4話 『理解』
「もうムリ……」
「情けない」
みんな、戦闘描写見れると思った? いや、ムリだよ。やっぱり先輩は強いよ。
俺は今、床に倒れ伏していて、その背中を先輩はまるで足置き台のように左足を乗せ、俺の頭に銃口を突きつけていた。
これに至るまでにかかった時間、約5秒!
やっぱり能力もらっても、俺の強さは大した変わらなかったねー!
「やはりな。あの兵士共に捕られるようじゃあ、大した娯楽にもならんな」
「私も見ててつまらなかったわ」
言葉の刃は形となり、容赦なく俺の心臓をえぐり、吐血しそうになる。
「もう着いて行けないんだよ。どうなってんだよこの世界……」
「まるでこの世界と対極をなす世界にいたような言い草ね」
「当たり前だ! 俺は…………名前忘れたけど、ゆとり教育の中で育ったんだ!」
「何それ、知らないわ」
「まったくゆとり教育を知らない奴がいるとは! 俺が元住んでたとこには………………なぁ、もしかしてお前、前世の記憶も抜き取ったのか?」
「……さて、もうすぐ朝ごはんね」
「無視すんなッ!」
シェイドには無視されたが、思い出せないあたり、前世のほとんどの記憶も名前とともに抜き取られた可能性が高い。
召喚されたっていうのは覚えているのだが、どうもどこから召喚されたのか思い出そうとすると、頭が痛むんだ。
「あなたたちは食堂に向かいなさいね」
「了解」
D1がシェイドと話しながら、俺から銃口と足を退けた。
俺はゆっくりと立ち上がり、背中を丸まらせ、ため息を吐く。
シェイドに記憶の事について問い詰めようとしたが、もうこの場所にはいなかった。
「D2、食堂へ案内する。ついてこい」
「食堂……ねぇ」
ズボンのポケットに手を突っ込み、俺はのんびりと先輩に着いて行った。
……そういえば、俺の服装はいつの間にか着替えさせられている。
上半身は抹茶色のTシャツっぽいやつと、下半身は同色のジーパンっぽいやつにベルトが絞められている。
ダセェけど、まぁ、囚人服よりはマシな格好かな。
◆
「ここだ」
っていうても、現れたのはやっぱりさっきと同じ石レンガの壁で、扉らしきものはどこにもない。
道中先輩から話を聞いたのだが、どうやらここは「奴隷専用通路兼詰所」というらしく、ここから外に行くには指定された場所で転移魔法を唱えなければならないらしい。
自分なりに分かりやすく言うと、この通路は「王」こんな形になっていて、さっきのシェイドの部屋へ行く時には、一番上の左側の奥で転移魔法を唱えた。
そして、俺たちは現在真ん中の左側の通路の奥にいる。
どうやらここが食堂へと通じる場所らしい。
「先に行っている」
「え、俺転移魔法の呪文知らないんだけど! ちょまっ!」
俺は手を伸ばしたが、先輩は眩い光に包まれて、その眩しさに思わず目を瞑ってしまって、後退。目を開けられるようになった時にはもう既に転移してしまっていた。
「先輩、せっかちだなぁ」
頭をボリボリ掻きながら俺は顔を顰める。
もう腹がぺこぺこだ。このままでは餓死してしまう。なんとかして転移をしないと。
「『時空を超える汝よ。今、我の前に門を開け』」
あれ? なんでだろう。なんかできた。ヤッタぜ。
俺の詠唱が終了すると、身体が徐々に発光し始めた。
後に目も開けていられないほどに光を放ち、反射的に目を強く瞑っていると、鼻腔に香ばしい匂いが漂ってきた。
目を開けると、そこには銀色の鎧に身に纏った人達が、様々な料理をテーブルに囲んでいた。
シャンデリアによるオレンジ色の光に包まれた、長細い空間。まるで教会のような造りの食堂だった。
「おい、D2。こっちだ」
背後から声がした。もう聞き慣れた、先輩の声だ。
振り返ると、奥にカウンターらしきものがあって、先輩はそこで食券を買っているらしかった。
「んー、だいぶうるせえし、酒クセェな、ここ」
俺は鼻を摘んで眉をひそめながら、先輩の元へと向かう。
「とりあえず……」
「ありがとうございました!」
俺はカウンターの奥で深々と頭を下げている人に注目した。赤髪だったからかな。
「……はぁっ」
その人が顔を上げた時、俺は一目惚れというものを思い知った。
明るい紫色のエプロンドレスに身を包む彼女の赤髪は、肩の端まで伸び、鮮やかに輝いている。
その髪に包まれる面持ちは、かなり美しい。
シェイドの場合だと、幼すぎる感じがするので、俺のタイプではないが、この娘は大人びた雰囲気、幼い雰囲気を、5:5くらいの割合で持ち合わせていて、俺のハートはその娘に見事に撃ち抜かれた。
と、ちょうどそのタイミングで鎧と兜を纏った兵士達が、狭い入り口から、食堂に流れ込むように入ってきた。
食券売り場の奥にある厨房には、40代後半位の、髪の毛を三つ編みにしたおばさんが、一人でせわしなく動いていた。
神がもしいるのならば、大いに感謝したいところだ。
「おい、おい! 反応しろ! さもなきゃ撃つぞ!」
「……ちょっと先にテーブルとっておいてくれ」
兵士達が食券売り場に長蛇の列を作るのと同時に、俺は厨房へと歩き出す。
「どういうことだ!」
D1の声は俺の耳には届かない。
さぁ、アピールタイムの始まりだ!
