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6話 『油断』


  時は、俺がシェイドの奴隷になってから、早くも一週間が過ぎていた。


「先輩は……寝た……よな」


  草木も眠る丑三つ時。

  俺は扉を音を立てないように静かに開けて、暗い通路をキョロキョロと見回す。

  まぁ、この通路は使っている人、俺と先輩ぐらいしかいないから、いっつもひっそりとしているんだけどな。

  俺は抜き足差し足忍びで部屋から出て、静かに扉を閉める。

  そして、俺から見て左へと向かい、別れ道で右へと向かった。

  通路のこっち方面は、たった今初めて足を踏み入れた。


  さて、ここで一つ、新たな説明も加えながらこの通路のおさらいをしようか。


  この通路は、「王」こんな感じの造りになっていて、縦棒は大通り。真ん中と下の通路の間の左側、そこに扉が付いている。俺の部屋だ。

  そして先輩の部屋は、真ん中の通路を挟んでお隣だ。


  その左の通路。「王」の一番上の通路だから、今から「頭道(ヘッドロード)」とでも名付けようか。

  左奥がシェイドの寝室。あの奇妙な白いドーム状の天井に、真ん中に豪華なベッドが異色を放って佇んでいる部屋だ。

  そして、右奥が王の間。ちょっとしか入ってないから、造りはあんまり分かってないけど、まぁ、豪華だったってのは覚えてる。

  ……あと、痛かったってのもな。


  次は、「王」の真ん中の通路。命名するなら、「心臓道(ハートロード)」かな。

  左側は、あの悲劇の場所。食堂だ。

  食堂は長細くて、シャンデリアが3個、5メートルおきに灯ってたって割には、少しだけ薄暗かったってのをよく覚えてる。

  あと、窓が多かったな。

  右側は、後で説明するよ。重要なことなんで。


  最後に「王」の下側の通路。頭、心臓、って来たら、ここは「足道(フットロード)」かな。

  左側は、まだ行ったことないけど、どうやら城下町に通じてるらしい。

  暇があったら今度行ってみますか。

  そして右側は訓練所。

  ここは昨日と今日とでいろいろお世話になったとこだな。

  初めて行ったときは草原が広がってたけど、翌日行ったときには砂漠が広がっていた。

  その翌日は孤島。その翌日は熱帯林。

  そこに来るたびに違う世界が広がっていた。

  シェイドの言葉を振り返ると、俺が見た草原や砂漠は、幻覚と言っていた。どうやらあの部屋は、本当は無造作に壁や天井をくりぬいただけの、入り口も出口もない洞窟らしい。


「いつかあの部屋の本当の姿を見てみたいもんだな」


  腕を組んで一人頷いた。

  まぁ、見てもあんまり楽しいものではないだろうけど。


「さて」


  そして後回しにしていた、ハートロードの右側通路の奥がどこに通じるかっての話だな。

  さっき説明を後回しにしたのは、今からこの通路の通じる先に向かうからだ。


「『時空を超える汝よ。今我の前に門を開け』」


  転移魔法の詠唱を唱える。

  すると、眩い光が身体を包み込み、俺は光に目がやられる前に、静かに目を閉じた。

  いやはや、この感じももう慣れたもんだ。

  通路内の冷たい空気から、打って変わって高熱が感じられるようになる。

  耳にはパチパチと、炎が燃え上がる音が響く。

  転移が完了した事を肌身で感じ、俺はおもむろに目を開く。


「…………」


  広がった光景に、俺は思わず息を飲んだ。

  空は死んだように黒く曇っており、ところどころにひびが入った地面には、炎が激しく燃え盛っている所がいくつかある。

  そして、そこら中に散らばっている、弓や剣、槍や盾。


  そして……腕、頭、足、血。原型をとどめていない亡骸の数々。


  鼻腔を貫く、えもいわれぬ異臭は、どうやらそこから発せられているようだった。

  俺が以前住んでいた日本では、テレビやゲームの中ぐらいでしか見ることのなかった、残酷極まりない景色。

  そう。ハートロードの右奥から通じる場所は、苛烈極まる戦闘が行われ、あらゆる命がゴミのように惨めに死んでいく、戦場だ。


「ひでぇ情景だ……」


  戦争という名の病原菌に侵され、全てが灰色と緋色に染まった世界。

  見ているだけの俺でさえ、身も心も枯れ落ちてしまいそうだった。

  ここも、昔は草原だったと、シェイドは言っていたが、そんな冗談、誰が信じようか。

 

「……さて、前線はどこだろ」


  物思いにふけるのもほどほどにしよう。

  考えれば考えるほどに、心が疲れ果ててしまいそうになるからな。

  ポケットに手を突っ込んで、大気に火の粉を撒き散らす炎を避けながら歩きだす。


  今夜、ここに来たのは他でもなく、これまでの戦闘訓練の成果を試すためだ。

  実を言うと、軍人として一人前になるまでは戦場へは行ってはならないと、シェイドに固く禁じられている。


  しかし、俺の中ではもう既に、一人前くらいまでにはなったつもりなので、2日前ぐらいからシェイドに相談していた。

  だが、「まだまだダメに決まってるでしょ? まぁ、こんがり焼かれたいなら話は別だけど」と言われ、あっさり断られ続けている。


  ったく、俺を生肉とでも言いたいのかよ!

