私には、シルクハットボーイのセンスは理解出来ない
「な、なにあの男・・・・、まさか、あれが・・・・・!!」
私の前を歩いていた女子高生が、驚きの声を上げた。
それも無理はない。
奇抜な男だった。
まず、全身を長袖、長ズボンの黒いタキシードに身を包んでいる。
雪女の私から見ても変な服装だけど、服装として変かどうかの問題以前に―――――異常だった。
今は夏。
昨今は、夜の七時を回って太陽が沈んだ今でも、真東京は三十度以上の気温となっている。
暑いのだ。とても。
当然、どんな人も、半袖を着る。
つまり、この真東京で長袖を着ている人間など、ほとんどいない。
皆無と言ってもいいかもしれない。
ただでさえ可笑しいタキシードという服装は、そういった背景を考えると、余計に可笑しかった。
暑くないのかな。
そして、背中に黒いマント。
さらに、頭にはこれまた真っ黒いシルクハット。
顔には、太陽と月が描かれた面妖な仮面を被っている。
もはや、その姿は、道化師か、変態にしか見えない。
「ふははははは、絶景かな、絶景かな!」
男の声を聴いて、訝し気な表情で上を見上げていた人々は、言葉を失った。
その理由は、私でも分かった。
先程、女子高生たちが話していた仮面を被った変態男こそが、今ビルの屋上に立つ男だと察したからだろう。
が、そんな人々の反応など、気にも留めていないらしい男は、眼下で自分を見つめる人々に向けて、言葉を続けた。
「レディース・アーンド・ジェントルメン!!真東京に住まう紳士淑女の皆様、初めまして!あ、はたまた、お久しぶりです!!皆様に笑顔を届ける為に今日もまた、やって来ました。僕を知らない方と、間違えて覚えている方の為に、まず最初に自己紹介を!僕の名前は仮面を被った変態男じゃ~~~ありません!!僕は・・・・、シルクハットボーイ、です!!」
ばばっ!!
そう言って仮面を被った変態男――――シルクハットボーイはマントをはためかせ、大仰なポーズを決める。
「って、ダッサ!!」
なにあれ、流石にダサすぎでしょ。
それとも、あれが人間達にはかっこよく見えるのかな。
私は周りが気になり、辺りを見回した。
「何あれ、ダサすぎでしょ・・・・・」
「な、何であいつ、人前であんな事出来んだよ・・・・。精神鋼で出来てんじゃねえの?」
「ママ――何あれーーー」
「こらっ!見ちゃいけません!!」
あっ、良かった。人間から見てもあれはダサくて、ヤバいらしい。
危うく人間のセンスが信じられなくなるところだった。
あのシルクハットボーイのセンスだけが、可笑しいんだ。
が、当のシルクハットボーイ本人は、そんな事は完全にお構いなしで言葉を続けていた。
「ふははは!本日も皆様に笑顔をお届けしましょう!!今日行う『笑顔お届け活動』は、何と!!空中歩行、です!!」
言って、シルクハットボーイは、向かいのビルを指さす。
どうやら、ビルの屋上から屋上の間を何とかして、渡り切るつもりらしい。
普通に考えれば、人間にそんな事が出来るはずは無いんだけど、どうするつもりなんだろう?
「は?ま、マジかよ!」
近くの男が悲鳴にも似た声を上げた。
「?」
私には、何故その男がそんな声を上げたのか、意味が分からない。
空中歩行。それだけ考えれば、別にシルクハットボーイを見る私達には何の被害もないはずだからだ。
――――が、回りの人間達は戦慄していた。
「また、変態男が訳の分からない事を始めるぞーーー!!逃げろーーーーー!!」
「もし、前みたいにビルが崩壊したら私達、死んじゃうんじゃないの!?」
人間達は悲鳴を上げながら、我先にとその場から逃げ出していた。
―――――私が想像していた以上に、シルクハットボーイは人間達から信用されていない、もとい、怖がられているらしい。
まあ、それも無理はないか。
先程の人間達の話からするに、シルクハットボーイは事故なのか故意なのかはともかくとして、ビルを丸ごと破壊しているらしい。
そんな男が空中歩行?
絶対、何か大きな事件になる、と思うのが自然だろう。
いや、まずもって犯罪者のシルクハットボーイが現れた、それ事態が既に事件なんだ。
巻き込まれない様、逃げるのは当然なんだろう。
でも、私はその場に残り、シルクハットボーイを見続けた。
例え、ビルが崩壊しようとも私は自分で対処できる自信があったし、それに何より、もしかしたらあのシルクハットボーイは――――――
「この奇跡を見て、喚起し!驚き!笑顔となれ!!いざっ!」
眼下で見つめる人々の思いなど知りもしないし、知る気も無いんだろう。
拡声器を足元に置くと、威勢の良い掛け声を上げ、シルクハットボーイは、ビルの屋上から何もない空中へ、一歩足を踏み出した。
――――空中歩行。
そう言うからには何もないはずの空中を歩くのだろう。
普通に考えれば落ちるはずの空中で、落ちる事無く。
眼下で見つめる人間達は誰しもがそう思ったはずだし、私もそう思った。
だが、人間の考えも私の考えも甘かったらしい。いや、甘すぎた。
スカッ
そんな感じの音が適切だろうか。
別に聞こえた訳じゃないけど、擬音を付けるならそんな感じだ。
―――結果を言うと、シルクハットボーイは空中を歩行しなかった。
少なくとも下で見ている私からは、立つ気配すら伺う事が出来なかった。
自然の摂理に従って、さも当然であるかの様に、シルクハットボーイは落ちる。
美しい弧を描きながら、下の道路へ落ちていく。
当たり前だが、そのスピードはどんどん加速していく。
普通の人間なら、激突すれば間違いなく死んでしまうスピードで地面に向かって落ちていく。
「ふっ」
私の近くで逃げずに見ていた物好きな人間が、あざける様に小さく笑った。
空中歩行に失敗したシルクハットボーイを、バカにしての事か。
それとも自分達に被害が出そうに無い事に安心しての事か。
とにかく、何かしらの理由で気が緩み、笑ったのだ。
が、私は笑えなかった。
えっ、嘘でしょ!?
その光景は、私にこれ以上ないほどの驚きを与えた。
―――――不可解だったんだ。
顔が仮面で覆われているから、表情を見る事など出来ないんだけど、それでも、分かるほどに――――――シルクハットボーイは落ち着いていた。
慌てた様子が全く無い。
それは――――異様だった。異質だった。
どんな生き物も死ぬ間際というのは挙動がおかしくなるものだ。
それが、シルクハットボーイには全くない。
それはつまり、死ぬつもりが毛頭ない事を意味していた。
この状況で、死なない人間など存在しない。
一体、どうするつもりなの―――――!?
私が、人間達が見守る中、シルクハットボーイは地面に悠々と着地―――
ぐしゃっ(シルクハットボーイが地面に頭から落ちた音)
―――しなかった。
「「「・・・・・・・・・は?」」」
私が、人間達が見つめる中、しかし、シルクハットボーイは動かない。――――――――いや、これは完全に動けないんだろうなあ。
じわあ・・・
額からは血が滲みだし、何かビクビクしている。生きてはいるらしい。
気絶している・・・・・のかな?
「うわぁ・・・・・、流石にこれはダサいわねぇ・・・・・・・」
――――――無様に。
余りにも無様に、シルクハットボーイの『笑顔お届け活動』は終了した。