「おばちゃん!」
「ちょっと待ってねぇ、今忙しくって忙しくって。用があるなら後にしてくれないかい?」
うむ。予想通りの反応だ。
しかし、あの娘を見た瞬間に頭の血行がよくなるもんでな。
今ならかけひきで俺に勝るものはいないぜ。
「いんや、今しかないぜ。俺の用は食堂の手伝いだ。なんでも言ってくれよぅ」
「……や、そんな、いいよいいよ。いつも頑張っている兵士さんに……」
「生憎、俺は今日専属された奴隷でしてね。なんでも頼んでいいんだぜ?」
「……そうかい。んじゃあ済まないけど、これ、運んでくれないかい?」
差し出されたのは焼肉定食のようなものだ。
お盆上には料理と紙切れがあり、それに「5」という数字が書かれている。
ふっ、お安い御用だ。
俺は焼肉定食を片手で持ち上げると、辺りを見回した。
近くのテーブルには、20番代の数字が書かれている。つまり5番はかなり奥って事になるな。
「任せろ!」
俺は床が嫌な音を立てたのも気にせず、踏み込んで走り出した。
「お待たせしました! ○定食でございますっ!」
さっきおばさんに話しかけている途中に、音速でメニューを暗記した。
この世界の言葉は勉強済みなので、名前も読み方も見分け方もバッチリだ!
「あ、昨日配属されたD2です! 以後ヨロシクッ」
「おーう、新人か。戦場で会ったらよろしくな」
◆
「いやぁ、助かったよ! ありがとうねぇ〜」
「ふっ、おばちゃん。こんなのは朝飯前だぜ!」
実際に朝飯食ってないしな。めちゃくちゃ腹減った……。
現在、あんなにまで人が溢れかえっていた細長い食堂は、24番席に先輩だけが一人ポツンと座って銃の手入れをしているだけだった。
「おばちゃん、今日もお疲れ様です」
スポンジを握りしめて泡を出していると、例のあの娘が暖簾をくぐって厨房へ顔を出していた。
俺は気にせず、皿洗いを続けた。
「あっ、ラヒナちゃんお疲れ!」
ラヒナと呼ばれた少女が、皿を黙々と磨いている俺の背後に近づいてくる事を気配で感じ取る。
「あっ、そうだ。今日はね、この人に手伝わせてもらっちゃってねぇ」
「分かります。あのぅ」
ラヒナは可愛らしげに俺を覗き込んでいる。
さて、俺は皿洗いを終えると、手に付いた泡を洗い流してから振り返って彼女の目を見た。
吸い込まれるほどに透き通った緑色の瞳は、俺に白昼夢を見せるように神秘的だった。
「何?」
第一印象を美しく、俺はなるべく爽やかな声で言った。
「食堂のお手伝い、ありがとうございました。本当は料理は|兵士さん達が取りに来る《、、、、、、、、、、、》んですけど、助かりました」
…………………………やっちまったな、オイ。
反面彼女はまるで太陽のような笑顔を俺に向けてくれている。
何故かシェイドの嘲笑の微笑みが目に浮かんできたのだが、んまぁ、気にしないでおこう。
「おい、D2。行くぞ」
「あ、ええっ、ちょっと待てよぉっ」
先輩が俺の肩に手を置いてそう言った。
そのまま先輩の転移魔法詠唱の声が響き、俺の視界は再び眩い光に包まれた。
朧気な景色の中で、最後に見たものは、おばちゃんが苦笑いで手を振る姿と……
D1に視線を向けて頬を染めるラヒナの姿だった。
いつの間にか、通路の中心に転移していた。
俺は、まるで一気に脱力するかのように、そこに膝から崩れ落ちた。
「ラヒナちゃんD1に脈ありじゃねぇかよぉぉぉぉぉぉぉッ!」
拳を思いきり床に叩きつけ、今回やったことはタダ働きだったのだと思い知った。
次の瞬間、腹の虫が激しく悲鳴を上げた。
ラヒナ「おばちゃんはどうして意味のない仕事をD2さんにさせたんですか?」
おばちゃん「ぶっちゃけ、うるさくて料理作りに集中できなくて邪魔だったから、てきとうに仕事やらせたわけさ」