  あまりにも容認してくれないシェイドに、俺は腹が立って、わざわざこんな夜更けに、こっそりと抜け出してきているってわけさ。

  んまぁ、そんなふざけた理由で来ていい場所じゃないってのは、重々承知しているんだけどさ。

  従順な子犬みたいに従ってるっていうのもつまらない、神聖軍兵士の生首でも土産に持ち帰って、シェイドの枕元に綺麗に飾ってやろう。

  そして、俺には戦場へ赴く資格があるって認めさせてやるんだ。


「よう」

「ッ!」


  背後から声がして、俺はとっさにレーヴァテインを具現させ、背後を(かえり)みる。どこか聞き覚えのある声だった。

  そこにいたのは、金色のゴツい鎧に身を包み、それに似合わず紫色のマフラーを巻いた、普通に整った顔立ちの男が、腕組みをして俺に笑みを向けていた。


「む、なんだよその剣。カッケーな。お前いつの間にそんなもの手に入れたの?」


  その男は俺より若干高めの身長で、俺とは正反対の短髪にしているため、体育会系っぽい風貌だ。年齢も同じっぽい。

  彼は友好的な態度で俺に話しかけてきていて、まるで同窓会に集まった友への挨拶のようだが、俺の記憶の中にはこいつとの面識は一切無い。


「どこかで話しました?」

「おいおい、普通戦場でそんな間抜けな質問すっかよ。お笑いだなおい」

「いや、戦場で敵かもわからない奴に話しかけるあなたもあなただと思いますが」

「あなた?」


  その問いの後、男は長い間、時が止まったかのように硬直して、次の瞬間吹き出した。

  腹を抱えて笑う姿に、こちらとしてはまったく不愉快でしょうがない。

  俺は半眼で彼を睨みつけつつ、笑い終わるのを腕組みして人差し指を腕に叩きつけながら待った。


「おまっ、お前まさか俺のこと忘れたの? ったく、せっかくひさびさだってのに。俺だよ俺」

「オレオレ詐欺ごときで俺の心は揺るがないから」

「ちげぇわ! そういう意味じゃねぇわ! 泥堂だよ! て・い・ど・う!」

  「泥堂……?」


  名前を聞いてもいまいちピンと来ず、首を傾げる。

  すると、泥堂と名乗った男はまた吹き出した。


「なんなんだよさっきから。俺がアンタを知らないことがそんなに珍しいか?」

「……あー、もういいわ。もういいわ。やっぱお前最高だわ」


  腹を抱えて肩をピクピクと震わせ、涙目で言う泥堂。

  ったく、最近の若僧は、ほんっとに無礼な奴が多い。


「しっかし、なんでお前ここにいるんだよ。俺はてっきり暗黒軍の奴隷にでもなったかと」

「いや、奴隷ですけど」

「ッブッ」


  なんか本気で腹立ってきた。

  もし神聖軍だったら殺すぞこいつ。


「奴隷ですが、何か?」


  俺はそっけなく言って、もう一度笑ったら殺すと決意した。


「いんや、ほんっと、昔から無力なお前にはピッタリだなって思ってよぉ。いやぁ、念願の就職おめでとう!」

「願ってねぇよむかつくなぁ」

「それで? 奴隷さんがどうしてこんなところに? 屠られに来たわけ? 俺に?」


  敵が挑発行動を示した。

  つまりやってもいいってこったな。

  俺はレーヴァテインの柄を強く握りしめた。


「お前はさぁ、まじ死にたそうな顔してたよなぁ、昔から……はぁ〜」


  泥堂が頭を掻いて欠伸をしている間に、俺はレーヴァテインを振り上げて攻撃を放つ。

  刹那、辺りに甲高い金属音が響く。

  剣を握る手にビリビリと衝撃が走り、思わず歯を食いしばった。


「……速いじゃん」


  泥堂は、俺の剣を自身が持つ剣で受け止めていた。

  それは、柄から剣尖に至るまで全てが黄金に輝いてる剣。

  確か、魔力剣という名だったと思う。

  魔力を宿すと言われる金属、金がコーティングされていて、魔力を帯びた攻撃は全てこいつがやってくれるという自慢話を、3時間も聞かされたんだ。

  覚えていないはずがない。


「そのいちいちしつこいくらいの憎まれ口。そして無駄に煌びやかな剣。思いだしたぞ泥堂。あの頃は散々コケにしやがって」

「おっ、やっと思い出してくれたんだな」


  剣を弾き、再度振る。

  火花と金属音が弾け、苛烈極まる睨み合いの攻防。そして物理の衝突戦。俺が剣をブンッ! と振るたびに、泥堂の剣に拒まれ弾かれる。


「あの頃は楽しかったよなぁ。お前がいっつも面白いこと持ち出して、俺らはそれにちょっと飾りを付けてさらに面白くしてた。

  おかげで暇はしなかったぜ」

「ほざけ!」


  レーヴァテインに魔力を流し込む。

