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I IOVE YOU

「・・・あなた、本物?」

 僕が茫然と見つめる中、女は聞いてきた。

 とても澄んだ印象的な声だ。

 どことなく、耳に直接響いてくる様に感じる。

 この女と会話する者が、その声を聞き逃す事など、有り得ないだろう。

 が、僕がその問いに答える事は無かった。

 聞き逃した訳じゃない。聞こえていなかった訳でも無い。

 答える前に僕の耳には、周辺からパトカーのサイレンが聞こえて来たのだ。

 ウーーーー、ウーーーーー

 響くパトカーの警報音。

 辺りを見回せば、並んで付いて来ていた複数台のパトカーが僕と女を取り囲んでいた。

 考えれば、当然の事だ。

 きっと、僕を乗せたパトカーが吹っ飛んだ時から、他のパトカーは警報音を鳴らし、取り囲み初めていたのだろう。

 ただ、その音が耳に入らないほど、僕の気が動転していただけの事。

 今になってやっと、手錠が外れ、女が何故か眼前に立っているという驚きも抜け始めた事で、周囲の状況に気を配る僅かな余裕が僕の中に生まれたのだろう。

 ―――しまった!

 僕は思うが、もう遅い。本当に今更だ。

 次々とパトカーの中から警官が現れ、あっという間に包囲される。

 当然ながら、その全員が拳銃を構え、警戒の色を濃くしていた。

「お前達は包囲されている!諦めて、投降しろ!!」

 その中でももっとも年配であろう警官が声を張り上げ、警告して来た。

「ちっ」

 僕は小さく舌打ちした。

 実際、この状況はまずい。まず過ぎる。

 このままでは間違いなく捕まってしまう。

 ―――何とかして切り抜ける方法は・・・・。

 クソッ、ダメだ。

 持ち物はさっきあらかた没収されてしまったし・・・・・、ああ、いや、奥の手だけは没収されてなかったか。

 いや、でもここで奥の手を使ったところで逃げ切れる可能性は低いか・・・・・。

 僕が必死に頭を回していると―――

「うるさいなあ・・・・」

 ぽつりと。

 女が喋った。

 その言葉は―――冷たかった。

 聞く者の心までもを、恐怖で震え上がらせるのではないか、とさえ思えた。

「雪の精霊よ、力を貸して。・・・・凍えろ―――『氷塊』」


 パキイィィンンッ

 女がそう口にすると、パトカーが引っ繰り返ったあの時の様に、またしても乾いた音が辺りに響いた。


 ――――そして、警官達は全員が氷漬けになっていた。


「・・・・・・なっ・・・・・・!!!!」

 僕は言葉を失った。

 一体、今、何が起こったのか理解出来ない。

 一瞬、マジックかと思った。

 だが、それは違うと瞬時に判断する。

 こう見えても、いや、一様は見た目通り、僕はマジシャンの端くれだ。

 マジックで出来る事と、出来ない事の区別くらいは付く。

 間違いなく、今の現象はマジックでは再現出来ない。

 ひとまずの脅威が排除された中、僕は改めて女を見た。

 そして気付く。

 この女が着ていたのは、確かに白い着物だった。

 が、よく見れば、帯の左側を前にして着ている。


 これは―――白装束。

 死者が身に着ける着物だ。

 生きている人間が身に着ける物では、無い。

 白装束を身に纏い、氷を操る女。

 ・・・・非現実的すぎる。

 僕は自らの脳裏に浮かんだ予想を自分自身で否定した。

 その予想が明らかに有り得ないから。

 いや、だけど、しかし・・・・。

 この事態を説明するにはこれしか思い浮かばない。

「・・・・・・・・雪女?」

 それは、昔話やおとぎ話で登場する日本の妖怪の名前。

 その言葉を発した僕自身、目の前の女がそうであるとは、甚だ信じられない。

 が、僕の言葉を聞いて、女はゆっくりと首を縦に振った。

「・・・・うん。確かに、私は雪女」

 ――――女は、認めた。

 自分が、雪女である、と。

 妖怪だ、と。

 ―――――マジかよ・・・・・。

 僕は必死に頭を回転させ、自分が持ちうる限りの雪女の知識を思い起こした。

 雪女。

 それは、雪山に住む。

 イメージとしては、若く美しい女か、はたまた老婆。

 吹雪を操る。

 雪山に迷い込んだ人を襲う。

 僕が思い起こせる知識は、せいぜいこれくらいだった。


 雪女の言葉を聞いたきり、黙り込んでしまった僕を見て、何を思ったのか。

 雪女は身を屈め、僕に顔を近づける。僕の目を覗き込んで来る。

 って、顔が近い近い!!

 ―――――にしても、あれだな。本当にきれいな顔してるな・・・・。

 大きく、どこまでも澄んだ黒い瞳。

 高く、整った鼻。

 瑞々しい唇。

 背中まで伸びる黒髪は、風が吹くたび、靡いて、光を反射させる。

 その光景は幻想的ですらある。

 場違いではあるんだけど、思わず僕は雪女に見とれてしまった。

 どうしよう?顔とか赤くなってないかな?

 自分で言うのも何だが、僕がそんなアホな事を考えていると、雪女は口を開いた。

「・・・・怖い?」

「は?」

 ・・・・え?僕が?雪女を?

 雪女の顔は、不安で彩られていた。

 何で、雪女はそんな訳の分からない事を言うんだ?

 雪女がそんな不安な表情を浮かべる意味が僕には分からない。

 怖い?

 そんなまさか。

 僕を助けてくれた、美しいこの女を怖がる必要がどこにある?

 そう。

 僕の全身を駆け巡る感情は決して、恐怖などでは無い!!

