氷の声
は、はははは、ははははははははははは!!!!!
この、バカが。アホが。クズが。ゴミが。間抜けが。畜生が。
な、ん、で、気付かない!!
気付けない!!
雫が本当は誰も殺したくなかったという事実を!!
確かに、間違いなく、雫は雪女という一族復興の為に動いていた。
それは確かだ。
その為なら、他の生き物を殺す事を仕方の無い事と、割り切っていた事も間違いない。
でも、それでも殺したくなかったんだ。
思えば、あの時、雫は公園で確かに言っていた。
『・・・・でも、一番悪いのは、私なのよね・・・・・・・』と。
あれは、人間も、あの時抱いていた黒猫も、何もかもをこれから殺す自分に向けて言った一言だったんだ。
そんな台詞、自分の行いに罪悪感を持っていない限り出るはずが無い。
証拠に、人間を殺す時も、必要な時以外、殺していない。
別に人をどうしても殺したいとか、そういう事では無いんだろう。
人を殺すからと言って、雫が殺人狂という訳では決してないのだ。
むしろ、その逆で、殺したくないと思っていたんだ。
だから、なのだろう。
自分が殺されるこの瞬間において、礼を言うなどと、バカな事をするのは。
確かに、雫が死ねば、目的である雪女一族の復興は不可能なものとなる。
だが、それで人を殺さなくてよくなる事もまた事実だ。
―――――ああ、何て、寂しい女なんだ。
結局はどう転んでも、他人の為だ。
自分の事など何も考えず、他人に尽くす。
損な生き方だと思った。
同時に、僕は何故、雪女に一目ぼれしたのか、理解した。
今まで、惚れた理由など何も考えてこなかったが、やっと分かった。
僕は、人々に笑顔を届けたいと言いながら、結局は自分の為に生きて来た。
どこまでも、どこまでも自分の為に生きて来た。
孤児として誰からも相手にされなかったせいか、自分が認めてほしいという事ばかりを考え、マジシャンの道を選んだのも、結局は誰かに自分を認めて欲しかったから。
その一点に尽きるのかもしれない。
だが、それとは対照的に雫は――――
自分の仲間である雪女達が死ねば、彼女たちの為に。
自分が死にそうになればもう人を殺さないで済むと笑顔を浮かべ。
そこに、自分がどうなりたいかなど微塵も無い。
ただただ、他人を気遣うばかりだ。
まるで、違う。
僕とは何もかもが。
だが、それでも思うんだ。
一緒だと。
自分の為か、他人の為か。
その違いこそあれ、僕たちは一緒だ。
今も僕を見つめるその瞳が如実に語っている。
――――さみしい、と。
ああ、僕もそうだ。寂しい。
回りに誰も自分を認めてくれる人がいないのは寂しいものだ。
それが分かるからこそ。
孤独の痛みを知っているその瞳を見たからこそ、僕は彼女に―――雫に恋をした。
愛した。
惚れた。
痛烈に。
熱烈に。
そんな彼女を、孤独のまま、死なせるのか。
訳の分からないこの空で。
意味の分からない満足感を抱かせながら。
断言しよう。
糞喰らえだ。
『笑顔お届け活動』――――あれは僕の嘘の塊だ。
人間が好きなんて嘘だった。
活動の大前提がまず嘘だったんだから、誰も認めてくれなくて当然。
僕はただ、僕に笑いかけて、僕を必要としてほしかっただけだというのに。
別に、人間は嫌いじゃない。
どちらかといえば、好きだ。
何となく、好きだ。
でも、雫はその比じゃない無いくらいに好きなんだ。
大好きだ。
愛してる。
例え勘違いでも、僕を認めてくれた唯一の存在。
人間が死んでいいなんて思わない。
命は貴く、掛け替え無く、大切なものだ。
僕の判断で多くの人間が死ぬだろう。
でも、それでも。
雫には、幸せに生きていてほしい。
きっと、この考えは間違っているんだろう。
そりゃそうだ。
人間という種族から見れば、ここまで間違った考えも無い。
が、それは裏を返せば、人間以外の立場からすれば間違っていない事を意味する。
そう。
『氷結世界』を完成させ、世界を氷漬けにするという考えは、雪女――――雫からすれば、この上なく正しい。
なあ、雫。
君が全部を背負う必要はない。
これからは、僕が半分背負うよ。
もう、声は出ないと、肺は凍り付いたと、そう、思っていた。
が、わずかだが、本当にわずかだが、僕の口から声が絞り出される。
「氷結せし世界よ――絶対の凍土よ――永劫の氷よ――雪より冷たく、凍える世界に、今こそ――――――」
その声は小さい。
僕の声であるのに、僕自身でさえ聞き取るのが難しい程だ。
が、それでも、どこまでも響く様な不思議な声は、雫の耳のも届いたらしい。
「・・・・人和、あなた、まさか・・・・・・!!」
驚く雫に僕はただ、笑う事で答えた。
――――不意に、僕の視界は真っ白に覆われた。
*
『ボクラを呼ぶのは誰?雪女じゃないね』
ただただ白い世界に、どこからともなく声が響く。
いや、どこからともなくじゃないな。
その声は、僕の胸。
雫によって生み出された氷から聞こえて来ていた。
「―――お前は誰だ?」
不思議な事に、すんなりと声が出た。
その事実に驚いていると―――
『ボクラ?ボクラは精霊だよ。雪女に仕える氷の精霊』
声は僕の質問に答えた。
――――ああ、そう言えば雫が言ってたっけ。
雪女の魔法は氷の精霊の力を借りて発動してるって。
僕が『氷結世界』を発動しようと詠唱を行った事で、僕自身も精霊と話す機会を与えられたって事だろうか?
『キミ、変わってるね。人の身でありながらボクラに力を求めるなんて』
クスクスと、まるであざ笑うかの様な声が響いた。
・・・・・って、こんなに暢気に話してる場合じゃない!!
「そんな話はどうでもいい。で、精霊さんとやら、僕に力を貸してくれよ!」
『それはキミの気持ち次第かな?ねえ、教えてよ。雪女でもないのに僕らの力を借りようとする不届きなキミは一体何がしたいのさ』
「・・・・・・・何となくのカンだけどさ、お前らその答えを知ってて聞いてるだろう」
『まあね。再確認だよ』
うん。ちょっとイラッとするね!
どことなくバカにされている気がする。
「雫を助けるんだよ!あいつの願いを叶えるんだ!分かったら力を貸してくれよ!!」
『はいはい。分かったよ。・・・・・でも、これだけは約束して』
「何?」
『絶対に彼女を幸せにするって』
「言われるまでも無い」
それを聞くと精霊たちは満足したらしい。
何となく、そんな気がした。
真っ白な世界はだんだんと薄くなり、グラビティツリーから落ちている途中の、元の光景が僕の前には広がり始める。
『あ、そうそう。雪女の力を使う男って何て言うんだろうね』
僕の視界が戻っていく中、最後に精霊たちのからかう様な声が聞こえた。




