その言葉を聞いた瞬間、僕は――
悲しい。
ああ、悲しい。
なぜ、愛した女と殺しあわなければいけないんだ。
こんなひどい事って他にあるかよ。
グラビティツリーから飛び降り、強風に全身をめちゃくちゃにかき乱されながら、僕は思った。
その旨の中には、しっかりと雫を抱いている。
「・・・・離せ・・・!離・・・しなさい!!」
雫が胸の中でもがくが、僕は手の力を決して緩めようとはしない。
「この・・・!!」
しびれを切らしたのか。雫は僕の胸に手を置くと、
「・・・・『氷塊』!!」
パキパキと。
凍える冷気が、僕の胸から全身に向かい、這い始める。
それは明らかに死を運ぶ氷だ。
「がはっ!!」
僕は溜まらず、雫を離した。
話した途端、風に運ばれ、視界から雫が消える。
だが今は、雫を気にしている余裕もない。
苦しい。息が出来ない。
目を胸元に向けると、見事に胸は凍り付いていた。
―――ははっ。なるほどな。こりゃあ、息が出来ない訳だ。
思わず笑ってしまう。
が、口角が上に上がるだけで、笑い声は出なかった。
肺まで凍り付いたのかもしれない。
――――こりゃあ、死んだかな。
いや、それ以前にグラビティツリーの頂上から落ちてるんだ。
ほっといても、普通に考えれば死ぬんだけど。
今まで、雫の『氷塊』を受けた人たちはこんな苦しみを味わっていたのか。
今更ながら申し訳なさで胸が一杯になる。
――――人は、呼吸出来なくなってから、何分で死ぬんだっけ?
ふと、そんな事を考えてしまう。
が、すぐに首を横に振った。
今はそんな事考えている場合じゃないか・・・・。
そうなんだ。
そんな事考えても関係ないんだ。
迫る地面は恐らく、呼吸困難で死ぬよりも早く、僕の命を刈り取るだろう。
その前に、僕はやり切らねばならない。
――――雫をこの手で殺さなければならない。
頂上から落ちた程度で雫が死ぬとは考えにくい。
空を見れば『氷結世界』を構成する幾何学模様は雫を失い、いびつな形にゆがみ始めていた。
このままいけば、いずれあの幾何学模様は消えてなくなるだろう。
でも、関係ない。雫が生きている以上、いずれ『氷結世界』は発動する。
大量の人間を殺す。
きっと、人類は滅ぶ。
雫にその気が無くても、滅ぼされる。
だから、殺さないと。
愛する彼女を殺すのだ。
僕は呼吸の出来ない肺を無視して、首を回した。
何とか視界の端に雫を捉える事が出来た。
風にもてあそばれてめちゃくちゃに空を漂う彼女はまだこちらに気付けていないらしい。
僕は風をかき分け、雫の元へ近づく。
近づいても耳にぶつかる強風が僕の存在を雫から隠してくれた。
距離にして十メートルも無いだろう。
そこまで近づいても、雫は背後から近づく僕に気付けない。
・・・・・雫、さよならだ。
僕はゆっくりと懐から銃を取り出した。
それは、警官―――杉林が所持していた銃だ。
一番最初に、雫と合った時に手に入れていた銃。
僕はゆっくりと銃を雫に突き付けた。
――――弾は予め込めてある。
本来はどうしようも無くなった時、警官達に威嚇射撃しようと、用意していた弾だ。
・・・・まさか、こんな使い方をする羽目になるなんてな。
僕は、苦笑しながら、涙を流した。
その涙は風に運ばれ、偶然にも雫の頬に当たる。
「・・・・!」
雫が振り返り、目を見開いた。
自分が銃を突き付けられているという事実に、初めて気づいたのだろう。
そして、悟ったのだろう。
もうすでに、引き金を引くだけで、殺せる僕と、これから、手を前に突き出し、『氷塊』と、技のキーワードを言わなければ殺せない雫。
どちらに分があるのかという事を。
「そう・・・、私の負けね・・・・」
言って、雫は微笑んだ。
手を突き出し、『氷塊』を唱える素振りすら見せない。
その顔は、どこか満足げにすら見える。
「・・・・か、あ」
思わず何か言いたくなったけれど、凍り付いた肺では何も言えない。
が、変わりに雫が言葉を発した。
「・・・・これで、もう誰も殺さずに済む。・・・・・ありがとう、人和」
その言葉を聞いた瞬間、僕は―――――――




