願いは届かず、母様は逝き、私は独りになった
「母様、母様・・・・!!」
――――ダメだった。
何度呼びかけても、母様は返事を返してくれない。
普段から真っ白な肌をしている母様だけど、今は白すらも通り越して何だか少し透け始めている。
まるで、真っ白な雪が溶けていくみたいに。
荒い息を吐きながら、今も布団で寝ている横顔は、頬もこけていて、生気が感じられない。
もう、意識が定かではないのかもしれない。
外を見れば、ハラハラと雪が降っている。
その振り方はまばらで、降り積もる事は無いだろう。
―――――それは、おかしい。
今は冬。
例年なら、吹雪が吹き荒れ、一面銀世界になっていた。
だというのに、私が今見ている外は、雪が全く降り積もらず、地面をむき出しにしていた。
明らかに、暑すぎる。
この雪山が、ここまで暑くなるのは異常だった。
母様の体調の悪化も間違いなくこの暑さのせいだろう。
私は、この異常気候を作り出した元凶を知っている。
「・・・・人間どもめ」
悔しい、悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい・・・・・・!!
苦しむ母様が目の前にいながら、何も出来ない自分が。
そして・・・・、母様を苦しめる暑さを作り出した人間が―――――憎い。
あいつら、殺して―――――――――
「・・・・・・雫」
「っ!母様・・・・・!!」
母様が目を覚ました!
呼吸は荒く、頬はこけ、本当に辛そうだけど、それでも目を覚ましてくれた!私の名前を呼んでくれた。
「・・・・雫、あなた、何て顔してるの」
「えっ・・・・」
「本当に・・・・辛そうな顔。そして・・・・、何かを憎むような顔。優しいあなたがする顔じゃないわね」
「母様!今はそんな事どうでもいいですから!喋らないで。体を休めて下さい」
私の呼びかけに、しかし母様は首を横に振った。
「・・・・残念だけれど、私はもう長くは無いの・・・・・。自分の命だもの。それくらい分かるわ」
「そんな・・・・!!」
母様が・・・・死ぬ?そんな、そんなそんなそんなそんなそんなそんなそんな。
一体、誰が悪い?何が悪い?
分かってる。人間が悪い。
人間が、母様を殺した。
人間が、人間が、人間が人間が人間が人間が人間が人間が人間が。
「・・・し・・く・・・・・ず・・・・く、雫!!」
「はっ!」
見ると、母様が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
私は、母様の声に気付けないほどに、動揺していたらしい。
「雫、よく聞きなさい」
いつもは優しくおっとりとした母様が、見た事も無い様な真剣な表情で私に話しかけて来る。
・・・・私も覚悟を決めて母様の話を聞くべきなんだろう。
「・・・・・・はい、母様」
「・・・・私は・・・・、もうじき・・・。でも、あなたにはその事で人を憎んで欲しくないの。あなたは優しい子。・・・・私の自慢の子。だから・・・・ね?」
「む、無理ですよ、母様・・・・!!母様をこんなにした人間を憎まないなんて、私には・・・・・!!」
母様が力を振り絞って声を出しているのが分かった。
本当にもう限界なんだ。
自然と私の瞳からは涙がこぼれ落ちた。
頬を伝い、地面に落ちる。
カツんと、地面に氷の雫がぶつかった。
「こら、そんなに・・・・泣かないの。・・・・せっかくの可愛い顔が台無しよ。それに、大丈夫。あなたなら、きっと人を好きになれるわ」
こんなにも母様が必死に喋ってくれているのに、母様の方が絶対に辛いはずなのに。
喋ることすら出来なくなったのは、むしろ私の方だった。
もう、私にはただただ涙をポロポロと溢す事しか出来ない。
カツカツと、どんどん床に氷の雫が落ちていく。
「全く、しょうがない子ね・・・・」
母様はゆっくりと手を伸ばし、私の目元にたまった涙をぬぐった。
その手は、うっすらと凍り付いている。
「・・・・・雫、雪女一族の事・・・・・・・・・・・・・・・任せたわよ」
母様は笑っていた。
何も心配する事など無いかの様に。
母様の手が力なく下がっていく。
「・・・・・母様?」
母様は答えてくれない。
ただ、安心した様に笑ったまま、動かなくなっている。
「・・・・・・・・ねえ、嘘でしょ?母様・・・・・?か、母様、母様」
何度呼びかけても、声は帰って来ない。
理解したくない。分かりたくない。受け入れたくない。
でも、現実は残酷だ。
「・・・・か、母様ーーーーーーーーー!!!!」
雪女一族、ただ二人だけの生き残り。
母様は、私の前で息を引き取った。
これで、私は一族最後の一人になった。
世界に雪女は私だけ。
―――――私は、独りぼっちになった。