  豪という音をあげて、たちまち剣は炎を帯びて、烈火の剣を渾身の力で振り下ろす。

  だが、呆気なく受け止められ、両者の鍔迫り合いが生じる。

  額から出た冷や汗が、頬を伝って顎から流れ落ち、俺は歯が折れんとばかりに食いしばった。


「そういえば、その武器のことについて、まだ途中だったな。教えてよ奴隷なんだから」

「俺の主はお前じゃねぇ」

「いや、お前は俺の奴隷だろ。その方がお前らしいって!」

「誰がお前の奴隷なんかに! ちょっと幼くて態度がでかい女の子の方がよっぽどマシだ!」


  打ち合いが続く。弾いて弾かれ、攻めては引き、再度攻める。世界を切り裂かんとばかりの甲高い金属音が、耳に飛び込んできて歯をくいしばる。打つ、打った、打ち合った。

  段々、腕に力が思うように入らなくなってきていて、それにより相手の一撃一撃がかなり重い。

  視界が歪んでいく。マズイ。


「……もうお疲れかよ、つまらねぇな」

「ハァ……ハァ……まだ、だぁぁあ!」


  口に血の味を感じる。

  そんなものに構っている場合じゃない。俺は剣に炎を纏わせ、泥堂を狙い打ち続ける。

 

「はぁ、もう時間の無駄だからさぁ。さっさと本気出せよお前」


  俺は本気でやってるってのに、呆れたような視線を向けてくる泥堂。

  疲労感の中に怒りが生じ、それが小さな力となった。

  それと同時に、自分の中にある何かが空になったような感じがした。


「クッソ、タレぇぇえ!」

「フッ……!」


  汗ではない、何かべっとりしたものが、目元から流れ落ちるが、それに構わず剣を振る。

 

「『解放(プラズマ)』」


  泥堂は、何か言葉を口にし、気味の悪い笑みを浮かべたが、俺にはそんなものを気にする余裕が、残念ながら全くなかった。

  何度目かわからない、剣の衝突。


「ッ! があぁっ!」


  しかし、それはこれまでとはなははり比べ物にならないくらいの衝撃が走り、腕が引きちぎれそうになる。剣が体ごと弾かれ、吹っ飛ばされる。

  何が起こったのか分からない。それでも、分析しようと思ったが、その考えは夢に終わった。


  背中が木に打たれた。衝撃は激しく、内臓が揺さぶられ、湧き上がる嫌悪感がいつもよりドロドロしているのが分かる。

  ずりずりと木を滑って行き、膝をついてうつ伏せに倒れた。俺は嫌悪感を、ろくに抵抗もできずに吐き出した。

  目に飛び込む赤い液体。

  自分の中を循環していたものを口から吐き出したと思うと、吐き気が二乗も三乗も積み重なる。

  それをなんとか飲み込むと、泥堂がゆっくりと接近してくるのが、足音でわかった。

  立ち上がるべく、手に力を入れた、その時だった。


「……! お、おい、なんで、なんでだよっ! なんでうごかねぇんだ!」


  手足に力を入れても、それが鉛のように重たいのか、力が全く湧かないのか、それとも両者が同時に存在しているのか、うまく立ち上がることができない。

  金縛りにも似たその状況は、俺に焦りと怒りを覚えさせた。


「フーンフーンフーン」


  鼻歌を歌いながら迫る影。

  たちまち恐怖が全身を覆い、心中で早く立ち上がれと自分自身に叫ぶが、身体はちっとも動かない。

  影が俺に覆いかぶさり、恐怖は激しさを増し、吐き気が戻ってくるような感覚に見舞われる。

  そんな渦中、おそるおそる上を見上げると……。


  黄金の剣は、俺の右腕の甲に影を作っていた。

  影が大きくなる前に、俺は自分に起こるであろう災いを悟り、目を大きく見開いた。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


  次の瞬間、俺の神経は手ごと切断された。

  脳が思考を止めざるを得ないほどの痛みが突っ走り、行き場を無くした血は、まるで噴火のように激しく飛び出し、周囲のものを真っ赤に染め上げる。


「あぁ、あぁ、や、やめろぉ、やめて、やめてくれぇ……」

「いつ見てもたまんねぇなぁ。その顔は」

 

  泥堂は地面から剣を引き抜き、さながらサイコパスのように次は次はと楽しげに、肘に照準を合わせる。

  そして……ギロチンの如く、黄金の剣は墜落する。


「いふッ! ああああ……! あ、あ、」


  誰か、誰かいないか……ッ!

  自分の声にならない絶叫が、自身の耳のみを抉った。

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