 それは間違いない!

 だからこそ、雪女が、僕が怖がっているかもしれないなどと、勘違いしている事が許せない。

 僕は、雪女の言葉を無視して、無言でその場に跪き、そして、心からの言葉を口にした。


「――――――――I IOVE YOU」


「・・・・・は?」

 雪女は口を開け、固まった。

 まさに、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔だ。

 でも、そんな顔もかわいいね!!

 僕は放心状態の雪女の手を取った。

 そして、手の甲にキスをする。

 そう、騎士が姫に忠義を誓う時にするあれだ。一度、やってみたかったんだよね!

 まあ、仮面の上からだけど。

「ああ、美しい君よ。あなたのその流れる髪が、憂いを帯びた瞳が、雪よりも白いその肌が、僕の心を締め付けるのです。どうか、どうか、どうか、結婚して下さい!!」

 実は今、僕は血まみれだ。

 ビルの屋上から落ちた時の出血は止まってはいるものの、その血はべったりと全身にこびり付いていた。

 血まみれでありながら、なおも僕は興奮する。

 止められない止まらない!猛り狂うリビドーを押さえられない!!あっ、ヤバい人だわ、これ。

 僕自身の体温が上昇している為か、雪女の手であるからか、真夏でありながら雪女の手はひんやりと冷たかった。

 恋で火照った僕の体には、その冷たさは気持ちいい。

「・・・・あ、あなた、自分が何を言っているか、分かっているの?」

 雪女が困惑し、顔を引きつらせながら、僕に聞いてきた。

「分かっている?愚門です君よ。超絶美しい女性がいるから求愛する。むしろ、それの何が分からないというのですか?」

 ばばっ

 両手を高々と天に突き上げ、立ち上がり、僕は力の限り熱弁する。

「素晴らしい!!素晴らしい素晴らしい!!!今、この瞬間にも捕まるかもしれないというこの時に、生まれて最も幸せを感じる時が来ようとは!!何という運命!!ああ、糞ったれな神よ!!今だけは感謝します!」

 雪女は茫然としている。唖然としている。

 だが、今、僕にとっては、雪女の態度など関係ないし、どうでもいい。

 この女は何としてもものにする。

 それが、この瞬間、僕の心に渦巻く感情の全て。

 恋は盲目とか言うけれど、あれは本当だね!なってみて初めて分かったよ!

「僕の中で猛り狂うオスが叫ぶのです!!あなたこそ人生の伴侶だと!!運命の相手だと!!!さあ、僕の妻になって下さい!!」

 今一度、僕は手を前に差し出す。

 雪女に、手を握り返す様、目で促す。

 しかし、その手を雪女が取る事は無かった。

 変わりに、

「・・・・・・・・・・・・・・・・きもい」

「げふうっ!」

 ・・・・・・ゴミを見る視線が、僕に注がれた。

 お、おおふっ。な、中々のダメージだ・・・・。軽く吐血したぜ・・・・。

 今日がゴミの日だったら、間違いなく捨てられていたと確信する。

 その視線だけで、普通の男なら、恋を諦め、挫折しただろう。

 だが、何を隠そう、今告白しているのは、日本中が栃狂っていると認める犯罪者、シルクハットボーイ!

 そう!僕は絶対、普通じゃない!!

 僕にとって、そんな視線、全く持って関係ない。

 口元を拭い――――、まあ、仮面を付けているので実際はぬぐえず、素振りだけだが。

 とにかく、僕は気を取り直し、言葉を続けた。

「ふははははは!僕が伴侶に!妻にすると言ったのだ!もはやあなたに拒否権は無い!!さあ、一緒に来てもらおうか!式の日取りなど話し合わなければいけないからね!!」

 そう言って僕は雪女の手を取った。

 が、雪女はその手を振り払う。

 えっ、何で!?

「・・・・・ほんと、きもい。どっか言って」

「ぐふうっ!!そ、そんなんでいいのか、我が未来の妻よ」

 丁度、僕が言葉を言い終わるのと同時。

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 今まで僕達を取り囲んでいたのとは別のパトカーのサイレンだ。

「このままでは、また次のパトカーが来るぞ?まあ、あなたならまた退けてしまうのかもしれないが、それでも頂けないな。騒ぎを大きくすればするほど、集まる警官の数も多くなるぞ?さすがにこれ以上多くの人間に追われて、それでもあなた一人で逃げ切る自信があるのかな?僕と一緒に逃げた方が賢明じゃないかな?ウ~~ン?」

「くっ!それは・・・・・」

 僕の言葉を聞いて、雪女は暫く考え込んでいた様だったが、やがて顔を上げた。

「・・・・分かった。あなたの言う事も、一理ある。癪だけど・・・・、本当に・・・・、癪だけど、今だけはあなたに、ついて行ってあげる」

「オーケー。それでいいんだ。さて、未来の伴侶を助けるとしよう」

「・・・・助けたのは、私なのに・・・」

 雪女の不満の声も、クズを見る視線もテンションマックスの僕には大したダメージではない。

「あ、その前に名前を教えてくれませんか?雪女さん」

「・・・・・雫。妻葉雫さいば しずく

「そうか、雫か。いい名前だね!僕の事は、ここではシルクハットボーイと呼んでくれよ!」

「知ってる」

 何だか雫は、僕と話しているとどんどん不機嫌になっていく様な・・・・・、うん、そんな訳ないね。気のせいだろう。


「では、行こう!二人の輝かしい未来に向かって!!」

「・・・・ほんと、うざい」

 僕は陽気に、雫はきっと表面上だけは嫌々と、パトカーのサイレンが鳴る逆方向へと駆けだした。

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