番外編 見学 (美由紀の友達視点)
正月休みに多くの方に読んで頂いたので、お礼に番外編を投稿します。良かったらお読みください。
大学を卒業し就職、無我夢中で働いていたけど、ようやく慣れてきたのか自分を振り返る時間が出来た。
私には少し気になっている友達が居る。
私は高校生の頃からガールズバンドをやっていて、私の上京に合わせてメンバーもプロになるために付いてきた。けれどバンドはすぐに解散してしまった。
私ともう一人は進学していたのでいいけど、ドラムスの美由紀が心配だった。
美由紀は文化祭でバンドをやるために、私が頼み込んで加入してもらったから。もっとも美由紀の方がのめり込んで、プロ志向が強くなったけど。
解散するまでは練習のあとファミレスで一緒に夢を語り合ったりした。仕送りのある私たちと違って、お金のなかった美由紀は「いつかはサーロインステーキセットを頼んでやる。」と言いながら基本のハンバーグセットかチキングリルを食べていたのを覚えている。
携帯の番号が変わっていないと良いと思いながら、久しぶりに連絡してみた。意外にあっさり連絡がついた。
美由紀は無事にメジャーデビューを果たしていた。少しホッとしたわ。
ホッとすると同時に好奇心が湧いてきて、見学させてもらえるように頼んでみた。
丁度レコーディングの最中らしく、招待してくれた。その日はプレミアムフライデーで私も都合が良かった。
駅での待ち合わせ場所に、美由紀は既に来ていた。彼女はちょっとボーイッシュだが普通のファッションをしていた。
「落ち着いているみたいで安心したよ。」
美由紀は精神的に不安定になると服装が尖ってくる癖があったから、今は充実してるのがわかる。
美由紀も自分の癖を知っているから、微笑むだけで返事をしてこなかった。
スタジオまでの道のりは、高校時代のような他愛もない会話をしながら歩いた。おかげで少し昔の関係に戻れた気がする。
スタジオに入るとスゴイきれいな女の子がベースを弾いていた。凄く上手い!
演奏に圧倒されて気付くのが遅れたけど、ミキシングブースにあの下山芳樹さんが小さな男の子と座っていた。下山さんの子供?
足でリズムを取りながら大人しく座っている男の子を見ていると、美由紀がこの子の事を教えてくれた。
「その子はウチのリーダーの弟くんだ。哲ちゃんも天才だけど、この子も凄いよ。」
イマイチ意味が分からずキョトンとしていたら、レコーディングをしていた女の子が勢いよく出てきた。
「冬弥は踊ってくれた?」
「いい感じだったけど、踊るには至らずだね。」
女の子の疑問に下山さんが答えている。
「冬弥ちゃんは良い演奏を聴くと踊りだすんだよ。かなりノリノリで。」
女の子の言っていることが分からずに首を捻っていると、美由紀が訳を教えてくれた。
それが本当なら、冬弥という男の子は本物の天才だわ。アマチュアとはいえ演奏経験のある私たちでも、プロの演奏に優劣を付けるなんてとても難しいもの。実際、女の子のベースを、私は上手だと思ったもの。
「美由紀さん、その人がお友達?」
悔しがっていた女の子が、私に気付いて話しかけてくれた。
正面から見て気が付いた。この娘人気モデルの木崎茉莉亜ちゃんだ!
「次は美由紀さんの番だよ。」
茉莉亜ちゃんはそう美由紀に告げると、私を下山さんたち見学者のいるソファーに誘ってくれた。
「もう少ししたら哲ちゃんたちも、学校終わってやって来るから。そしたらみんな紹介するね。」
茉莉亜ちゃんが気さくに話しかけてくれるので、大物アーティストがいても落ち着いてきた。
茉莉亜ちゃんが言うには、残りのメンバー二人は高校生で放課後になってからやって来るそうだ。高校生でメジャーデビューしてるなんてスゴイと思ったけど、デビュー当時は中学生だったなんて私たちとはレベルが違う。
美由紀は外人のプロデューサーと打ち合わせをしてから、ドラムを叩き始めた。
昔と比べて格段に上手になっていたけど、冬弥ちゃんの様子を見るとケータリングのお菓子を食べたりしていた。これって美由紀の演奏がダメって事なのかな?
