表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/17

5話 『成長』

 

  あの後、先輩が部屋に戻ると言うので、俺は自由に行動させてもらおうとしたが、シェイドから俺のみに呼び出しがあった。急にシェイドの声が頭に響くもんだから、心底びっくりした。俗に言う、”念話”ってやつだろうか。


『私なりに考えてみたんだけど、D2は弱すぎる。やっぱりあなたは一から鍛えなおした方がいいわ。修練場に来てね』とのことだ。


  どうやら先輩との戦闘時に、俺の戦闘能力を計られていたようだ。あのため息混じりの口調を聞く限り、どうやら想像以上の結果だったらしいな。悪い意味で。

  ではでは、早速行きたいところなんだが、いかんせん飯を食してないので、これから訓練をするとなると、相当キツくなる。

  なんかこう、キャロリーメイトみたいなやつないかな。できればチョコ味の。


「おい、D2」


  と、先輩が部屋の扉からひょっこりと顔を出しだと思うと、突然視界が真っ暗になった。


「ぶべらっ」


  それが小さな箱型の何かだと理解した時、俺はそれを顔にモロに食らい、吹っ飛ばされ、壁に背中を打ち付け、うつ伏せに倒れた。

  今の物体、多分140キロは超えとったぞ……。


「ぐっ。いきなり何すんだ! 鼻曲がるわ!」


  俺は踊る手を床に着き、身体を支えて立ち上がり、顔面を抑えながらやっとの事で開けられた左目で、先輩を睨む。

 

「お前は何も食っていなかっただろう。それは野戦食料だ」


  先輩の言葉に、俺は近くに落ちていた銀色に光る箱を見つける。

  どうやら何かのパッケージのようだ。

  それを拾い、開け口を破って中身を取り出す。

  ウエハースみたいな形。見たところ、本当に野戦食料のようだった。

  腹が減っている俺にとっては、それですらご馳走に見えて、すぐさま中身を取り出しそれにかぶりつく……。


「どうだ? 味は」

「……うーん…………うーん…………」


  野戦食料って、こんな味なのか。

  予想通りともいえるが期待外れともいえるような、言葉では表現し難いなんとも微妙な味だ。


「まぁ、そんなもんだろう」

 

  先輩は俺の反応から味がアレだという事を察したようだ。苦笑いを浮かべている。


「でも腹には溜まるな。ありがとう」

「欲しくなったらいつでも言うといい」


  去り際にそう言い残し、先輩はバタンと黒樫ドアを閉めた。

  む、なぁんだ。先輩って意外と優しいんだね。

  残った野戦食料を完食し、俺は一番下の右側の通路の奥で転移魔法を唱え、光に包まれその場から姿を消した。

  何故か知らないが、俺が転移魔法を唱えようとすると、呪文が頭の中に浮かび上がってくるんだよな。それも、まるで記憶の中に昔からあったみたいに、自然に。

  そういえば、先輩と戦った時に、何故、俺は村正を何の無駄もなく具現できたんだ?

  慣れたような手つきで瞬時に出せたんだが、今思い返してみると、俺はどうやって村正を出したのか、すっかり忘れてしまっている。


「謎だ……」


  まぁ、その事はシェイドに聞いてみればわかるか。


  白い光から解き放たれ、俺はいつの間にか夜の草原に立っていた。

  緩やかな風音がその場を支配し、芝生が小さな波を立てている。

  夜空には満月が浮かんでいて、見ていると吸い込まれてしまいそうだった。


『来たわね』


  頭の中にシェイドの聞き慣れた穏やかな声が流れた。

  もう驚く事はない。あんなみっともない姿は誰にも晒すわけにはいかない。


「ここはどこだよ」


  俺は辺りを見回す。

  うわぁ、地平線みんな大草原! こんな景色を俺は人生で一度でも見た事があっただろうか。

  そういえば前世の記憶が消えているんだから、振り返りようがないな。なんか心寂しい……。


『ここは私が一時的に構築した仮想空間。というよりは幻覚ね。あなたの目の前に広がっている大草原は、全て幻。無限に広がっているようだけど、そこには見えない壁が張られているわ』

「幻覚……ねぇ」


  確かに俺は芝生の上に立っているはずだが、その感触はゴツゴツしてて、どうも岩っぽい感じだ。

  試しに俺は落ちていた木の枝をとり、槍投げの要領で思いっきり投げてみると、数秒後にコツンという小さな音が反響してきた。


「本当だ。お前すごいな。こんなに美しいものを作れるなんて」

『当たり前よ。私を誰だと思っているの』

「ロリ、ドS、ひんにゅ……」

『訓練が終わったらあなたの胸を1ミリ残らず吹き飛ばしてあげる』

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ(以下省略)」


『さて、訓練の内容だけど』

「俺、許されたんだよな。許されたんだよな!」


  恐怖のあまり声が震えるのを抑えきれない俺。だってさ、この王女ならやりかねないだろ! しかもめっちゃ楽しそうにやるだろ絶対!


