7話 『信頼』
「ハァッ!」
炎天下に晒された、地平線まで続く砂漠。
柔らかな砂を踏みしめ、迫りくる敵へと照準を合わせ、トリガーを絞る。
炎と共に放たれた黄金の弾は、一直線にモンスターの額に向かい、その緑色の肌をつき破る。
「ギィィッ!」
短く悲鳴をあげたモンスターは、穴の空いた額から血を撒き散らしながら、1メートルほど吹っ飛び、砂に叩きつけられた。
周囲にはまだ真新しい死体が、同じように乱雑に並べられていた。いや、並べた。全て、俺がやったものだ。慈悲、同情も持たず、俺はそれらを見て呟く。
「まだ、足りない……」
たとえいくら快楽に満ちても、たとえどんなに幸せな生活を送っても、俺にはまだまだ足りない。
あの日から、胸にぽっかりと穴が空いたような感覚で、来る日も来る日も、あまり楽しいものではない。
最近になって、シェイドが新しく奴隷を持ち、毎日が少し賑やかになったが、俺にとってはそんな賑やかな毎日も、霞んで見えてしまう。
「足りない」
だから、こうして今日も同じような言葉を呟き、同じように生物を殺し続け、何もできなかったという自己嫌悪感と、神聖軍に対する憎しみの数々を、血で染め上げている。
血が好きな訳ではない。
ただ、この鮮やかに輝く紅色が、憎たらしいくらいにティアラに似ているから、それを見るために、毎日生物を殺りつづけている。
毎日、毎日。だが、足りないのだ。
その理由は、自分でも痛いくらいにわかっている。
この血は、ティアラではないから。
トリガーを引き絞り、生物が死んだとき丁度、襲撃終了を意味する音楽が、頭に鳴り響いた。
「今日は、このくらいか」
ホルスターに銃を納め、俺は転移魔法を唱える。
すると、光が身体全体を包み込み始めた。促されるように、静かに目を閉じる。
目を開くと、自室の中心に立っていた。
直径3リルクル程で、正方形型の部屋は、主君の部屋と同じように白く、シングルベッドがポツンとあるだけの、殺風景を超えて、もはや時が止まっているという表現がお似合いな一室だ。
本来ならば、転移先は通路の中心に限るのだが、俺はここに転移できるように、魔術式をいじってある。
さてと、今は陰の12時。夜も深い、寝ることにしよう。俺はベッドへと歩み、掛け布団に手をかけた。
『D1、すぐに来て。非常事態よ』
突然、脳内に聞き慣れた主の声が響き、俺は布団にかけていた手を止め、片方の手で耳を抑える。
「……なんだ? 主君。今の時間帯は寝ていなければならないだろう」
『そんな場合じゃなくなったの。早く来なさい』
聞く限り、明らかに焦っている様子が窺える。
それに、本来主君は、陰の8時から陽の8時までは、眠っていなければならない。
その理由は、はっきりと聞いてはいないが、おそらく何か規則があるのだろう。
それも、親からの言いつけとかではなく、もっと重要なもの。
それを破ったということは、非常事態という言葉が本当だということを意味する。
「了解」
俺はすぐに部屋を出て、左へ曲がる。
シェイドの部屋に通じる場所まで行き、いつものように転移魔法を唱えた。
……そういえば、D2を呼んでいた方が良かっただろうか。
いや、一応だが最近になって力をつけてきたとはいえ、まだまだ無力だ。弾除け程度にしかならないだろう。
俺は静かに目を閉じた。
「来たわね」
目を開くと、そこには深刻そうな表情の主君が、いつものように空中に魔法陣を描き、そこに映る戦場の映像を見ていた。
俺は主君に駆け寄る。
「一体、何があった」
「これを見なさい」
主君が魔法陣を指差す。
俺は言われた通り、それを覗き込むと、そこには衝撃の光景が映っていた。
「何故D2がそこにいる!?」
「あのバカ、いや能(脳)無し!」
「うまいな」
「座布団は何枚もらえるかしら? って何言ってるのよ貴方!」
「それは主君もだろう」
「ぐっ……って今はそれどころじゃ無いの! あの能無し、あれほど戦場に行くなって言ったのに!」
主君は拳を固く握り締め、焦りに少々怒りを混えた様子だ。
「まぁ、確かにD2は、戦場に行きたがっていたな」
「不覚だったわ。もっとD2をちゃんと見ておくんだった」