心配そうな私の顔が見えたのか、美由紀が笑って手を振ってきた。どうやら今のはリハーサルで本番では無いみたい。
何回かのリハーサルの後、ついに本番になった。
結果から言うと、美由紀の演奏は凄かった。私の記憶にある美由紀のドラムスとは次元が違った。それは私レベルでも分かるくらいに。
音のキレ。正確なリズムキープ。手足がどう動いているのか分からなくなるアレンジ。
私は圧倒されていた。
冬弥ちゃんも座ったまま、全身をバタバタさせて踊っている。
「美由紀すごい・・・」
「やっぱり美由紀さん上手いなぁ。バンドのリズム隊としてもっと頑張らないと。」
私のつぶやきに反応して、話しかけてくれた茉莉亜ちゃんはとっても前向きだ。
私が美由紀の演奏に夢中になっている間に、いつの間にか、残りのメンバーが来ていた。
「二人共スゲー順調にいってるですね。何だか緊張してきた。」
「トーマスのプロデュースで、ここまで順調だとは・・・二人共レベル上げたよね。」
後からきた二人は会話とは裏腹に、緊張しているようには見えなかった。普通にしてるのに、何だか凄いオーラが出てる気がする。
実際、キーボード担当の平嶋という子は、まだ高校生なのに美由紀のドラムに勝るとも劣らない。
私の人生で「勝るとも劣らない」を初めて使ったわ。
平嶋くんのキーボードで使ったことない言葉を使うほど驚いたのに、ギターでリーダーの山下くんは別格だった。
高校生なのにとかそんなのは、もうどうでも良い。上手すぎる。
私みたいな素人にも分かるくらいに凄い!世界中のギタリストの中でもトップクラスなんじゃなかろうか・・・
冬弥ちゃんはソファーに立ち上がって、ノリノリで踊ってるし。ついでに下山芳樹さんも踊ってるけど、それは見なかった事にしよう。イメージ狂っちゃうから。
スタジオにはその後も陣中見舞いとかで、有名芸能人が入れ代わり立ち代わりでやって来た。正直、緊張するし場違いな感じがして、居心地悪く思うこともあった。けれどもそれ以上にバンドの演奏に興味が沸いて、帰ることは考えなかった。いつの間にか有名芸能人たちも気にならなくなってたし、冬弥ちゃんも家に帰っていた。
どんだけ集中してたんだ私。
結局、明け方になって、その日のレコーディングは終了した。いつもはもっと早く終わるらしいけど、翌日が土曜日で学校が休みなので今回はこの時間まで続けたらしい。
「あんた、どうやって帰るの?」
興奮した余韻で惚けていた私は、美由紀に話しかけられて現実に帰ってきた。
「もうすぐ始発の時間だから、時間を潰してから帰るわ。」
美由紀たちバンドのメンバーは自宅も近く、事務所の用意した車でいつも移動しているらしい。芸能人っぽい。
「じゃあタクシー呼んだから、わたしが送っていくわ。せっかく来てもらったのに、あんまり話せていないし。」
スタジオを一緒に出てタクシーに乗ってから、ポツポツと近況なんかをお互い話し始めた。久しぶりに昔の私たちに戻ったようだ。
少し話が途切れたときに、美由紀が改まって話し始めた。
「あんたには本当に感謝してる。今はとても充実しているし今後も想像を超える景色が見られそうなのは、あの時あんたが誘ってくれたからだから。」
真面目な顔で言ってくるので少し戸惑ったけど、何故だかすごくホッとした。
「美由紀が成功して安心したよ。誘った責任を感じてたから。でも感謝してるって言うなら、今度は食事でも奢ってよ。」
「あぁ良いよ。サーロインステーキセットにドリンクバーとサラダバーも付けてやるよ。」
美由紀もあの頃の私たちの会話を覚えていたことが嬉しくて、二人で笑いあった。
思い切って連絡をとって本当に良かった。
後日、美由紀は口約束に終わらせず、思い出のファミレスで私に奢ってくれた。
私には約束通り、サーロインステーキセットだったけど、美由紀はチキンソテーのセットだった。初心を忘れないためかと聞いたら、久しぶりに食べたくなっただけだった。
「あの頃とは違う私を見せる。ポテトフライとピリ辛ソーセージも頼んでやる。」
美由紀は笑いながらあれこれ注文したが食べきるのにとても苦労した。