『安心しなさい。せめて1ミリぐらいには止めてあげるから』

「リアル棒人間第1号は俺となるのか……」


  俺の顔が付いた棒人間が、草原をのどかに歩いている様子が目に浮かぶようだ。

 

『気を取り直して、訓練の内容だけど』


  棒人間になるんだったら訓練もクソもねぇじゃねぇかというツッコミは、ここは飲み込んでおこう。言っても通じないような気がする……。


『ここはモンスターハウス。世にも恐ろしい魔物が、延々と湧き続ける恐怖の砦』

「モンスター……ハウス……ッ!」


  俺が顎に手を当てて呟いた瞬間、背後から気配がして、咄嗟に能力を解放する。

  右手に白い魔力が集約され、それが連なり、剣のような形を作っていく。

  やがて、光は解き放たれ、手にずっしりと重みが感じられるようになり、俺はそれを落とさぬよう、しっかりと握りしめた。

  手にしたのは『黒煙剣:レーヴァテイン』

  北欧神話に登場する、世界樹ユグドラシルの頂に住まう鳥、ヴィゾーヴニルを殺すことができると言われている剣だ。

  詳細はあまり理解してはいないのだが、最低限の知識は持っているつもりだ。

  俺はそのレーヴァテインを、振り向くと同時に横薙ぎを繰り出す。


 ギャァァァァァァアッ!


「うおあぁっ!」


  見れば、なんとも醜い顔をしたモンスターが、レーヴァテインに切り裂かれ、その傷口から炎に包まれた。

  断末魔の叫びをあげながら燃え盛る黒い影は、飛び出した目に涙を浮かべて俺を恨めしげに睨みつけていた。

  と、次の瞬間喉を這い上がってくる不快感。

  そういえば、生物を切り裂く感触は、この世界に来て、たった今初めて味わった。

  レーヴァテインを握った右手が震えている。

  レーヴァテインには、赤黒い血液がこびり付いている。

  俺は今、生物を殺った……。


「……落ち着け、落ち着け俺ェ」

『すごい恐怖感ね。そんなにあのモンスターが恋しかった?』

「……はぁ……はぁ」


  目の前には地獄絵図が広がっている。

  そして、その地獄絵図を作り上げたのは、紛れもなくこの俺……。

  その事を自覚した今、俺は身体をガタガタと震わせ、立っている事すら出来なくなり、やむなく膝をつく。

  襲いかかる不快感からただひたすら逃げ続ける。

  生物を殺る感触が、こんなにも神経を使うとは思わなかった。


『そう』


  亡骸は、静かに燃え続ける。

  できれば、こんなものはもう二度と見たくない。


『じゃあ、今日は精神面を鍛える訓練ね。これから無数に敵が出現するから、全力で身を守りなさい』

「……は? おい、どういう事だよ! おい!」


  それっきり、いくら呼びかけても、シェイドの声が脳内に響く事は無かった。

 

「クッソ。どうすりゃいいんだ。まったく……」


  俺はなるべく灰になったモンスターを見ないようにして、ゆっくりと立ち上がった。


「ッ!」


  突然正面に現れる、空中に浮いた黒い魔法陣。

  俺はレーヴァテインを両手持ちにし、咄嗟に身構えると、炎上したモンスターの光景が、脳裏に蘇った。


「くっ!」


  激しい頭痛が俺を襲い、思わず目を瞑った。

  怖い、怖い、怖い。身体が恐怖心で覆い尽くされ、平静な俺はどこかに行ってしまいそうだった。

  だけど、だけど、シェイドは自分の身を全力で守れと言った。

  …………そうだ。敵に慈悲は要らない。敵も、覚悟を持って俺を殺しにかかってきているんだ。殺されたって死を(いと)んだりはしないはずだ。


  覚悟を決めろ。俺。

  俺には覚悟がある。

  瞼を上げた。


  魔法陣から先ほどと同様のモンスターが二体飛び出し、俺の頭上めがけて棍棒を振りかぶる。

  その2匹を俺はなんの迷いもなく真一文字に切り裂き、炎上する4つの破片を避けて、休む暇もなく次々と押し寄せる敵軍に、恐れることなく飛び込んだ。


 ◆


  奴隷になって2日目の朝は、初日同様、目覚めは最悪だった。

  寝癖全開で原型をとどめていない髪を、くしゃくしゃにしながら、半眼で上半身を起こし、冷たい石壁に背もたれを預ける。

  そして、右手の掌を見る。中指の爪が剥がれかけていて、現在包帯で固定しているところだ。

  他にも、身体のいたるところに沢山の擦り傷があり、昨日の夜のうちに全て自分で手当てをした。


「これが、戦争……か」


  戦争という言葉を完全に理解するには及ばないが、それでも昨日の戦いで、一つ学んだものがある。

  敵と見なした者に、容赦は要らないという事。

  相手が刃を持つのならば、相手に戦意があるのならば、それは俺の手で切り捨てなければならないのだ。


  おもむろに立ち上がり、ドアを開けていつもの通路に出た。

  俺は今日も、早朝から訓練だ。

  身体を左へ向かせて、あくびを手で押さえながら歩き出す。


  すると、野戦食料のパッケージが、超速で顔面に迫ってきた。

  俺はそれに瞬時に反応して、あくびを抑えていた手で、ガシッと受け止めた。

  手に加わる重圧は、昨日受けた衝撃とは比べものにならないくらい強いものだった。


「訓練の成果あったようだな」


  だが、俺は、それを受け止める事ができた。

  手を退けると、腰に片手を置き、ニヤリと笑って俺の眼を見る先輩の姿があった。

  まるで、笑えよと言わんばかりの顏だった。


「当たり前っすよ。先輩」

俺「個人的にチョコ一番好きなんだよね」

D1「俺はプレーンだ」

シェイド「私はメープルかな」

俺「ここ、異世界だよな?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