名持ちが殆どとなるくらい有名になる英雄みたいなものさ」
「成る程な、疾走は有名なのか?」
「勿論さ、彼女の得意魔法の1つで、遣い手の少ない高度な魔法となる。私達商人もあれ程の移動魔法は喉から手が出る程欲しいものだ」
第3段の魔法が高度な魔法か、口から零れた呟きは風に流されて消える。
本来疾走の効果では、仲間等の他人を含んで移動する事が出来ない筈だ。
だが、トレバーはある仮説を立てた。
疾走で移動した時、装備した武装と共に移動する事ができる。
勿論服等も装備したままである。
ならば、先程の様にルーシーを抱っこしているのは、所持や装備の一環として発動する事が出来たのではないかという推測である。
Wider worldのプレイヤーは、敵のスキル構成等から相手の能力や戦法を推測すら事が癖になっている。
そもそも、自由度が高すぎるために、考察した内容を全て検証できるせいなのだが、トッププレイヤーの多くは考察と検証か大好きな変態が殆どなのだ。
「まぁ、私の様な商人は魔法に詳しくないのだけどね」
「ふむ、マルチダ殿と話す事は可能なのか?」
「急に畏ると気色悪いな。一応”疾風のマルチダ”は副所長だからな。でかい話でも持ち込めば、商談の一環として話す事もできるんじゃないかね」
顎ヒゲを触りながらおっさんが答えた。
トレバーは少し考えてから、ニヤリと笑う。
骨なので表情は分からないが。
「それなら安心だ、彼女が副所長ならばきっと同席したがる筈だ」
「ほー、君達は両替と言っていたが、何か考えがあるみたいだね。是非とも知りたいが......商人にには軽々しく伝えてくれないだろうね」
「そりゃな、情報の価値はわきまえてるつもりだぜ」
トレバー達が談笑していると、プラチナブランドの髪の毛をハーフアップにして、眼鏡をかけたモデル体型の美人が戻ってきた。
その腕にはルーシーが抱っこされており、何処か遠い目をしているのは何か辛い事が有ったのだろうか?
「突然お連れして申し訳ありません、時間があまり無かった様なので、私の魔法で運ばせて頂きました」
「そうかい、ルーシーが無事で良かった」
頷きながら目の前の女性を睨むトレバー。
「センパイ、彼女は魔法行使前にボクに確認を取ってくれました。悪い人ではありませんよ」
腕の中からルーシーが彼女を庇う発言をしたので、トレバーは引き下がる事にした。
本人の同意無しでは例え抱えていても、疾走は他人を運べないとルーシーが言っているのだ。
仲間と共に低位の魔法で移動できる事は確かに脅威だが、強制的に味方を孤立する等の効果が望めないのならば、実施只の疾走と大差ない。
自分達ならば、敵が武器を抜く前に対処する事が可能だとトレバーは判断したのだ。
「そうか、悪いね。どうも初めて来た街で気が立ってしまったのさ」
トレバーが肩を竦めると、マルチダは首を振った。
「いえ、事前に説明しなかった私の不手際です。それよりも先程の話からして、商人ギルドのご利用は初めてなのでしょうか?」
「ああ、ちょっと遠い所から来たのさ。両替をして貰えるって教わったんだが、朝はこんなに混雑してるなんてビックリしたぜ」
「両替ですか......申し遅れました。私、グレフル兼属商人ギルド副所長を務めるマルチダと申します」
「俺はトレバー、旅び......今さっき冒険者になった。君が抱えているのがルーシー、俺の相棒さ」
「どうも」
「あら、失礼。とても可愛らしいからつい抱っこしてしまったわ」
小さなルーシーは両腕で抱え込まれ、マルチダの豊富な胸が当たっている。
とても羨ましいトレバーは、先程からカタカタ歯を鳴らしているが、それでも美女の手前、お得意のポーカーフェイスは崩さない。
髑髏に表情筋は無いのだが。
「綺麗なレディとは個人的に色々話してみたいのだがね、生憎この時間帯は忙しいと見える。マルチダ嬢の魔法を拝見出来ただけでも嬉しい事けどね」
美女を前にして紳士的になるトレバーを、おっさんは気色悪がったが仕方ない。
モテない男は、取り敢えず女性が近くにいると無駄に意識して、格好つけるものなのだ。
まぁ女性側からすれば、モテない男の気遣い等、道端の小石程も気に留めないのが現実だが。
さてさて、果たしてトレバー達は無事に両替と出来るのだろうか!!
というか早く進んで欲しいので、どうか何事も無く両替を済ませ、誤字脱字の確認文字量を減らして欲しいばかりである!!
トイレネタが多いと感じた方もいるでしょう。
しかし、旅にトイレはつきものです。
渋滞に遭遇した時など、誰もが一度は経験したでしょう。