頭を抱えてため息を吐く主君。
だが、D2の気持ちは分からないでも無い。
人間の好奇心というものは、制されれば制されるほど、掻き立てられてしまうどうしようも無いものだ。
その一連の事例が、物語になってしまうほどに、好奇心というものは恐ろしい。
で、この映像を見せられるということは、つまりそういうことだろう。
「だからD2を助けに行けと」
「さすが貴方ね。察しが早くて苦にならないわ」
「…………」
主君は、どうやら俺が行くとばかり思っている様子だ。
「私が転移させてあげるから、あのバカを連れ戻してき……」
「主君」
俺は、真剣な表情で主君を見据え、主君の言葉を遮った。そして……。
「悪いが、今回はこの任務、下ろさせてもらうぞ」
「……なんですって」
主君は冷たい視線で俺を睨んだ。
本気で怒っている時の主君の顔だ。
無言の圧力というものが、容赦なく心を抉りだす、誰もが膝を屈するような恐ろしい表情だ。
だが、俺は屈しない。
「貴方、奴隷のくせに随分と大きな口を叩くのね」
「言ったはずだぞ主君、いや、シェイド・ルシファー」
シェイドに負けじ劣らぬ、ドス黒い声を浴びさせる。
ゴクリという音がシェイドから聞こえた。
「俺は、妹を……ティアラ・ローズオブライドを助けるためなら、奴隷になってもいいと。今回の任務は、明らかにその目的から外れている」
「貴方……まだそんなこと言ってるの。もう忘れなさい、あの子はもう……」
ホルスターから銃を素早く取り出し、シェイドを狙って引き金を引いた。
弾は風を跳ね除けて一直線に飛び、シェイドの背後の壁に音を立てて埋まり、そこを中心にヒビが入った。
数秒後、シェイドの頬。美しい肌が小さく開き、霧状の血を噴出させた。
「それ以上言ってみろ。次は頭だ……」
「……何、やる気?」
シェイドの目を鋭く睨む。額から汗が一粒流れ落ち、少しだけ頬を歪ませるシェイド。
数秒の沈黙。
嵐の前の静けさ。
次の瞬間、シェイドが立っていたはずの白い床が、凄まじい音を立ててめくれ上がった。
それが開戦の合図だった。
背後に殺気を感じる。
俺は前方に飛び、空中で身を捻らせ、背後を前方に変えると、腹までレイピアが迫ってくるが、長さが足りずに突き刺さらない。
これを紙一重で避けると言うのだろう。
俺はレイピアを持ったシェイドに照準を合わせ、弾を連射する。
4重に連なった弾は、真っ直ぐにシェイドへと向かうが、それを彼女は、剣で弾くという神業を、いとも簡単にやってのけた。
シェイドの持ちし剣には、棘がまとわりついていて、本来ならば、鉛である弾により、それは破られる筈なのだが、何があっても決して破れることはないだろう。
シェイド愛用のレイピア。
「薔薇の剣・アルラウネ」
それは、ビーストセイバーにより作られた、シェイドオリジナルの魔剣だ。
剣自体は普通のレイピアとほとんど変わらないが、目立った能力は、その棘にある。
魔剣により作られた傷口から棘が植えつけられ、その棘に、五感を養分として吸い取られ、斬りつけられた者は奪い取られた五感の代わりに、脳内に忌々しい囁きが聞こえ、無の空間をひたすら彷徨う運命に導かれるという、なんともおぞましい能力だ。
昔シェイドが話していたのを、今でも覚えている。
「人が死んでも生き返る世界で、人を苦しませるためには、生かしながらゆっくり殺すことが大事なの。物理的にではなく、精神的にね」
微笑しながら語られるその言葉に、恐怖を覚えていた。
斬りつけられたら一貫の終わりだが、俺はそんなことをさせるつもりはない。
無傷で勝利。それがこの戦闘に勝つための絶対条件だ。
「奴隷の分際で、私に勝てると思ってるの?」
「あぁ、それは、難しいことだ。だが、俺はそれでもお前を倒す」
「大した心構えね。いいわ、私に抗った事を後悔させてやるんだから!」
俺はティアラが生きていると信じている。
だから、ティアラを探すために、助け出すために。
このシェイドは何かを知っているのだ。
倒す前に、聞き出さなければならない。
ティアラが今、どこにいるのか。
今の俺は、それに尽くす。